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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
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別にはまんないピース

「頼むっ多原君、力を貸してくれ!!」


突然だが、人間、自分にしかできないことと言われるとやってあげたくなる生き物なのだ。多原は特にその傾向が顕著。


「任せてください!」

「いや、まだ何も言ってないんだけど」


苦笑いする警察の人は、いつぞやのお兄さんである。


「でも、そう言ってくれて嬉しいよ。多原君にしてもらいたいことはね……」






かち、かち……。


「君が多原くんか。なるほど、阿呆のような顔をしているな」


連れてこられた「葉山」という表札のある豪邸で、多原はソファに座りながら、おじさんにディスられていた。だが、多原は動じない。なぜなら、警察のお兄さんから、「少々と言えないくらいに貶されるだろうけど、耐えて欲しい」と言われているからだ。多原がこのおじさんから貶されることで、救われる何かがあるのだ、きっと。


「反論は無しか? 芝ヶ崎に名を連ねるものがそんな態度では、あの家の格も知れたものだな」


かちゃっ、と銀縁メガネの真ん中を指で上げて、そんなことを言ってくるおじさん。


「どうしてここで芝ヶ崎が出てくるんですか?」


多原、渾身の知らないふり。レイ姉ちゃんに他人のふりしろと言われているので、それを忠実に守る。


「まあ、君がそう言うなら良い。もっとも、君の価値は、芝ヶ崎の血が流れていることだけだと思うがね」

「俺の価値ですか?」


きょとんとする多原。「そうだ」とおじさんは言う。


「人間には、何かしらの価値がある。君は、芝ヶ崎の血のほかに何がある? 優秀な容姿、優秀な頭脳、優秀な体、優秀な血に釣り合うだけのものを、君は持っているのかな」


めっちゃ優秀連呼するじゃん、この人。


多原は、むにーっと自分の頬を摘んでみた。たぶんこの間抜けな顔が似合うくらいに、自分の容姿はフツーで、ユーツーブの味噌汁が動くの宇宙人説を信じちゃうほどに、自分は馬鹿だ。


価値、価値ってなんだろう。就活でよく言う、自分は何ができるかって奴なのかな。だとしたら、この前VIPの女の子を助けましたというのが使えそうだけど、それって口外するの禁止だし。ていうか就活面接で攫われそうになった女の子を助けたっていうのってアリなのかな。いわゆるガクチカってやつに入るのかな。


なんてことを悶々と考える多原。


「時間の無駄だな」


そう言いながら、おじさんは、腕に巻いた金時計を見た。そういえばこの人、多原と話す時に時計を見過ぎである。


ーー待てよ。


そのとき、多原に電撃走る。


ーー人間の価値、時間を気にする……警察のお兄さん!


ばらばらだったピースが、多原の脳内で纏まりつつあった。そうか、そういうことだったのか!


多原は立ち上がりそうになり、やめた。冷静になることが必要だ。


ーーこのおじさんがやたらとイライラしてるのは、当然のことだったんだ。


「わかります、不安ですよね」

「は?」

「何も言わなくて大丈夫です。心配しないでください、俺は、貴方の、えーと、娘さんくらいには価値がありますから!」

「ーーは?」


威圧感たっぷりの「は?」も、そういうものだと知ってしまえば怖くない。多原は、前のめりになって言った。


「俺は本家からはゴミカスだと思われているんですけど、利用価値はありますから! 大丈夫、娘さんは必ず戻ってきますよ」

「……どころか、私を食い殺しにくるんじゃないか?」

「そんなわけないですよ。こんなに娘さん思いのお父さんを持って、幸せだって泣いちゃうぐらいだと思います」

「娘思いの父親、か。それは皮肉で言っているのか?」


なぜか笑うおじさん。多原は、うんうんと頷く。


「皮肉じゃないですよ。それは、他人を犠牲にしようとするところはダメですけど、それくらい娘さんを思っているんでしょう?」

「当然だ。娘には、価値がある。だからこそ見極めたいんだ。君に、娘に見合う価値はあるのか」

「ありますよ」


多原は、毅然として言った。


「俺と娘さんだったら、お金とか違ってくると思いますけど、同じ命です。なんなら、お父さんが価値を付加してください」

「価値を、付加……」

「育てる喜びってやつです。余裕あるかはわからないけど、俺ってまだ高校生なんで、可能性は無限大ですよ」


ふんすと鼻息荒く言う多原に、おじさんは、


「余裕ならあるよ」


と、柔らかい声で言った。


「私も娘も、葉山の一族だ。人一人に価値を付与するくらい、造作もないことだ」


どうやら、すっきりしたらしい。和やかな空気が流れたところで、多原は、おじさんのそばに行って、こそっと耳打ち。


「それじゃ、人質の交換場所に行きましょうか」

「ーーは?」




びゃはははは、と笑う警察官のお兄さんに、多原はむすっとしていた。


「ひどいですよ、俺の心を弄んだんですか。もうとっくに誘拐事件は解決してたなんて」 

「ごめんごめん、あまりにも多原君が真剣なものだから、言い出しづらくなっちゃって……」


どうやら、多原と葉山家のお嬢さんの人質交換はなくなったらしい。犯人も無事逮捕されたとか。


「おじさんだって、娘さんが帰ってこなくてイライラしてたのに。ね」

「……ああ、そうだな」 


何かを言いたげなおじさんは、「橿屋(かしや)」と一言。警察官のお兄さんの背筋がぴんと伸びる。


「林檎は、これを見越していたのか?」

「まさか。お嬢様は、多原君の価値に賭けただけですよ」

「価値、ね」


ひゅう、と秋の風が吹いた。枯れ葉が多原の顔に張り付く。


「また、お会いしましたね」


細い指が、多原の顔から枯れ葉を取り除き、その手の主を見た多原は「あっ」と声を上げた。


「いつぞやのVIPの子!?」






「林檎」 


朝食を口に運びながら、厳格な父は言った。


「やはり多原君は、とても価値がある人間とは言えないな」

「お眼鏡にかないませんでしたか?」


わざわざ、見せてあげたというのに。私の素敵な素敵な多原様を。実の親とはいえ、多原様と一時間近く話したことは、万死に値するというのに。


経営者にあるまじきーー()()がまた、口を開く。


「節穴だな」


一拍おき。


「芝ヶ崎は」

「……!」

「捨てられたのなら、丁度いい。葉山の家で拾ってやろう」


それだけ言って、父は無言になった。


私は嬉しくなった。これで父に、病に臥せってもらう手間がなくなったからだ。


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