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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
70/117

心配性の駅員さん

「……よしっ」


デポジット五百円。券売機からすーっと出てきたのは、波のカードが特徴的なICカード。このエリアで使われているICカードである。


「あのね、君。別に、新しいICカードを作らなくても、君の持っているメロンで十分なんだよ。いや、我々としては、お金を落としてくれてありがとう、なんだけど」


宝物でも手に入れたかのように目を輝かせる多原とは対照的に、どよんとした目で言うのは、この駅の駅員さんである。


改札窓口で、ICカードは“エリア跨ぎ”なるものができないのだと教えてくれ、現金精算をしてくれた駅員さん。

なのだが、なぜか、現金精算が終わった後も、眉を下げた表情で、多原の隣に立って、ICカードが券売機から吐き出されるのを無言で見ていた人である。


駅員さんは、少し考えている様子だったが、「あ」と声を上げた。


「もしかして、旅の思い出にうちのICカードを作りたかったとか!? それで、あとで見返すとか」


多原はにっこり笑って首を横に振った。


「たとえば、俺が銃で撃たれるじゃないですか」

「非接触のICカードは、重ねて改札に通したら、電磁誘導がうまくいかなくなるから、普段から重ねて保管しない方が良いと思うよ」

「すごい、俺の考えてることわかったんですか?」

「くっ、わかってしまった……!」


多原が駅員さんエスパー疑惑をぶち上げていると、駅員さんは、がっくりと肩を落とし、額に手を当てていた。それとは反対に、多原のテンションはちょっとだけ上がる。


「そうです、俺はドラマでよく見るあれをやりたいんです! 胸になにか硬いものを仕込んでいたおかげで、命が助かったっていうの!」

「ICカードを二枚重ねたところで銃弾からは逃れられないと思うよ」


額を覆っていた手を膝に持っていき、中腰で、いっそ慈愛のこもった笑みを浮かべ、多原に語りかける駅員さん。


「あと、君のような子が銃で撃たれることは、まず無いと思うよ」

「ところがそうでもないんです」


多原の否定に、駅員さんは庇の下で、目を丸くした。


「戦場にでも行くのかい?」

「ある意味そうですね。俺は今から、単身、敵陣に乗り込まなければならないんです」


リュックサックの肩紐をぎゅっと握り、多原は、決意と共にそう言った。




「いいかい、怪しい人に声をかけられても付いていったらダメだよ」


多原の肩をがっちり掴みながら、駅員さんは真剣な顔でそう言った。すでに誘拐経験が二回ほどある多原は、こくこくと頷いた。小学生に言い含めるような言葉だったが、経験がある以上、反論などできようはずがなかったのだ。


「人気のないところに行ってもダメ。ここらへんは長閑な土地だけれど、犯罪者っていうのはどの県にもいるからね。あと、うっかり海で遊んで、波にさらわれないようにね」


さすがに、多原には海で遊んで波にさらわれた経験はなかった。


ーーなかったはず!


しかしながら、ローストビーフ事件(虐められたことよりもローストビーフを食べられなかった思いが先行しすぎて記憶が改竄されていた事件)を経験した多原である。ないとはいえないので、それにもまた、頭を縦にぶんぶん振っておいた。


駅員さんは、なおも不安そうに「あとは、あとは……」と目をぐるぐるさせて多原に言い含める言葉を探していたようだった。


「本当は心配すぎてついていきたい……でもダメなんだ、僕には職務というものが存在するんだ……!」


がっくりと膝を折り、嘆く駅員さん。電車から降りてきたであろう人々が、多原と駅員さんをちらちらと見ていた。


「僕は、駅から出られないんだ……!」

「それは……そうですね」


というか、大体の人は仕事中は職場から出られないのでは? と思う多原であった。囚われの姫みたいに言っているけど。


多原はこの変な駅員さんの手をとった。


「大丈夫ですよ、俺は、必ず帰ってきますから」


というか、この駅に帰ってこないと多原は地元に帰れなくなる。駅員さんは、気のせいではなく、涙に濡れた目で多原を見る。


「必ず、必ずだよ。元気な姿を、僕に見せてくれよ」

「はい、必ず、この駅に帰ってきます。ていうか、予定では日帰りなので夕方くらいには帰ってきますね」




「だって不安すぎだろ、僕が説明してた時のあの子の受け答え聞いたか!? もうカモじゃん、被害者まっしぐらじゃん! お前はこれから殺されるであろう人間を守りたいと思わないのか!? 正義はどこにあるんだ!?」

「うるさいお客様から苦情が来てんだよキモい駅員が号泣してるって。ていうかお前の分の仕事してやってるのは俺なんだよ仕事しろ!」


仲が良いなぁ。そう思いながら、多原は、しびれを切らした同僚に引き摺られていく駅員さんに手を振った。駅員さんは、きりっとして敬礼を返してくれた。何故。


でも、敬礼で正解なのかもしれない。なぜなら、多原がこれから乗り込むのは、彼に説明した通りの敵陣なのだから。




バスロータリーでバスを待ちながら、多原は、律さんから教えられた情報を思い出した。


『本当は、アポを取りたいんだが、なにせ、芝ヶ崎は彼に恨まれて、縁を切られていてね……素直に会いに行くなんて言ったら、逃げられてしまう』

『だから、突撃訪問ってわけですね』


バスが到着する。てっきり前から乗るかと思いきや、真ん中の扉が開いて、多原はびっくりした。ちゃんとICカードをタッチするところがあったので、早速チャージしたご当地カードを、ぴっ、と当てた。


座席に座り、スマホで「バス 真ん中 乗る」で検索しながら、律さんの言っていたことを再び思い出す。扇子を広げてうすら笑ってる律さんを。


『芝ヶ崎の関係者だと知れたら、下手をしたら殺されてしまうかもしれないね。山も海もある田舎だ、死体を隠す場所はいくらでもある……それでも、君は行くのかい?』

『はい。俺は、自分の納得する料理を提供したいので』

『……救いたい、などではなく?』

『自分のこと殺そうとした人を救いたいはちょっと……』


窓の外。だんだんとひらけていく視界。ちらりと見える水平線。目的地はもうすぐだ。




バスの運転手さんにお礼を言って、多原は、バス停に降り立った。ここから歩いて十分。海が近いせいだろうか、潮の香りがしてきた。


歩くたびに、心臓がうるさかった。本当は怖かった。芝ヶ崎は彼に恨まれている。多原は、芝ヶ崎の雑魚だけど、正真正銘芝ヶ崎の一員だ。


「でも、頼れるのはその人しかいない」


自分に言い聞かせるように。多原はつぶやいた。




やがて、その会社は見えてくる。外観は、普通の会社だ。けれど、誰をも拒むように、その入り口は硬く閉ざされて、


うぃーん。


いなかった。普通に自動ドアで開いた。


「いらっしゃいませ」


受付嬢らしき人が、にこやかに挨拶してくれる。多原は頭を下げた。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「え、えっと……しゃ、社長さんに、会いに」

「社長の門脇(かどわき)ですか?」

「は、はい」


不審そうな受付嬢の人。多原は、ぐ、と拳を握り。


()()()()()()()()()()()()()()()()、門脇さんに、会いにきました!」


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