謎の儀式とおまじない
それは、恐怖体験だった。
中学の夏休み、近所の神社で、お祭りがあった。
立ち並ぶ屋台、限られているお小遣い。多原は財布を握りしめ、途方に暮れていた。
ーーどれを買えば良いのかわからねえ!
食べたいものを優先するべきか、射的やヨーヨー掬いをするべきか。多原は、悩みに悩んで、結局、屋台のある賑わうところを通り過ぎて、人気のないところまで来てしまった。
多原は、不安になって振り返った。大丈夫だ、まだ、屋台の灯りが見えている。なんか異世界に連れてかれたりとかしてない。
「さぁーてと、戻るかぁ!」
妙に大きな独り言を言った、その時だった。多原の喉が、ひゅっと音を立てた。
……聞こえる。
妙に甲高い、時折笑いの混じった声が。その声は、木が鬱蒼と生い茂る場所から聞こえてくる。
「あばばばば」
やばい、これ、あかんやつや。多原の足はもうがっくがくだった。だが、同時に、好奇心も頭をもたげていた。
ーーこれ、撮影したらテレビ局に売れるんじゃね!?
逆に呪いの力が強すぎてダメとかあるのかな。でもここ神社だしギリ行けるんじゃ? と、多原は悶々としながら、声の聞こえる方向に歩いていく。笑い声は、ますます大きくなる。時折啜り泣くような声が聞こえて、多原の背筋は冷えていった。
「やばかったら逃げる、やばかったら逃げる」
どうしよう、明日の朝刊の隅っこに『男子中学生の変死体』とかいう見出しの記事が載ったら。芝ヶ崎の皆さんが小躍りしてしまうかもしれない。
よし、意味ないかもしれないけど、多原はこうして死んだのだという記録を残すために、ビデオを撮っておこう。
「で、でもレイ姉ちゃんだけは悲しんでくれるかもしれないし!?」
最近冷たいけどね!
なんてことを言いながら、茂みを掻き分けた先にあったのは。やっぱり、異様な光景だった。
浴衣の集団。それはまだいい。だが、その集団は、多原に背を向け、笑っているのである。くすくす、くすくすと。そして、その中心からは、啜り泣くような声が聞こえて。
白目を剥きながら、多原はスマホでその光景を撮影した。怪奇! 夜の神社で行われる謎の儀式! これは、テレビ局に送ってもお蔵入りだ。ガチのやつだ。
「やばいやばいやばい、あっ」ぱきん。
終わった。
多原は、そこらへんに落ちている枝を踏んでしまった。なんてベタな。
一斉に、謎の儀式をしている集団が、多原の方を振り向いた。多原はスマホを隠し、撮ってないですよアピール。なんなら土下座をしようと両手を上げた時。
「げ、多原じゃん」
なんと、謎の儀式をしていたのは、多原の知り合いっていうか、クラスメートの女子だった。よく見れば、けっこう知ってる人がいるような?
