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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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同士討ち

その事件が起こったのは、十年前のことである。


都内のとある一軒家で、二人の男女の遺体が発見された。心臓を一突き。明らかな殺意がありながらも、二人の遺体の状態はとても良好で、不気味さを感じる事件であった。


一人の遺体ならともかく、二人の遺体を良好な状態にするには、第三者が不可欠だ。一人が生き返って、もう一人の遺体の瞼を閉じさせ、死後硬直が始まるまでに体を整えたわけでもあるまい。


それなのに、この事件は、報道されるのに時間を要し、報道されてからも、情報を捻じ曲げられ、心中とされてきた。


それはひとえに、この二人が、ただしくは、殺された男が、特殊な男だったからである。


「草壁伊織(いおり)。鳶崎家と深い関係にある、草壁家の、後継ぎになる予定だった人」


みどり町での撮影を終え、帰ってきた都内の自宅で。


タブレットを持ちながら、須高深春は呟いた。


“かずい”さん(仮名)から調査するように申し付けられたのは、十年前の殺人事件。の、犯人と目される人物の調査である。この犯人は、まだ捕まっていない。いや、正確には、もう捕まらない。


なぜなら、この犯人は、事件から少し経って、自殺したことがわかったからだ。


深春がろくに通っていない大学の図書館。そこにあるパソコンを利用して集めた当時の新聞や雑誌の記事。それらを時系列順に並べていくと、この事件がいかに異質かがわかる。


まず最初に、心中事件が起こる。その頃都内では、生活苦に耐えかねた心中事件が増えていたから、それの一種だと報じられた。


だが、その心中事件の男の方が、草壁の身内だということも、その時ひっそりと、大衆雑誌というにもおこがましい雑誌が報じていたのである。


心中事件で一括りにされたその事件は、思わぬところで日の目を見ることになる。


とある男の自殺は、日本では別に珍しくなかった。繁華街の高いビルの上から身を投げ出した男は、顔面もぐちゃぐちゃに潰れて、それはひどい有り様だったが、かろうじて、歯の治療痕や、持っていた免許証から、身元を割り出すことができた。


蝦沼(えびぬま)良昌(よしあき)。それが、飛び降り自殺した男の名前であるが、彼の自宅から、数ヶ月前の夫婦の心中事件、および、都内の心中事件に関する、重要な資料が見つかったのである。


これにより、直近の心中事件の再捜査が行なわれた。草壁夕雁の両親含め、それらが殺人であることが判明したのである。


渋っていた警察も、これ幸いと夫婦の心中事件を殺人事件に認定。だが、事件は犯人の死で終わっているので、これ以上捜査のしようがない。


全ては幕を閉じた。


被害者の遺族である草壁夕雁は、祖父の元に引き取られ、その夕雁に取材を申し込む強者は存在しない。


「でも、謎は残る」


フリック入力を使い、深春はそれを打ち出していく。


「どうして、男は自殺したのか。罪悪感? 逃げられないっていう絶望?」


自殺さえしなければ、すべてが心中のままだったのに……


「普通、って言ったらあれだけど、草壁夕雁の事件でだけ、二人とも目を閉じていたことが気になる」


あれは、犯人がしたのだろうか? それは、何のために?


「それに」


深春は、コピーしてきた雑誌の一ページを凝視した。それは、心中事件の片方が、草壁の跡取り息子だったことを伝える記事。やたらと盛り上げようとする文面は無視するとして、その末尾に書かれている名前をネットで検索すると、今度は殺人犯の名前がヒットする。


この事件は曰く付きだ。“かずい”さんが調べさせようとするのもわかる。


「だけど、どうして私なんだろう」






「手口がやぁらしいよね。島崎と、ついでに葉山をきよう君から引き離した時に薄々感じてたけど」


夕雁の周辺は、にわかに騒がしくなっていた。十年前に両親が殺された事件。それを調べる人間が、現れたのである。まあそれは珍しくない。ネットの力が当時よりも強いこの時代、心臓に毛を生やしすぎた人間は、より多くなってきた。


問題なのは。


縁側にて、夕雁は写真を弄ぶ。そこには、現存する旧草壁家の現場に佇む、一人の少女が写っていた。


「……須高深春。没落したお嬢様が、花蕊に乗せられて探偵ごっこかぁ」


人選としては最高だ。須高は芝ヶ崎の中でも上位に位置する家系だが、とある事件のせいで没落を余儀なくされている。後継ぎである深春は、今は大学生だが、女優業もしており、映画の主演を務めるくらいには人気である。


つまり、社会からの信用性が高い。この少女が花蕊に乗せられて、十年前の事件の真実を“告発”しようものなら。


「もう事件は終わったのに、花蕊は馬鹿なのかなぁ?」


夕雁は花蕊を疑っている。十年前の事件は、花蕊の求心力の源だ。


復讐という道を選んだ花蕊は、何人かを引き連れて離反した。夕雁にとっては両親で、玄四郎にとっては一人息子を殺されたのに、事件を放っておいたものだから、そこを利用されたのである。


だが、夕雁としては、父と母の馴れ初めは聞いているから、この事件は蒸し返すだけ野暮。つまり、花蕊も野暮なことをしているのだ。真実は大体見当がついているのに。


「でも、放っておくわけにはいかないかなぁ」


それがたとえ、多原と引き離すための策だとわかっていても。夕雁には、譲れないものがあるのである。


まあ、それはそれとして。


「ところで、きよう君は?」

「それが……」






「今日は、島崎のせがれと一緒ではないのか?」


多原が放心状態で帰っている時である。目の前に現れたおじさんは、多原をぶっ殺す目をしていた。根拠はない。多原が殺気を感じ取れないのは、先ほどの教室の出来事で証明済みなのだが、少なくとも、芝ヶ崎関係者が多原に向ける嫌悪の視線と同種だった。


一言で、芝ヶ崎の内情を知っているおじさんだとわかった多原は警戒した。とりあえず警戒した。


いつでも逃げれるようにおじさんの右後ろをガン見した。


おじさんは、そんな多原を見て、ふっと笑う。


「そんな露骨な警戒をされると、私も傷ついてしまうよ」

「すみません」


多原は即謝った。例え殺気を感じていたとしても、人から目を離して後ろをガン見するものではない。


おじさんは、ぽん、と多原の肩を叩いた。いつのまに。


「君を殺したら、私の息の根も止められてしまうからね」


多原はちびりそうになった。やっぱり殺気だった!


「じゃ、じゃあ今日は何の御用で……?」

「勿論。()()()()()()()()傷心の私を、助けてもらいに来たんだよ」


助ける? 助けるって、どういう意味だっけ。


こんな、余裕な顔してるおじさんを?


ぐるぐると思考が回っている多原を追い詰めるように、おじさんはにっこりと笑った。


「私はね、多原君。復讐をしたいだけなんだよ、伊織様を殺した犯人の懐に潜って、ね。それを、お嬢に伝えてもらえないか?」

「なんだか物騒な話になってきたぞ」


思ったことをそのまま言ってしまって、多原はぎゅむ、と唇を噛んだ。余計なことを喋るこの口は。


そんな多原を見て、おじさんは「君は度胸があるねえ」と言って、もう一度、ぽんぽんと多原の肩を叩いた。


「どうせ()()は来るだろうが、下に見られるのも癪に障る。少しばかり掻き回しても許されるだろう。何より、私のスタンスは明確なのだから」

「スタンス、ですか?」

「刃こぼれは許さないというスタンスさ。頼んだよ多原君、草壁夕雁に、この花蕊の伝言を伝えてくれ」


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