花蕊
可憐な女子高生と鋸。
その組み合わせは、普通なら合わないだろうが、殊この草壁夕雁にいたっては、生まれた時から鋸装備してるの? と問いたくなるくらいによく似合う。
そりゃ当然だ。夕雁は、同年代の女の子がおはじきで遊んでる時にハジキをバラして遊び、お人形遊びをしてる時には、お人形(意味深)遊びをしてた、その道に関してのエリートなんだから。
両親はカタギになった途端に殺された。それは、彼女の人格形成に深く関わっていたに違いないと言われている。
が、小さな頃から花巻の兄貴と一緒に夕雁を見てきた茎沢としては、「いやそれ違うんじゃね?」と言うことができる。草壁夕雁の残虐性は、作られたものではなく、天然のものである。
猫のように目を細め、その細められた目の奥では、嗜虐的な光が踊っていた。
学校から帰ってすぐなのか、制服を着替えないで茎沢に鋸をつきつけるのは、「はやく拷問したくて仕方ない」というワクワク感の表れである。茎沢はされる側なので、まったくワクワクしないけれども!
「あっ。でも、花蕊に見せなきゃだから、死に方は選ばせてあげられないかも! ごめんね!」
どこに謝ってんだよ。
可愛らしく、両手を合わせる夕雁に、茎沢は盛大に顔を歪めた。
「花蕊の新しい寄生先に、貴方の体の一部を送ってあげなきゃだからね! スナッフでも別に良いけど、今の時代、フェイク動画なんて簡単に作れちゃうし」
ちょっとがっかりしているように見えるのは、茎沢を長く苦しめられないからだ。対して茎沢はほっとした。少なくとも、生きたまま薬品に溶かされることはなさそうである。
この程度のことでほっとしなければならないのは、自分の圧倒的不利の表れだ。生温かいものが首筋を伝い、茎沢が死を覚悟した、その時だった。
「待ってくだせえ、お嬢!」
「なぁに?」
夕雁が振り向いた先には、茎沢が今もなお慕っている、花巻がいた。花巻は、今走ってきたのか、息を切らせながら、茎沢ではなく、夕雁を見ながら懇願する。
「茎沢は、花蕊の野郎に騙されているだけなんです! こいつ、バカだから! すっげえバカだから!」
「兄貴……!」
なんかすごいバカって言われた気がするけど、兄貴が俺を庇ってくれようとしてることはわかる!
じゃ、なくて!
「俺は、花蕊さんの理想に共感してついてってるんです。組長も組長ですよ、ご子息が殺されたってのに、敵討ちの一つもしやしない。殺したやつはわかってるのに、そいつをのさばらせておくなんて」
茎沢は、花巻から、夕雁へと視線を移した。
「お嬢、花蕊さんから伝言です。いつでも待っていると」
「……ウチの情報売って直参になった奴のところに、のこのこ出向くと思う?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべて、夕雁は鋸の刃を、茎沢の首から離した。立ち上がりながら言う。
「伝言されたのなら、お返事しなきゃね。花蕊に言っておいて。芝ヶ崎と関わるなって」
「それは、花蕊さんを心配しての言葉ですか?」
「さぁね」
夕雁は、くるりと踵を返した。
茎沢の体を拘束していた縄は解かれた。
「で、結局俺はなんで捕まったんだ?」
頭の中に疑問符を浮かべながら、茎沢は歩いていた。それ以上に疑問なのは、自分は何で殺されずに済んだんだろうということである。
「芝ヶ崎と関わるな、か」
その言葉が、どういう意味を持っているかはわからない。芝ヶ崎っていやあ、今は有力な二家が本家に反旗を翻してる最中で、人を勝手に幽霊ハンター扱いしてきたあのアホがいるところである。
ーーそういえば。
あのアホ、お嬢のお気に入りだっけか。
花蕊さんは言っていた。お嬢が鳶崎を切って多原家についたのは、あのアホがいるからだ、と(意訳)。
夜の学校で会った多原貴陽はあまりにもアホで、頭を抱えたくなるくらいのアホだった。
だから、茎沢は、「ああ、お嬢は鳶崎が気に入らなくて、懐柔できそうな多原を口実に使ったんだな」くらいに思っていたのだが。
ーーいやまさか、本家に婚約認めさせようとしてたの、マジだったりする!? お嬢が俺に接触してきたの、あのアホと会ったからだったりする!?
だとしたら、それはとんだとばっちりだ。茎沢は、芝ヶ崎にいる葉山の犬の正体を暴こうとしただけなのに。勝手に肝試ししてたのは多原の方なのに!
「おのれクソガキぃ……!」
「っ!?」
その時、多原の背筋はぞくっとした。
「これは、殺気……!?」
一度は言ってみたい台詞ナンバーワンを言って、多原は誰もいない教室を見回したのであった。
「きよう君が茎沢と接触してくれて助かったよ。さすがは、未来の私のペットだね!」
目まぐるしく暮れていく秋の空を眺めながら、縁側でアイスを食べる夕雁。一仕事終えたすっきりした顔で、花巻に言う。
「釣れると思う?」
「わかりやせん。茎沢の反応からして、そうだとは」
「だよねぇ。茎沢だって、伝言を持ってたわけだし。私たちに捕まる前提で託したってことだし」
ぱたぱたと足を動かして、夕雁は、それはそれは、楽しそうに笑う。
「まだまだアイツには、お仕事してもらわなきゃねっ」
それが、茎沢を生かした理由である。
「ふう、二重の意味でのお仕事も終わりかぁ」
クランクアップの余韻を引きずって、ホテルの自室で、須高深春は呟いた。
「ふ、ふふふっ、四百億……!」
相変わらずの甘い目算で、ありもしない興行収入と、自分に入ってくるお金を妄想する深春。
「いけないいけない、涎が……」
姿見に映る自分のだらしない顔にはっとして、深春が涎を拭いた、その時だった。
「……うっそでしょ」
パソコンから着信音が聞こえ、メールが届いていますとポップアップ。びくびくしながらメールを開くと、それは、いつぞやかの依頼人からのメールだった。
「あの内通者探しを断ったから、もう来ないと思ったのに……!」
報酬は美味しいけれど、内通者(今となっては島崎家の嫡子だとわかっている)に脅されたので、断りを入れた依頼の主である。
先方からはきっと、「はっ、つっかえねーな」と烙印を押されてしまったから、もうメールは来ないと思っていた。
それが、今になって?
メールの文面は、簡潔だ。とある人物を調査して、報告して欲しいというもの。
「まったく、いっつもよくわからない依頼をしてくれるよねー」
でも、調査するだけなら、良心は痛まないかも。
少なくとも、内通者を排除するよりかは。この方が、多原君にも顔向けできるし。
差出人の名前は書かれていない。けれど、表示されたメールアドレスから、深春は、依頼主のあだ名をつけることができた。
「かずいさん、何考えてんだろ?」