「告げ口すんなよ。告げ口したら、あんたも無事じゃすまないからね!」
不思議な儀式から解放されたクラスメート+αの人々は、そんなことを言いながら、多原の脇をすり抜けて走っていく。きっと、次なる呪いの被害者を出したくないのだろう。優しいことだ。たぶん、これは話したら自分に降りかかってくるタイプの呪詛だ。漫画で読んだ。
解放された人たちが帰って行った後。残ったのは、多原と、啜り泣きをしている少女。せっかく綺麗な浴衣を着ているのに、泥に塗れてしまっている。
「生贄か」
「え?」
たぶん、謎の儀式の中心にいた人物だ。人ならざるものを呼び出すために、少女の生き血が必要だとか、そういう設定なんだと思う。
多原は屈んで、少女の浴衣の泥を払ってやった。
「せっかく綺麗なのに、勿体無いね」
「罰が当たったんです。私みたいな子が浮かれて、お祭りになんて行くから。でも、引っ越す前に、せめて素敵な思い出を作りたいって思って、でも、でも……っ」
「わかるよ。辛かったね」
少女の手をとって立たせる。歩き出そうとした時、少女が地面に躓いてバランスを崩す。
「大丈夫?」
まだ生贄にされた時に吸われた生命力が回復してないのかな。
「いえ……すみません、眼鏡を見ませんでしたか? 私、普段眼鏡をかけていて」
「あっそうなんだ。踏んじゃうといけないから、這って探すね」
「えっ」
多原は、地面に這いつくばり、スマホの光で照らしながら、少女の眼鏡を探し出した。
「はい。あったよ。どう? 大丈夫そう?」
「は、はいっ。ありがとうございます」
眼鏡を受け取った少女は、はにかんだ。多原はキリッとして、
「まだ奴ら(クラスメートに儀式をさせた存在)が周囲にいるかもしれない。鳥居まで送らせてくれ」
「で、でも、そんなことをしたら、貴方が……」
「大丈夫。女の子一人守れなかったら、親戚のお姉さんに殺されちゃうから」
確か、芝ヶ崎の分家にそういうスピリチュアルな感じの家があったはず。ていうか、がっつりそういうとこと繋がってたはずだ。
お祓いだ、お祓いしてもらおう。
「あ、あのっ」
カッコつけたくせにそんなことを思っている多原に、声がかかった。
「貴方のお名前は?」
「名乗るほどのものじゃないさ」
「お願いです、教えてください」
「それなら……」
「私の苗字、樋口っていうんです。みんなからは、ひぐっちゃんって言われてて」
「樋口だとそうなるね」
「でも、ああいうことをされる時に、ひぐっちゃんって呼ばれるから、だんだん嫌になってきて。なにを言ってるんでしょうね、私」
「ああ、それわかる。状況次第で変わるよね」
ああいうことを結構されてるのか!? と思う反面、多原は、しみじみと言った。本家で「多原」を連呼されると、多原が嫌な言葉みたいに思えてくるのだ。
だから、レイ姉ちゃんが、キョウと言ってくれるのが、たまらなく嬉しい。
そういう体験を、この少女にもしてほしい。
「うーん、樋口か。ひぐち、ひぐち、トイ。トイトイ?」
後ろで少女が噴き出した。
「犬みたいですね。可愛くて、私にはもったいない」
「いや、自分で言っておいてなんだけど、これって良いあだ名だと思うよ。トイトイトイは魔除けのおまじないの言葉だから」
この前テレビで言っていたことを思い出す。結構頻繁に生贄にされそうになってる少女には、このおまじないはぴったりだ。ここ神社だからドイツ語効くかわからないけど。
「頑張れって意味もあるらしいよ」
「……じゃあ、トイトイで」
くすくす笑った少女改めトイトイは、参道の人混みにまぎれて、いつの間にか消えてしまった。
あのおまじないが、少女を助けてくれたらいいなと、多原は思う。
ちなみに。
「ほお、これは確かに呪われてるな。ああ呪われている。確認しておくがキョウ。お前は、脅されたんだな?」
「優しさ故の忠告って言ってよ」
帰った後、撮ったビデオをレイ姉ちゃんに見せると、レイ姉ちゃんはどこかに電話して。
「残念ながら、テレビ局からは扱えないとのことだ。だが安心しろ。これを提出するべき場所は、わかっているから」
数日後に、儀式参加者たちが多原家に来て土下座していったけれど、そこのあたりは、多原はあまり覚えていない。
『んー、私が貴方を選んだわけぇ?』
「そうだ。なぜ、葉山でもなく、白川でもなく、私を選んだ?」
令の問いに、相変わらず苛つかせるモーションで、木通しをんはたっぷりと悩んだ。
『教えてほしい?』
「ああ、教えてほしい」
『だけど教えなーい!』
にこっと笑って、両手をぱっと挙げるしをんを、
ぱたむ。
『あっちょっと携帯折らないでよ!』
令は、視界から消したのであった。