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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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捏造された記憶

「ほら、土産だ」


山にゴミを捨てていくことを良しとしない、環境に優しく多原に優しくない渡会は、にっこり笑顔で多原にそれを渡した。


程よい重さのビニール袋をたぷんと揺らして、皮肉にも多原は、帰ってこられたのだと安心してしまった。まだ、山は暗闇に横たわっているけれど、少なくとも、殺されずには済んだわけだ。


野呂瀬から返却されたスマホの画面を見ると、父が教職員組合をぶっつぶそうと動き出す時間だった。非常にまずい。ていうか。


「スマホ、充電しておいてくれたんですね。ありがとうございます」  

「お前、誘拐されたのわかってる? 記憶トんでる?」

「鶏かお前は」


散々な言われようである。多原は振り返り、一緒に下山した、闇の組織のリーダーを名乗る男性に意見を求めた。


「どう思います? この人たち」

「人を馬鹿にするのはいけないね。僕からよく言っておこう」


その言葉で、多原は満足した。要はチクリである。未だに渡会と野呂瀬とこの人が芝ヶ崎の暗部組織なのは信じられないが、とりあえず上司にチクったのである。案の定効果は抜群で、二人は直立不動。多原は小さな復讐を遂げて、満足した。


「それじゃ、帰りましょっか」


当たり前のようにそうやって男性に言えば、男性は、ゆるりと首を横に振る。


「いいや、僕はまだやることがあるからね。先に帰っていてくれ」

「へ……」


多原は絶望した。てっきり、この人も一緒に帰ってくれるものと思ってチクったのに!


「そういうことだ多原くん」

「車ん中で、じっくりたっぷりオハナシしようぜ?」


二人に左右それぞれから肩を掴まれて、すくみ上がる多原である。




ーーい、いや、まだ諦めるな俺!


行きと同じように、渡会と野呂瀬に挟まれながら。


多原は、どうやったら穏便に乗り切れるかの方法を探っていた。闇の組織のリーダーさんがついてきてくれなかった以上、自分の身は自分で守るしかないのだ。


「おい多原、話するぞ」 


多原の焦燥に気付いているのかいないのか。左に座る渡会が、驚くほど冷めた声音で言った。


ーー?


多原は違和感を覚えた。なんか、テンションが違うような。


遠くに見える街の明かりを、渡会の目は追っていた。多原のことを見もせずに。


「俺がお前をいじめてたのは、お前が気に入らなかったからだ。だってそうだろ、なんの努力もしてないお前が、当たり前のように、令様の隣に立ってたんだから」

「突然どうしたんですか?」


多原は、ゲロ袋を持ったまま困惑した。


「ていうかお前それ置けよ」


野呂瀬が呆れたように言って、多原の持っている袋を奪って床に置いた。車に乗る前から思っていたけど、この人たち、普通に袋触ってるな。


多原がそんなどうでもいいことを考えていると、渡会が窓から目を離して、多原を見た。


「……いいから黙って聞け。令様に飽きられたお前に、ざまあみろ、俺はお前が気に食わなかったんだって、俺は言いたかった」

「そう、だったんですか」


神妙に言う多原に、ジト目を向ける渡会は。


「ちなみに何で今そんな話をしてるかっていえば、お前が俺たちの言葉を覚えてなさそうだからだ」

「えっ」

「今言ったこと、八割くらいあの時に言ったことだけど……小学生の時のお前、別のこと考えてそうだったし」

「……」


かと思えば、渡会は苦笑していた。何かを思い出したように。


「今でもその気持ちは変わらねえよ。家の格も高くねえ、何かに秀でてるわけでもねえただのガキが、芝ヶ崎令の隣にいるのは、反吐が出るーーだけど俺は、決定的に間違えた」


多原のことを、びしっと指差す。


「反吐が出るんなら、お前が一人の時じゃなくて、令様と一緒にいる時に言えば良かったんだ。渡会家の長男として、堂々と。まあ正論だよな、それができなかったのは、俺が、自分のことを信じられなかったからだ。もしくは、わかっていたんだ。俺の不満は妥当じゃない、ってな」

「は、はあ」

「まあお前にしてみれば、いじめた相手が悟ったように言うのは気に食わないかもしれねえけど言っておきたかった。小学校の時、いじめてごめんな、多原」


渡会が頭を下げたので、多原も頭を下げておいた。「なんでだよ」という野呂瀬のツッコミが聞こえた。


「あー、俺も同じだよ。俺んち、やたらプライドが高くて、小さい頃から厳しく躾けられてきたからさあ、今反動でグレちゃったわけだけど」


多原は、今度は野呂瀬の方を見た。そうしなきゃいけない気がして。


「俺は苦しい思いしてんのに、なんでお前はヘラヘラ笑ってるんだって思ったら、なんかムカついてきていじめたんだよ。すまん。いやだからお前は頭を下げるな」


そう言われても、そう言われてみると、そりゃそうかなと思う多原なのである。レイ姉ちゃんは、本人がそう思っていなかったとしても、アイドル的存在なのだ。間違っても、多原みたいなポッと出のファンが隣にいていいはずがない。


