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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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本能とラブレター

「あれ、多原じゃん? めずらしー」


多原が教室に行くと、そこには、数人の男子生徒がいた。一年にしてサッカー部のエースに躍り出、未だにそれを守っている伊勢(いせ)君と、その友達である。


部活が休みの日、彼らは教室に残って、勉強会を開いている。今日もそうらしい。伊勢君の机の上には、数学の教科書と、ノートが広げられていた。


いかにも、これから勉強するぞ! という光景だが。


「ぎゃはははっ、見ろよこれぇ!」


残念ながら、伊勢君は教科書とノートをほっぽって、ショート動画にお熱なのである。まあ男子高校生の集中力なんてそんなもん。


「多原ぁ、お前もやってく? 勉強」


居酒屋に誘ってくるおじさんみたいなニュアンスで、伊勢君がそう言う。この期に及んで勉強というスタンスを捨てない伊勢君は、きっと心が強い人間だ。


サッカー部のエースにして、赤点の貴公子である伊勢君の誘いを、多原は丁重に断った。多原には、やるべきことがあるからだ。でもその前に、もしかしての可能性がある。


「ていうか、伊勢。ここに誰か来なかった?」

「んー? 誰も見てないけど? なに、待ち合わせ? 島崎?」 

「そんなとこ」


多原は、さらっと嘘を吐いた。多原の永年勤続親友(予定)の島崎君は、今日は月一回の図書委員の手伝いに駆り出されている。図書委員じゃないのに。

だから珍しく、多原は一人での下校をする予定だった。けれど、とあることがあって、こうして教室に戻っているのである。


「いないなら良いんだ、じゃっ」

「ちょー待て待て多原」


がしっ、と伊勢君は多原の肩を掴んだ。そのまま首に腕を回される。


「島崎は、今日は図書委員の手伝いだから、先に帰ってろって言われてただろ? なに嘘ついてんだよ、ん?」




カツアゲされる人の気持ちである。


「ていうか、なんで伊勢がそれ知ってんの」

「偶然聞こえた」

「伊勢、そんとき購買にいたはずだけど」

「そうだっけ?」


逃げようとしたのに陽キャに捕まった多原は、伊勢君の友達に椅子に座らされながら、自分のカバンがごそごそされるのを見ていた。


「くそっ、言うんじゃなかった。カバンの中には何も入ってないって!」

「多原って、俺と同じぐらい馬鹿だよな……」


カツアゲの原因を作ってしまったのは多原である。言わなきゃ良いのに言ってしまった。


苦笑気味の伊勢君は、勉強会をほっぽって、さらに、スマホで動画を見ていたのをほっぽって多原のカバンを漁っていたが。


「お、これじゃね?」

「ああ〜っ!!」

「わかりやすい反応ありがとな多原」 


頭を抱える多原を尻目に、伊勢君は発見した封筒から便箋を抜き取って、読み始める。


「なになに? 『放課後教室に来てください』。へぇ、ふーん? これってぇ、ラブレターってやつぅ?」


ねちっこい喋り方をする伊勢君は、封筒の角で多原のほっぺたをつんつんしてきた。地味に痛い。痛痒い。


「お前も隅に置けないな多原ぁ」


くそ、これだから陽キャは。


偏見バリバリのことを考えながら、多原は「違うんだって!」と叫んだ。


「たぶんこれ、人違いなんだって!」

「その心は?」

「俺に告白してくる女子なんていない」

「か、悲しいこと言ってる……」


手紙ツンツン攻撃が止んで、伊勢君が微妙な顔をしていた。多原はその機を逃さずに、伊勢君から手紙を奪い取った。


「だから、これを俺の下駄箱に入れてきた人に会って、返そうと思って」


だからこれは、多原と、その子だけの秘密のはずだったのだ。こっそり返すことで、人違いのダメージを減らそうと思ったのに。 


もし万が一、多原がラブレターを書いたとして。そこらへんの陽キャに音読されたら、死にたくなるだろう。


「ごめん見知らぬ人、よりによって伊勢に読まれちゃった」

「どういう意味だこら」 


手紙ツンツン攻撃の代わりに、今度は拳で頬をぐりぐりされる。どういう意味も何も、人のラブレター音読するデリカシー皆無な伊勢君の手に渡らせてしまった、多原の落ち度を嘆いているのだが。


ひとしきり多原をいじめた後、伊勢君は、ふん、と鼻を鳴らした。


「そういうことなら、俺らは退散だな」

「伊勢……?」

「カラオケにでも行くわ。じゃあな多原、頑張れよ」

「伊勢……!」


いや図書館あたりで勉強しろよ。というツッコミは野暮なのだろう。伊勢君の心遣いを、多原は素直に受け取った。


「ありがとう。絶対に、手紙の差出人に会って、『人違いですよ』って言ってみせるよ!」

「……ちっげーよ馬鹿!!」




「よぉし、いつでも来てくれ差出人の人! 教室には俺しかいないぞ!」


多原は、鼻息荒く差出人を待っていた。


自分の席に座って、腕組みをしてその時を待つ。かち、かち、時計が時を刻む音が聞こえた。


瞑想状態だった多原は、そして、とあることに気付いた。


「いやこれ、教室に誰もいない方がよくね?」


仮に、差出人が教室を覗いたとして。その子はこう思うだろう。いやなんで多原がいるの? と。


そんな状態で、その子は教室に入ってくるだろうか、いやない。教室が無人だった方が、その子は入りやすいはずだ。


「うん、そうだな。そうしよう」


多原が呟いて、席を立った。瞬間。


がらり、と教室の扉が開かれた。




「あれ? 誰か、いた気がしたんだけど……」


可愛らしい声が、外から聞こえてくる。反射的に机の下に隠れてしまった多原は、自分の口元を押さえた。


ーーなんで俺、隠れてるんだろ。


なんかこう、反射的に隠れてしまったが、よくよく考えれば、隠れる必要なんてないのである。


ーー手紙、返さなきゃ。


抱きしめているカバンから、手紙を取り出して、こう言うのだ。『人違いだよ』って。


ーー白川さんに。


「手紙、読んでくれたかな」


わくわく、どきどき。普段穏やかな白川さんの声は上擦っていた。


そのたびに、隠れている多原の罪悪感は増していく。自分の席に座った白川さんは、くすくすと笑っていた。


「何を書いたら良いのかわからないから、“教室に来てください”だけ書いちゃったけど……本当は、伝えたいことがたくさんあるんだ」


本来なら、手紙の持ち主が聞くべき独り言。多原は耳を塞いだ。どうしてか動かない体の代わりに。ついでに、目も瞑った。


ーーラブレターは、白川さんの下駄箱に返しておこう。


白川さんの恋心を多原が知ってしまった。そのことを伝えるのが、なんだか恐ろしい。


長い沈黙と、暗闇が、多原を包んだ。


その二つがなくなったのは、そっと、多原の手首に触れる感触があったからだ。


「みぃつけた」


屈んだ白川さんが、眼前で、微笑んでいた。






「はー、なんっかカラオケも飽きてきたなー」

「伊勢ってまじ飽き性な。どうする? 勉強でもする?」

「その前に動画見ようぜ動画」

「人が軌道修正しようとしてやったのに、この」

「いーじゃんいーじゃん。うわ」

「うわ出たこれ。動画見ようとすると必ず出てくるんだよなー」

「……なー? まったく、目障りでしょうがないCMだよ」


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