経験者は語る
「つまり、俺の作戦はこーだ!」
誰もが憧れる(主語の肥大化)ホワイトボードでの図式説明。多原は、自宅で作ってきた模造紙を、いそいそとホワイトボードに貼った。
本当は、刑事ドラマでよく見るやつ……写真を磁石で貼って、マジックできゅっと線をつないで、「交換殺人……!?」とか言ってみたかったのだが、これは別に交換殺人じゃないし、自分にはそんな高度なことができそうにないので、多原は模造紙を使ったのである。
ちなみに、模造紙っていうのも嘘で(多原にとっては模造紙だ)、A4サイズの印刷紙を裏からテープでとめて、どこのご家庭にもある謎マグネットで四隅を止めている。
「もう突っ込み疲れたから帰っていい?」
ふっかふかの椅子に座る伊勢君が、和やかな笑顔で多原に言うが、多原は首を横に振った。お前、一言も発してなかっただろうが。
イセマツヤのグループ会社。その貸し会議室。多原は伊勢君に、多原渾身の計画をプレゼンしていた。
「まずは、レイね、令さんだな。芝ヶ崎令さん」
ごほん、と多原は咳払いして、レイ姉ちゃんのイラストを指差した。
「え、その丸と二等辺三角形でできた棒人間、芝ヶ崎令のつもりだったの……!?」
「書いてあるだろ!」
多原だって自信がなかったから、イラストの下に芝ヶ崎令って書いておいたのに!
心の中で、やっぱりイラストなんて書かなきゃ良かったと思ってしまうが、いやいや、イラスト化することで、相手にわかりやすく伝わることもあるわけだし、と無理矢理ポジティブになる。
だいたい、丸と二等辺三角形じゃなくて、これは髪型を捉えている正確なディフォルメである。レイ姉ちゃんの、後ろで一つに括っている髪の毛の表現なのに。
「そんで、これがお前ね」
「殺すぞ」
「ひえっ」
伊勢君の、ワックスしてるんかというくらいキマった髪型を再現した棒人間が、本人はお気に召さなかったようだ。陽キャ特有の目力で睨まれて、多原は涙目になった。
「だいたいわかったけど、余計な情報が入るな」
伊勢君は、聴衆席から離れて、多原のそばに来た。
「つまりだ」
模造紙(A4の紙の集合体)をどかして、多原に丸めたそれを渡した後、伊勢君は、真剣な表情でマジックを動かし始めた。
「芝ヶ崎令と俺が相思相愛」
「おお……!」
多原は、あまりもの画力の差に、感嘆するしかなかった。たしかに、多原のあれはレイ姉ちゃんではない、丸と二等辺三角形である。伊勢君の絵は、下に誰を描いたかの説明を書かなくてもわかるほど、特徴を捉えていた。めっちゃくちゃ自分を美化してるけど。キラキラマークを散りばめるんじゃない。
「そのことを、芝ヶ崎律は知っている」
並べられた伊勢君とレイ姉ちゃん。その上に、律さんが描かれる。大変失礼なことに、胡散くさい笑みがそっくりで、伊勢君にもそう見えているんだなあと、多原はほっこりした。
「んで、芝ヶ崎律には、二人の恋愛を応援するメリットがある」
応援、と。レイ姉ちゃんと伊勢君の中間くらいに、矢印の先っぽを持っていく伊勢君。マジックを持ちながら、指を一本立てる。
「俺が御三家じゃないこと。芝ヶ崎の次席に名を連ねる鳶崎だったら自分の地位を脅かすが、俺みたいなポッと出が婿になったところで、あの人の地位は揺るがない。つまり、芝ヶ崎律の理想としては、鳶崎との結婚は破談」
「もうちょっと上に描いてあげてよ」
多原の注文に、「うっぜ」と言いながら、鳶崎さんを描き直す伊勢君。ホワイトボードの隅に追いやられて、もはや関係図に関係あるかわからなかった鳶崎さんが、やっと表舞台に上がってきた。
伊勢君が、にやりと笑って、鳶崎さんとレイ姉ちゃんを繋ぐ線に、これでもかというほど大きなバツを描いた。
ーーなんか恨みでもあるのかな?
