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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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鳶崎の正統なる後継者

「島崎、昢弥……」


どうしてここに、というのは愚問だろう。多原と島崎の倅は、いわゆる、親友という関係である。


あの、島崎の男が、取るに足りない人間を、親友にしているのである。


容姿は至って平凡。街中に放り込めばすぐに溶け込む少年は、しかし、殺意のよく似合う男だった。たっぷりと侮蔑を込めた瞳で、巳嗣のことを睥睨する。


「名前、呼ばれるの不快なんで、喋んないでもらえます? ていうか、とっとと多原から手ェ離せよ出来損ない」


彼は多原と違って、全身全霊で巳嗣のことを拒絶していた。ようやく()()()()巳嗣は、多原の肩に力を込めたまま、鼻で笑って応じた。離せと言われて離してやる気はない。


「下賤と(つる)むことで知能まで落ちたか? 私を誰だと心得ている」

「だからさっきから言ってるじゃないですか、出来損ないってよ。ああ、こう言った方が良いかな、父親から見放された失敗作って」


巳嗣の脅しにも動じず、島崎は、へらへらと笑ったまま、こちらに近付いてくる。一歩、また一歩。


「どうした、反論しろよ? それとも、思い当たることが多すぎてフリーズしてんのか。そうだよな、アンタ、()()だけは無駄に良いものな?」


島崎は、親指で自分の頭を指差し、酷薄に唇を歪めた。


「ほんっと、鳶崎の器じゃないよ、お前」

「島崎」

「なんだ多原? ああ、大丈夫だよ安心しろ。お前のことは葉山のお嬢様に頼まれたんだ。お前のやることを、俺は否定しないよ」


同じ名前を呼ぶのでも、この違い。なぜだか巳嗣のことをじっと見てくる多原に、島崎の表情は途端に緩むが、それは一瞬である。


「だけどさぁ」


手首を掴まれて、巳嗣は、多原の肩から手を離してしまう。その間も、多原はこちらから視線を逸らさない。巳嗣の手首を折れんばかりに握る島崎は、片方の腕を伸ばし、多原のことを守るようにしていた。あの、島崎の男が。


「だけどさぁ? この出来損ないは、やりすぎたと思うんだよなぁ。何一つ親に期待されてないくせに、つけあがって人を殺そうとして挙句の果てに八つ当たり? いい加減にしろよ」

「なあ、島崎ってば」

「なんだ多原? 肩、痛かったよな。お前、ひ弱で骨密度無さそうだからたくさん日光浴びて牛乳飲むんだぞ」


気持ちが悪い会話だが、これは島崎の計算によるものだと、巳嗣は理解していた。


島崎昢弥は、巳嗣と多原の態度に差をつけることで、完全にこちらの敵に回ったことをアピールしているのだ。その証拠に、多原に優しい声をかけながら、多原のことをまったく見ていない。巳嗣の反応を、髪一本のそよぎも見逃さないとでもいうように。だから巳嗣も、島崎のことを、観察するような目で見てやった。


