どうせ賭けるなら
ヒロインが出てこないな…?
「それでさあ、俺たち暇人はさぁ」
多原貴陽が地雷原でタップダンスを踊ったのは、これが二度目だった。
一度目は言わずもがな、芝ヶ崎令が伊勢のことを好きだとでっちあげようとしたこと。芝ヶ崎令は、幼馴染である多原に恋慕というには禍々しすぎる情を寄せていることは、一部の人間(同類)には有名である。
「(中略)だから、それをネットに書き込めば、俺みたいな芝ヶ崎の暇人が食いつくと思うんだよ。どう? どう?」
自虐という名の経験談を交えながら、目を輝かせている多原に、伊勢は生ぬるい笑みを浮かべた。
ーーこいつ、とっとと監禁されねえかな。
なんだろう、警戒心薄い鳥みたいだ。乱獲されそう。
伊勢は、はぁあ、と大きなため息を吐いた。いかん、これはお嬢様の意に沿わない。
「まっったくダメだな。多原、お前、開示請求って知ってる?」
「……はっ!」
「見ようによっちゃ、お前が今やろうとしていることは、名誉毀損だぞ。匿名っつっても、薄皮一枚隔ててるだけ」
芝ヶ崎令あたりに訴えられたら、こいつの人生はそこで終わりだ。二度とシャバに戻ってこれないだろう。自分から弱みを作ってしまうのだから、妥当な結末である。
ーーそれに。
芝ヶ崎には、“演説事件”という前科がある。
それをネットという不特定多数の人物が見る場所に書き込んだとして。それを信じる“信者”とやらが決起、またはお門違いの義憤に駆られてしまえば、再び世は混沌に飲み込まれてしまうだろう。
そうすれば。
ーー“蔵”にいる化け物が、好き放題動き回れる夜が来る。
それは、御三家の一角・白川家と手を組もうとしている伊勢にとって、よろしくないことだ。
ぶっちゃけ、混沌とかはどうでも良いが、御三家のバランスを崩されるのは非常に困る。せっかく、芝ヶ崎律とも接点を持つことができたっていうのに。
御三家は、生かさず殺さず。イセマツヤがこれから生き残るために、あの化け物には、死ぬまで眠っててもらわないといけないのだ。
だから、伊勢は、表向きの理由を開示請求されることにして、多原のネットに書き込む案を却下した。
たしかに、ネットに書き込むのは良い案だとは思う。多原の熱弁……暇人ほどネットの海を漂い、掲示板あたりに書き込まれたことを、あったら良いなと信じてしまうというのは、まあ、わからなくもない。だが、リスクが大きすぎる。
よって、伊勢は、事前に芝ヶ崎律(うまくいけばこいつが次の当主だ。ゴマを擦っとくのに越したことはない)と擦り合わせたこととその許容範囲、そして多原が話したことを統合した。
机を挟んで打ちひしがれている多原に、ずいっと顔を近づける。
「だからお前には、重要な役目をしてもらう。なーに、重要だけど、簡単な役目だからさ」
「……わかった。結婚式には、行くつもりだったし」
多原は、不承不承、その案に頷いた。
「でも、ぽっと出の俺がそんなこと言ったら、つまみ出されない?」
「そのための俺だろうが」
そう、そのための自分だ。伊勢を巻き込んだ多原は慧眼だ。巻き込むよう仕掛けたお嬢様も。
ーー自分にはできないことを、よぉくわかっていらっしゃる。
だが、それは必要なので、伊勢を選んだというわけだ。まったくもって、ついて行く甲斐があるお嬢様だ……
「あ」
せっせとスマホのメモに作戦内容を記入していた多原が、声を上げる。何かと思って画面を覗き込んだ伊勢は、見たことを後悔した。
電話、だ。多原がまたもやぶっちぎって学校に置いてきてしまったであろう島なんとかとやらからの。
「で、出るぞ?」
「俺に言わんでも」
露骨にびくびくしながら、多原は通話ボタンを押して。
「もしもし? ……切れた」
呆けたような多原は、椅子にもたれかかり、天井を見つめていた。
「これは、非常にやばいかもしれん」
そんな多原を見ながら。伊勢は、お嬢様の言っていたことを思い出す。
『ええ、こんなのは茶番よ。だって、島崎昢弥と、芝ヶ崎格の妥協点を引き出せば良いだけなんだから』
「どうしてだ、爽やかに宣言したはずなのに」
スマホの通知履歴がやばいことになっている。これは、島崎がとても怒っている証拠だ。多原から電話をかけてみる。出ないので、多原も鬼電した。でもやっぱり出なかった。
「あーっ!!」
ベッドに倒れ、多原は、ふと思いついて、ユーツーブのあのページを開いてみた。
思った通り、そこには、コメントが書かれていて、多原は目を見開いた。
いつも通り頭文字を拾っていく。不意に、笑みが溢れる。
あの夜、電話越しに言ったことは、まだ無効になっていない。
『そこまでいうなら』
『すくってみせろよ』
多原は、力強くフリック入力。
ーーなーにが、ありがとうだよ。
この生活の良いところは、寝る時にスマホを取り上げられることかもしれない。布団に入りながら、島崎は、多原の返事を思い返していた。
「く、くくっ」
「お、思い出し笑いかい? 私もよくやったなぁ」
人の笑い声にまで合いの手を入れてくる、隣の部屋の楢崎に舌打ちしたい気分だが、それは、些細なことである。というか、これ、人に話したい。
「楢崎さんは、ギャンブルやったことあります?」
「いや、やったことはないね。中毒性が高いらしいから」
「そっすか」
「島崎君は、やったことあるのかい?」
「やったことないですけど、似たようなことは。学祭だったかな?」
テキトーなことをふかして、島崎は、ごろんと横を向いた。
「あー、最悪。ほんっと、最悪」
言葉とは裏腹に、笑いが止まらない。
「全ツッパしたのに……こうも派手に負けると……逆に清々しい」
「わかった! そーしゃるげーむのがちゃとやらで爆死したんだね!?」
「違います」
基本的には優しいんだよな、この人……と、障子の向こう側にいる人物に思いを馳せる。
「……私は、がちゃとやらはやったことないけれど」
的外れな阿り方をした楢崎は、静かな口調で言った。
「何かに期待して散っていった人間を、多く見ているからね。悪い手本が身近にいたから、賭け事はやらないことにしているんだ」
それが、何を指すのかは、島崎には、はっきりとわかった。
音声テープでしか聞いたことのない演説は、夢の中で、はっきりと、現実的な彩度で現れた。
そう。
あの場にいた聴衆は皆、彼に期待して、拍手を送り続けた。彼の名前が刻まれた馬券を買って、派手に大爆死したのだ。
ーー馬鹿な奴ら。
自分を騙そうと思ってる、自分より頭良い奴に賭けるなんて。そんなん、選挙でやれっての。
でも、そうだな、どうせ賭けるなら。
今日は良い夢が見れそうだ。島崎は、架空の馬券を握った。
ーーどうせ賭けるなら、とびっきりの馬鹿が良い。