とか思う多原である。
「とまあ、これが表向きの動きだな」
伊勢君が、この四人をまとめた図を、ぐるぐると丸で囲み……その丸自体に向いている矢印を追加する。矢印の横には、陰謀論!と書いてある。
「多原にしては、よくやってるんじゃねって思ったよ。陰謀論に必要なのは、誰が得するかわからないという点だからな。このまま芝ヶ崎令と、俺の噂を流したとして。その噂の出どころが芝ヶ崎律っていうのは丸わかりだ」
「そういえばそうだな?」
多原がぽんと手を打つと、伊勢君がぱん、と多原の頭を無言で叩いてきた。暴力。
「……念のため聞いとくけど、なんでこの、“芝ヶ崎のなんらかの秘密組織”を入れちゃったの?」
矢印の始まりには、芝ヶ崎のなんらかの秘密組織と書いてある。
「地球を侵略しようとする宇宙人とか、世界を裏で操る組織って、陰謀論につきものだろ?」
多原が鼻息を荒くして言うと、伊勢君は虚無の表情を浮かべていた。信じられない馬鹿を見る目である。
「ちょっと待てって! 根拠はあるから!」
そう言って、多原は、芝ヶ崎の秘密の作戦会議の話をした。あの蔵では、芝ヶ崎の今後を決める会議が、日夜行われているのだと。
「はーん、一応、“蔵”っていう根拠はあるわけね?」
「そうそう」
「却下。“蔵”は現実味がありすぎる。芝ヶ崎の家の地下に秘密組織があることにしよう」
多原は不満げな顔をしたが、伊勢君は、キラキラ笑顔で多原をなだめにかかった。
「誰かが真相を確かめようと、蔵を開けちまうかもしれないだろ?」
「た、たしかに!」
それは盲点だった! 多原は、感動に打ち震えた。伊勢君は、私生活がぐっちゃぐちゃの文豪のようにカッコつけたポーズで、マジックをくるくる回していた。
「だが、“ありえそうなこと”っていうのも大事だ。さんきゅー多原、良いネタを見つけてきてくれたな」
爽やかに微笑む伊勢君。爽やかすぎて気持ち悪い。
「誰も近づいてはいけない地下にある秘密組織の作戦本部。そいつらが、芝ヶ崎令と、俺が愛し合っているという噂を流している。二重に噂を作る。そういうことだよな?」
「う、うん」
「その噂を流せば、芝ヶ崎律もまた、噂に踊らされている人間ということになる。撹乱もできるわけだ」
「おお!」
しまった、また感嘆の声を上げてしまった。さっきから思ってるが、多原は伊勢君の言葉に感嘆する声しか上げていない。これからは、自分も具体的発言するよう努力せねば。
「で、だ。多原、この噂を誰に広めればいいかは、わかってるよな?」
「……」
反応さえできなくなってしまった。
伊勢君は、にやにやと意地悪な笑みを浮かべたまま、どっかりと机に座った。高級な会議室の机だって、別に伊勢君の尻は乗せたくないと思う。
じゃ、なくて。
多原は、「うーん、うーん」と頭を悩ませた。
芝ヶ崎の本家はNG。ご当主様とか、本人であるレイ姉ちゃんは、噂が嘘だってわかっちゃうし。
だとすると、上層部とか? あ、ダメだ、すぐにご当主様の耳に入ってしまう。そもそも、上位ランカーに接触する事自体難しそうだし。
てことは。
「そう、正解」
自分を指差した多原に、伊勢君は満足そうに頷いた。
「お前みたいな、芝ヶ崎の中でも地位が低くてすーぐ陰謀論に引っかかりそうな頭弱々な暇人から、攻略していくんだよ」
多原はニッコリ笑った。
「……泣いていい?」
たしかに、陰謀論って、そこの核心に近い人間じゃなくて、核心から最も遠い人間に広まっていく感じがある。
「どう考えても核心に近い人間の方が知ってるのに、俯瞰して見てる方が全容を知ってるって思っちゃうんだよね」
日本人なのに、行ったこともない国の行ったこともない地区の秘密を握っちゃったりとか。行ったこともない宇宙の陰謀を唱えたりとか。
「うん、そういうの知るのって……面白いんだよね」
「面白いのはお前の格好」
ふっかふかの椅子に座りながら、言えば言うほど自分にダメージを受けて、机に沈み込んでいく多原に、伊勢君が真顔で言う。せめて笑ってほしい。
「でも、だからこそ! 俺は、理想の陰謀論がどういうものかわかる!」
ばんっ! と多原は机を叩いて立ち上がった。普通に手がジンジンした。
「たぶん、伊勢よりもわかると思う。芝ヶ崎内クソ雑魚ランキングに生きるクソ暇な俺たちが惹かれる陰謀論が!」
「そこは誇るところなのか?」
「そこを誇らなきゃ、誇れるところなんて何もない!」
「おおー」
いっそ、感心したように拍手をくれる伊勢君。くそっ、カースト高め男子め。
「と、なると」
多原は、伊勢君に向かって不敵に笑った(つもり)。
「書き込む場所は、限られてくるな」
「は?」




