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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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“誰をも取りこぼさない”

「わざと生かしてる、ってとこですかね」


多原にこっそりつけた盗聴器。その音声を聴きながら、島崎は呟いた。どうせ楢崎にバレるので、最初っから「盗聴音声聞きましょうか」と誘ってある。ただし楢崎さんの分のヘッドフォンはないので、音漏れしてる分を聞いてもらっている。


「親友に盗聴器を二度もつけるって、倫理観どうなってるの君。生活音を聞くときはヘッドフォン外してあげなね」


それは、愚の骨頂とも言える質問だった。島崎は、楢崎にジト目を向ける。


「何も起こらなければ、それで良かったんですよ。多原が無事に家に着いて、あのモンペが盗聴器に気付いて破壊してくれれば、別によかったんですけど」

「モンペって……モンスターペアレント? ああ、(わたり)様のことか」


楢崎が、若干顔を青ざめさせながら言う。


多原亘。芝ヶ崎の末端、凡人だらけの多原家に生まれた、芝ヶ崎格と並び立つ怪物。自らの息子への異常な溺愛っぷりは、芝ヶ崎の中でも有名であるが、十数年前、芝ヶ崎格を追い詰めた人間であるという事実は薄れつつある。


楢崎のような“当事者”であれば顔を青ざめさせ、たとえ下位の家であろうとも様付けで呼ぶが、それを知らない人間にとっては、「ただのモンペがなんか騒いでらぁ」に収束する。


前髪をかき分けて、額を抑える楢崎。心の底からのため息が聞こえた。この男は、悲劇の英雄症候群ではあるものの、基本的に穏健派だ。


「あの人が表舞台に出てくれれば、すぐに解決するのに……」

「自分の危険性をわかってて、自ら檻に閉じこもってくれてる獅子を?」

「……だよなぁ」


そもそも、『演説事件』において、一滴の血も流れなかったのが奇跡なのだ。多原亘もまた、人を切り捨てることの才能に長けている。


親友がヘッドフォンの向こうで、地元の老人ごっこをしているのを聴きながら、島崎は、自分で集めた事件資料からの推察を述べた。


「『演説事件』の勝敗を分けたのは、多原亘の人間性。当然切り捨てるべき男を切り捨てなかったその甘さを、芝ヶ崎格は予想しきれなかった。だけど、これは単なる初見殺しです。二度目はないでしょうね」


奇跡は二度も起こらない。島崎は、ありありと情景を目に浮かべることができる。多くの芝ヶ崎の血を引く人間が、血溜まりに伏している場面を。


ーーそれでいいと、思ってたんだけどなぁ。


けれど、それで良くなくなってしまった。なぜなら、


「よりによって……ってうるっさ!」


島崎はヘッドフォンを耳から離した。なぜなら、多原が爆音でCMソングを歌い始めたからだ。






間違いない。蔵で聞いた声と一緒だ。ご本人だ。ご本人登場ってやつである。


地面に頭をめり込ませる勢いで、多原は勢いよく、目の前の男性に土下座していた。


「す、すみません出来心なんですっ! あのっ、ちょっと作戦に利用しようと思って。あっ、もしかして、特許とってますか!? それとも、ちょ、著作権でいいのかな!?」


多原は混乱していた。芝ヶ崎のなんらかの秘密組織だから、渡会が言ってた暗部には掠っていないはず。だけど、存在そのものに特許があるのかもしれない!


「驚いた、聞かせていないのか」

「聞かせてない?」


ーーり、利用規約?