島崎が、息を吐く。


「……俺の立場は理解してくれたようで何より。お前は本当に救いようの無い、誰に望まれてるわけじゃない失敗作だけど、ただのバカじゃあないもんな」 

「ただのバカはお前の隣にいるだろうが」

「……」 


島崎昢弥は少しだけ遠い目をした。多原貴陽の存在は、味方にまでダメージを与えるようだ。その隙に、巳嗣は、島崎の手を振り解いた。


「……ただのバカじゃない失敗作には、()()のとっておきの情報を教えてやるよ。そこの、それについての情報だ」


島崎が顎でしゃくったのは、ことの成り行きを静かに見守る芝ヶ崎式だった。


「“表向き、鳶崎辰は、息子が道を誤らないように、御霊という女を与えたことになっている”。だけど、それは違うーーまあ、それは想定済みか」


目敏く巳嗣の反応を見る島崎は……タチの悪い笑みを浮かべていた。我が意を得たり、というように。


「失敗作っていうのにも反論しなかったのは、反論できなかったからだろ? だってお前は、失敗作だからこそ利用されて、切り捨てられるんだからさぁ?」

「私は、鳶崎のたった一人の直系だぞ」 

「今は、な」


島崎の言葉には、狂気など、微塵も込められていなかった。ただ、事実として。それを巳嗣に伝えているのである。


「お前が成功作であったのなら、その女は、お前の傍には居なかったよ」

「……どういうことだ」 

「もうわかったくせに、いまさらバカの振りか? プライドねーのかお坊ちゃんはよぉ」


心底呆れたという瞳。その瞳に、巳嗣は、嫌な既視感を覚えた。


『お前のせいで、草壁を失うことになるんだぞ』


多原の殺害計画が、草壁の心変わりで失敗した時。父は静かに、巳嗣を叱責し、いまの、島崎と同じような目をしていたのだ。それが、答えである。


「“鳶崎辰が、御霊という女を息子の傍につけたのは、鳶崎巳嗣の生死に興味がないから”。これが、島崎が出した結論だよ」


島崎昢弥は、巳嗣の“逃げ”をよしとしなかった。わざわざ自分の家名を主語にして、巳嗣に、事実を突きつけてくる。芝ヶ崎の全ての情報が集まると言われている、家名を使ってまで。


これは、一人の少年の憶測などではない。島崎の名において語られることはすべて、事実なのである。


「最初は、お前が多原に突っかかるのがうぜえから調べ始めた。調べさせた。そうしたらさ、なんか、笑えてきたよ。どうしてコイツ、あたかも自分が生き残るかのように振る舞ってんだろうなって」


低く笑う島崎は、いっそ、哀憐を瞳に宿していた。もちろん、それは、巳嗣に不快感を抱かせるためである。それはわかっている。だが、巳嗣は、冬の夕方の空気だけではない冷たさに、手指を支配されていた。


「お前が窮地に陥っているのが、お前が失敗作だって証左に他ならない。家に帰って泣きついてみろよ。助けてくれーって。ゴミを見るような目で見られると思うぜ」

「……」

「ええっと、お前がその女を付けられたのは何歳の時だっけ? 六歳? だとしたらお前、六歳で父親に見限られたってことになるな」

「……黙れ」

「六年も様子見されてたことに感謝しろよ鳶崎の出来損ない。ああ、鳶崎ってつけることも烏滸がましいよなあ!? た、だ、の、みつぐくん!? 安心しろよ、お前がそこの女と死んだ後に、お前と違って優秀な、鳶崎の正統なる後継者が産まれるからさ! だから黙って死んでけって!」

「黙れと言って……!?」


激昂した巳嗣は、多原が不意に、しゃがんだのを見た。島崎も、一拍遅れて、多原の方を見る。


「あっ、お気になさらず」


巳嗣と島崎と、ついでに御霊に会釈をし、空気を読まない凡人は、鞄をゴソゴソと漁っていた。「うーん、これじゃあないな」「これだと痛そう」などと呟きながら、教科書やノートを取り出しては、しまっている。


「何してんの、多原」

「うーん」


島崎の問いに答えずに、多原は、比較的薄い教科書を取り出した。美術と書いてある表紙である。それを右手に持って、多原はすっと立ち上がり。


「じゃ、島崎。歯ぁ食いしばれよ」

「えっ」


すぱーんっっ!!


「……俺、今何されたか理解できねえんだけど」

「俺が教科書でお前の頭を叩いたね」


右手に持った教科書で、左手をぽんぽんと叩く。毒気を抜かれたというか、ショックを受けてそうな島崎は、「なんで?」と多原に聞いた。


「だってほら、お前、人のことを“出来損ない”とか、“失敗作”とか“望まれてない”とか“うんこみたい”とか言ってたじゃん」

「最後は言った覚えないけど」

「あれ? そうだっけ? まあいいや、俺が言いたいのは、言い過ぎってこと。だから叩きました」

「なるほど……?」


ことここに至って。今まで悪意を塗りたくった言葉を巳嗣に向けていた島崎は、阿呆のように目を点にして、「なるほどぉ」と連呼している。壊れているようだ。


「それにあんまり、お前にはそういう言葉使って欲しくないし……叩いてごめん」

「なるほどな」


会話が成り立っていない。頭を下げる多原の隣で、島崎はぼうっとそれを聞き流している。


……どくん。


その光景を見ていると、心臓が、波打った。血流がすべて、頭に向かっている錯覚を覚える。手足は冷えているのに、頭の中だけ、煮えたぎっているようだ。


同時に、先程から掴みかけていた糸を、ようやく掴むことができた。けれどそこに、達成感などない。


多原貴陽のことを、巳嗣がどうしても殺したくなる理由。それは。


「お前はなぜ、私のことも」


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