闇の組織の報復
ゲロ吐かせたまま年越ししちゃった…
「い、嫌だ、嫌です嫌すぎる!!」
多原は、ぶんぶんぶんっ、と首を横に振った。
「ぎゃはははは! なにそれ、馬鹿の三段活用かぁ〜!?」
涙すら浮かべてそれこそ馬鹿笑いする渡会は、ひーひー言いながら腹を抱えていた。
「良いじゃねえか! 恥かいてこいよ! “本当は、鳶崎さんのことなんか好きじゃないんですよね?”って!!」
幸いなことに、渡会は、多原が嫌がる理由を勘違いしている。多原は、別に未練マシマシでレイ姉ちゃんに噂の真相を確かめに行くことが嫌なわけではなく(いや、もしかしたらそうなのかもしれない、少なくとも、多原はレイ姉ちゃんのことが好きである)、自分の陰謀論を、自分で壊しに行くのが嫌なのである。
シミュレーションをしてみよう。
『あ、あのっ』
話しかけた途端、レイ姉ちゃんにゴミを見るような目で見られる多原。あれ、これ、普通に無視されて終わりなのでは? と思うが、渡会と野呂瀬からの熱い後押し(脅迫)によって、多原はレイ姉ちゃんと話すしかなくなってしまう。
『噂で聞いたんですけど、イセマツヤの御曹司と恋愛関係にあるって本当ですか? ほ、本当は、鳶崎さんのことなんか、好きじゃないんですよね?』
『? 何を言ってるんだ貴様?』
……シミュレーション終了。同時に多原の計画も終了。島崎とか伊勢君、律さんが言うには、まだ鳶崎さんを“説得”するには、期が早過ぎるらしい。少なくとも、あとひと月は必要なのだとか。そうすれば、鳶崎さんと楢崎さんの力が拮抗して、レイ姉ちゃん結婚の条件もなかったことになる。
だけど、今はダメだ。時間が足りない。この状態でこんなことを聞きに行けば、鳶崎さんへの対抗馬としての伊勢君が、機能しなくなってしまう。
それどころか、火のないところに論法で、鳶崎さんが伊勢君を邪魔に思ってしまうかも。まあ、白川さんがバックについてることを知れば、鳶崎さんもそうそう手を出してこないだろう、け、ど……?
ーーあれ。
多原は考えることが得意じゃない。なんでもかんでも、額面通りに受け取って、感嘆の言葉を吐くのが大の得意だ。だけど今は、考えなければいけないとき。ちょっとした引っ掛かりを、離してなるものかと、目一杯手繰り寄せる。
黙っている多原の目の前で、トンボにやるみたいに指をぐるぐるする渡会。
「おいどうした? 気絶か?」
なわけないだろ、目を開いてるんだから。などという言葉を呑み込んで、多原は渡会の顔を見る。
そうか。
多原は、“知ってる”側だから、「バレた」という一点のみで、レイ姉ちゃんと伊勢君の噂も、白川さんと伊勢君の噂も括っていたけれど。
二つのことには、決定的な違いがある。
ーー伊勢とレイ姉ちゃんのことは、俺たちが噂を作って流したからわかる。でも、なんでこの人たちは、イセマツヤと白川財閥のことを知ってるんだ?
「そ、そもそもですよ」
「あ、喋った」
「……イセマツヤの御曹司と、本家の令さんの噂は、掲示板があるからわかるとして。さっき言ってた、イセマツヤの御曹司のバックに、白川財閥がついてるって話は、どこからきたんですか?」
「ーーへぇ」
多原は、びくっと震えた。なぜかって、体感温度が二度くらい下がった気がしたからだ。多原をトンボ扱いするのをやめて、渡会は、口の端を持ち上げる。
「どさくさ紛れに言ってみたが、やっぱり誤魔化せなかったかぁ。ちっちゃい頃から成長したなぁ、多原くん。おにーさんは、とっても感動しているぞ」
自分をいじめていた渡会に、そんなことを言われて、多原はたいへん不服だった。なんだそれ、まるで、自分が育てたみたいな言い方。
「お前の言う通り。白川財閥がイセマツヤのバックについてるっていうのは、だぁれも噂してない。だけど俺たちは知ってる。序でに言えばーー令様と伊勢隼斗の噂を掲示板に書き込んだのは、俺たちだ」
「??? ???」
「まあ、なんだ。俺たちこそがーー芝ヶ崎の暗部ってわけだよ」
芝ヶ崎の暗部。暗い部分、闇の組織。
多原の脳内で、ぱち、ぱちとそろばんを弾く音がして、そして、ポップコーンのように思考が弾けた。
そんなわけない。出まかせだ。でも、中二病とは縁遠そうな渡会さんが、バカ真面目に「芝ヶ崎の暗部」とか、言うだろうか?
「つ、つまりこれは……報復!? ですか?」
そ、そういえば、陰謀論を作る時、なんかこう、芝ヶ崎のなんらかの秘密組織を組み込んだ気がする! 勝手に巻き込むんじゃねえ! と、太陽の下に引き摺り出された闇の組織が、ご抗議にいらっしゃってしまったというのか。
藪を突いて蛇を出す。素直にレイ姉ちゃんと伊勢君の噂だけ流しておけばよかった!