……まあ、多原がそれに気付いたのは、いじめられた時から随分経ってからだったけれども。ぶっちゃけると、行きの車中でだけど。


「こうして、聞けて良かったです」 


自分の推測でもやもやするよりも、張本人たちから理由を聞けてよかったと思う。多原は初めて、二人の前で笑うことができた。


「あの時の俺は、別のことを考えていてーーそう、どうしたらローストビーフを手に入れられるかを……あーーっ!!」

「声がでけえよ! 薄々思ってたけどやっぱりお前ローストビーフのことしか考えてなかったよな!? 俺が蹴っても変なこと言ってたもんな!?」


渡会に胸ぐらを掴まれて、多原は一生懸命弁明した。


「だ、だって、言ってたじゃないですか! “ローストビーフ食わせてやるよ”って」

「そんなもんお前を連れ出す口実に決まってんだろうが! あえて言うなら蹴りを食らわせてやろうと思ってたわ!」

「ひ、ひどい! 小学校の時の俺は、あれを試練だと思って耐えてたのに……!」


そう。小学校の時の多原は、自分でもわかるほどに馬鹿だった。馬鹿の金メダルがあったら、タイムマシンを使って自分の首に掛けにいきたいくらいである。


「ローストビーフを食べるために、避けては通れない道だと思っていたのに……どちらかというと、蹴られたことよりもローストビーフが食べれなかったことにショックを受けていたのに……!」

「なんだこいつ、怖っ……」


渡会がドン引きした顔で、多原の胸ぐらを離した。野呂瀬が、恐々と多原の肩を叩いて振り向かせた。 


「まさか、俺たちのことを忘れていたのと、さっき話してた架空のローストビーフの思い出って、つながってる?」


多原はこくりと頷いた。あまりもの悲しみに、ローストビーフを食べた思い出を捏造し、ローストビーフチャレンジ(いじめ)を記憶の海に葬ってしまったのである。今日、渡会と野呂瀬に再会したことで、いじめの記憶が正しく(?)蘇ってきたわけだ。


「……いや、なにそれ」

「わっけわかんねぇ、ははっ」


渡会は額に手をあてて、野呂瀬は天井を向いて笑っていた。多原は冷静に考えた。


ーーいや、言うほどわけわかんないか?


小学生が、見たこともないローストビーフ食べたいと思うことに、ローストビーフ食べれなかったと落胆して記憶を捏造することに、なんの不思議があるだろう。いや、ない。


「俺、わかったわ。お前みたいなアホを野放しにしてたらすぐ死にそうだから、令様もお前をそばに置いたんだな」

「令様がお前を手放したのは、お前が死にそうじゃなくなったからだな」

「勝手に納得されてる……!」


一気に双方から哀れみの視線を向けられて、ショックを受ける多原である。でも、それは大いにあるかもしれない。多原は成長したのである。あの時のまちがいを、理解できるほどに。


「……だが、そうだな」


自分のスマホを取り出して、渡会は何かを打っていた。


「“景品”をやってもいいかもな?」

「“景品”?」

「ま、楽しみにしてろよ多原くん。本当は、直接授与したいところだが。生憎」


多原の手首を、なぜか、制服の袖ごと握って。


「俺たちには、時間がない」




時刻は十時を過ぎていた。


「うーん!」


見慣れたみどり町に降り立った多原は伸びをした。長い間車に乗っていたから、体がばっきばきだ。


「さてと、父さんが組合に乗り込む前に帰らなきゃ」

「どころか行方不明者届を出そうと思ってたところだよ」

「ぎゃあっ!?」


背後から声をかけられて、多原はびっくりした。そこには、多原の父が立っていた。


「あれ? 父さん、どうしてここがわかったの?」

「ちょっとした情報網でね……キョウ君ごめんね。私は、わかっていて止めないずるい大人だ」


父は、なぜか、苦しそうな顔をしていた。 


「彼女たちのことを笑えない。お父さんは、普通の親のようなことができないんだ」

「うん。父さんはちょっとモンペすぎるよね」

「いや、そうじゃなくて」

「それ以外は、普通だと思うよ」


できればべたべたくっついてくるのをやめてほしい。そう言おうとしたのに、結局抱きつかれてしまった。でも。


「ごめん、ごめんよ……」


震える父を押し退けることはできなかった。こんな父を見たのは、初めてだった。






「聞こえるか、島崎昢弥」


多原を下ろした車内で。多原から回収した盗聴器に向かって、渡会は話しかけた。


「俺たちのことを追おうと思うなよ。時間の無駄だから。お前が追うべきなのはーー」






与野崎(よのさき)(すぐる)の行方を知っていると言ったら、すぐにでも結婚を許可してくださいますか?」


鳶崎巳嗣の瞳は、まるで、実子のように歪んでいた。


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