多原には、それしか思いつかなかった。ざり、という音が聞こえて、衣擦れの音が聞こえた。


「顔を上げてごらん、多原貴陽君。僕はね、別に、怒っているわけじゃないんだ」


多原は、おずおずと顔を上げる。多原の前で屈んでいる男性は、見れば見るほど青白い肌をしていた。


「とりあえず、あそこのベンチに座ろうか。積もる話もあるからね」




男性と並んで座りながら、多原は景色をガン見していた。


「貴陽君、僕の声に聞き覚えは?」

「えっ、いや、ありませんすみません、勉強不足でございまして」


とりあえず謝る。多原は、それに決めた。そんな多原の様子を見て、男性は小さく笑う。


「そんなに硬くならないで良い。勝手に名前を使われたのは業腹だが、君には君の事情があったんだろう」


思ったより、話が通じそうで、多原はほっとした。渡会や野呂瀬と違って、穏やかだし、優しそうだ。家の中に入ってきた蚊を捕まえて、「森におかえり」とか言いそう。


「でも、そうだな。君はさきほど、著作権と言っていたね?」


まずい、これ、言質をとられるパターンだ。多原は硬直した。


「どうだろう、貴陽君。うちの組織に入らないか?」

「……へ?」

「身内になってしまえば、使用料はかからないよ。君の大好きな陰謀論に、うちの名前を使い放題だ」


斜め上からの提案に、多原の時は止まった。


ーーなんか、だいぶ変な人が来ちゃったな。


多原の動揺に気付いていないのだろうか。あくまでも穏やかに、“暗部”のリーダーである男性は、組織に入ることの利点をあげていく。


「うちの組織に入れば、時給が発生するよ」

「時給」

「アルバイト感覚だと思ってもらえればいい。ああ、世間で言う“闇バイト”とは全く違うからご安心を」

「闇バイトとは全く違う」

「福利厚生も充実している。各サブスクリプションも入り放題。映画も格安で鑑賞できるよ」

「サブスクって、ユーツーブプレミアムも!?」

「ふふ……」


溜めに溜めて。男性は、三日月のように目を細めた。


「もちろん、ユーツーブプレミアムも、だ」






「いやなにこのアホの会話」


ヘッドフォン越しにそれを聞いていた島崎は、本当を言うとヘッドフォンを投げ捨てたかったがやめた。


「こいつ、本当に芝ヶ崎格か? 会話のレベルが低すぎる」


あのカセットテープと声が似ているが、声だけが似ているそっくりさんでは?


などと、島崎が頭の痛くなる思いで考えていると。


「ーーいや、これは間違いなく、芝ヶ崎格だよ」


静かな瞳で、楢崎が言う。


「どこらへんが?」

「多原君の会話についていけている。威圧的に押さえつけたりも、変に勘繰ったりもせずに。多原君の言ったことを、ありのままに受け止めている。その上で、多原君を勧誘しているんだーー圧倒的な理解力。それこそが芝ヶ崎格の強み。彼は、“誰をも取りこぼさなかった”」


最後に付け加えられた言葉が、良い意味でないことは、島崎にもわかった。これは、救ったという意味ではないことくらいは。


「まあ……多原は、嬉しがるでしょうね」


島崎は、なんとなく居心地が悪い気分になっていた。ほぼ生贄のような状態で芝ヶ崎の本家に出向き、敵意剥き出しの世界に生きてきた親友が、たとえ罠だとしても、理解を示されることを。


島崎は、一瞬だけ、許容しそうになったのだ。 


「その方が、幸せなのかもしれな」


『ありがとうございます。でも、俺はちょっと、その、大丈夫です』 


その時である。困惑した様子の親友が、むしろドン引きしながら誘いを断る声が聞こえてきたのは。






これほどまでに、自分に理解を示してくれた人間は、きっと初めてかもしれない。


大体の人は、多原の言ってることが飛躍しすぎたりしていて、初手で呆れるっていうのに、さすがは闇の組織のリーダーだ。たぶん、人心掌握術に長けている。


多原は嬉しさを覚えると同時に。


ーー闇の組織って、福利厚生あるんだ……。


という、ちょっとした失望感に襲われていた。


闇の組織とて、現代に生きる人間で構成されている。たぶん、ファミレスとか行くし、ユーツーブも見るんだろうけれども。


多原は、なんかちょっとがっかりしたのである。


「ありがとうございます。でも、俺はちょっと、その、大丈夫です」


“ちょっと”はつけないほうが良かったか。というか、断って大丈夫なのか、とか色々考えていた多原だが。


「さ、三段笑い……!」


男性は、身を震わせていた。その声はだんだん大きくなっていき、ついには、おとなしそうな彼の外見には似合わない大笑いになっていく。


「くく、あっはっは!! 僕もまだまだだな!! ありがとう貴陽君」

「ど、どういたしまして……?」


なぜかお礼を言われてしまい、多原は頭の中に疑問符を浮かべながら、そう答えた。男性は、そっと立ち上がった。


「さあ、帰ろうか。今回は振られてしまったが、またチャレンジするから、その時はよろしく頼むよ。ああそれと、僕らの組織だけどね、好きなだけ陰謀論に使ってもらって構わないよ。何ならーー君の作った陰謀論の通りの働きをしても良い」


大盤振る舞いである。多原は頷きかけそうになったが、ぶるぶると首を横に振った。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です! 陰謀論は、実際にそんなことないっていうのが前提だから」










「それをわからずに、『演説事件』の亡霊は、ゆめをほんとうにしようとした」


粉々に砕いたカセットテープ。それは、白川の関係者から押収したものである。


芝ヶ崎格の信者は、芝ヶ崎だけにあらず。


彼女は決意する。それこそ、亡霊のように、虚な目で呟いた。


「多原君を迎える前に、()()の害虫を駆除しなきゃ……」

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