後悔に苛まれる多原は、だけども納得がいかない。ただ自分が目障りだからっていじめていた人間が、いきなり闇の組織を語り始めたらビビる。
「新手の、俺への、いじめでは?」
「多原ぁ、俺はな、本当は、お前のことをいじめたくなかった」
「満面の笑みで言われても説得力ないです」
「おっと。良い人ごっこは通じねえか。まあそうだよ、俺たちはお前のことをいじめて超楽しかった。お前、おっかねえ父親に報告しないでいてくれたんだもんな? たすかるわー」
「ちょうどいい戦力ってもんがないんだもんなお前には。いるのは、手加減するのが下手な奴らばかり」
「一体、何を言ってるんですか……?」
渡会の父親云々はわかる。多原はモンペの父に、いじめられたことを話したらどうなるか想像がつくので、そんな話はしない。
だけど、野呂瀬の戦力とか、手加減するのが下手な奴ら、とかはわからない。もしかしたら、野呂瀬には何かが見えているのかも。
「さては、霊能力者、か……!?」
「なあ渡会、こいつ成長してねえよ。退化してるよ。おい、目逸らすな渡会」
考察する多原をスルーして、渡会の肩を掴んで揺さぶる野呂瀬。シートベルトがびよーんと伸びている。
このまま内輪揉めしてくれないかなと密かに多原は思ったが、残念ながら、二人の揉み合いの結果は、「多原はバカ」で終わった。ひどい。
「って、そうじゃなくて、あ、あ、暗部の人たちが何の御用ですか? 俺には何の落ち度もありませんが?」
「声が震えてるんだよバカ。さっき報復って言ってただろうがバカ」
「あっ」
多原は、口を覆った。しまった、確かに言っちゃった。
演技してたのは、あっちも同じだったのだ。
ぐるぐると言い訳を頭の中で巡らせる多原。
「そろそろ、着きますよ」
空気を読まずにそんなことを言う運転手。
「やっぱり俺は、埋められるんだ……」
多原は、絶望と共に膝を地面につけた。地面っていうか、道路だけど。
見上げれば、そこには、暗闇の中でもなお存在感を増す山があった。夜の山、車が通らない道路。詰んでいる。
レイ姉ちゃんに会いに行かせるなんてのは嘘っぱちで、本当は、この山に向かっていたらしい。
「くっ……なんか、芝ヶ崎家に行くには遠回りしてるなと思ってたんだ!」
「マジでバカだろお前」
多原を二重の意味でゲロらせた二人が、蔑みの視線で見てくる。
「懐中電灯は持ったか? 遭難……することはないだろうが、一応飲料水も持っておけ」
トランクに隠してあったらしい。小型のリュックを多原に背負わせて、代わりにスマホ入りのカバンを没収して、渡会と野呂瀬は、テキパキと山登りの準備をしていく。
「ていうかお前、スマホで助け呼ぼうとしなかったな? なんでだ……あっ」
多原のスマホを起動させた野呂瀬が、声を上げた。
「だって、すぐに家に帰るつもりだったから……」
多原は、スマホの充電が十パーセントを切っていることへの言い訳をした。
「素人が半端な覚悟で山に登っちゃいかん」
地元の老人ごっこをして気を紛らわせながら、多原はしゃくしゃくと落ち葉を踏みしめて、山を登った。
渡会と野呂瀬と運転手は、ついてきてくれないらしい。地元の老人ごっこをひとしきりした後に、CMソングを爆音で歌いまくる多原。
どうやらここは、ハイキングコースらしく、道が整備されていた。だから、シロートの多原も、しゃくしゃく進めるわけであるだが、実際には、しゃく……しゃく……くらいのスピードだ。
「看板のペンキがはげてるのが気になるけど」
明らかに、何か起きそうな雰囲気の山である。とっぷりと日が暮れた山を、懐中電灯の明かりだけを頼りに登っていく。
「つ、疲れた……」
ちょうど良いベンチがあったので、多原はそこに座った。一息ついたら、じんわりと、目に涙が浮かんできた。
「なんで俺、こんなところにいるんだろ……」
多原が、肩を落としていた、そのときである。
ざり、と地面を踏む音が聞こえて、多原はベンチから転げ落ちた。星空が綺麗だ、誰かが、多原の顔をのぞいている……
「いや、誰ッ!?」
多原は急いで飛び起きた。目の前には、青白い肌の男性。ちょうど、多原の父と同じくらいだろうか。世間一般で言えばイケメンだ。
地面に座ったままの多原に手を差し出して、その男性は、優しそうに笑った。
「はじめまして、多原貴陽君。僕が、芝ヶ崎家作戦本部のリーダーだ」
多原はその手を取らなかった。そのかわり、地面に頭をめり込ませた。
いわゆる、命乞いの土下座である。
そして。
「こっちの方とはね」
白川芳華は、押収したそれを、粉々に砕き潰した。




