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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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きっと、可愛いんだろうなぁ

多原君の言ってることは掠ってます。

芝ヶ崎の血は、いくつも枝分かれをしている。


多原が知ってる通り、幹に近ければ近いほど偉くて、あとはなんやかんや実力がある家がすごいのである。


今回本家に反旗を翻した(とされている)楢崎と島崎は、比較的幹に近い家だ。それが芝ヶ崎全体に動揺をもたらしていて不快この上ないというのが、多原を呼び出したご当主様のお話である。


「して、お前はどちらだ?」

「どちらっていいますと」

「お前は、島崎のと馴れ合っていただろう」


つまり、お前は本家の敵か? ああん? とメンチ切られてるわけである。多原はぶんぶんぶん! と首を横に振った。


「滅相もないです! ご当主様たちに歯向かうつもりはありません!」

「ならば、島崎と縁を切ると?」

「いやそれもないです」


多原は即答した。それだけは絶対にない。


「とすると、多原君はどちら側につくわけでもないんだね?」


扇子をぱらりと広げて、ゆったりした声で言ったのは、レイ姉ちゃんのお兄さんである。


「島崎にも、我々本家にもつくつもりはないと」


これは、助け舟と捉えて良いのだろうか。多原は、今度は首を縦に何度も振った。ヘッドバンキングである。


「そーですそーです!! 俺は超、中立なので、見逃してもらいたいというか」

「ふん。お前ごとき、あの小娘の言葉がなければ歯牙にも掛けんわ」

「?」


ご当主様の言葉に、首を傾げた多原。の横に来て、なんか和紙っぽいものを渡してくれる使用人さん。そこには、超達筆な字で何かが書いてあった。が、達筆すぎていかんせん読めない。


読める字を探していくと、最後の署名に行き当たった。漆崎、と書いてある。


「これは?」

「漆崎の巫女が寄越した手紙だ。お前が味方する方につく、と書いてある」

「…………はぇ」


多原の頭の中には、宇宙が広がった。






「なぜだ、なぜ、私が圧倒的劣勢じゃないんだ!」


悲劇の英雄症候群を患っておられる楢崎さんは、頭を抱えて嘆いていた。


その楢崎の横で、島崎は料理系ASMRの動画を見て、のりしお味のポテチを食べていた。


「島崎君!」


ちなみに多原には言っていないが、島崎の身は、現在楢崎家預かりとなっている。島崎家方面まで一緒に下校して、後で楢崎家に行くのがとても面倒臭い。早く家に帰りたいものである。


ーーつーか、かわいい息子が軟禁状態なんだから抗議してくれてもよくない? あのクソ親父。ぜってえ面白がってるよ。


心の中で父親を腐す島崎であるが、そろそろ楢崎がうるさくなってきたので、一旦動画を止めて、そっちの方を見る。


「名家の漆崎が様子見に回ったからでしょ。当然、本家を選ぶと思っていた奴らは、何かあるに違いないと思って日和ってるんです」

「どうして漆崎の巫女はそんなことを」

「面白いからでしょ」


なんて答えてみたはいいものの、島崎としてはぜんぜん面白くない。


なぜなら彼女は、ただ引っ掻き回すのではなく、明確な目的を持って引っ掻き回しているからである。


「漆崎の巫女が一番乗りか、思ったより早かったな」

「何が一番乗りなんだ?」

「なんでもないです」


芝ヶ崎格の操り人形であるところの楢崎は、限られた情報しか与えられていない。漆崎緋織が多原を巻き込んだ理由。それはーー。






「い、嫌がらせだぁ……」


多原は頭を抱えるしかなかった。身体目当てとか言われたが、多原はめちゃくちゃ嫌われているのである。


じゃなきゃ、「私がどっちに味方するかは多原君次第でっす☆」(意訳)なんて手紙は寄越さない。多原が両陣営から「おら、○○派(任意の派閥が入る)って言えやコラァ!」と脅されるような状況は作り出さない。


これは、お貴族様の遊びである。


一般庶民にお金を与えて、破滅する様を見ようとするのと、同じ類のものである。お金の代わりに決定権を与えて面白がっているのだ。


「私たちとしては、君に、こちらについてほしいんだけどなぁ」


知らせなければいいものを、わざわざ手紙の内容を教えてくれたのは、「これからお前を脅す」の隠喩である。本家もまた、多原を中立から引き摺り下ろしたいのだ。


とんでもないことに巻き込まれてしまった多原は、名案を思いつきーー




「お願いしますっ、俺で遊ぶのをやめてくださいっ!!」


漆崎神社の鳥居の前で、土下座していた。


逃げるように芝ヶ崎の屋敷を辞した後、以前送られてきた呪いの札にシャーペンでその旨を書いて持参したのである。


「ふふ、お顔を上げてくださいな」


鳥居から出てきた黒髪の女の子は、いつかの漆崎緋織さんである。


多原の願い事を読んだ漆崎さんは、「これは叶えられません」と言って、多原にその札を返却した。


「だってこれは、私次第ですから。私は、私以外のものが関わることにしか、関与できません」

「でも結局はそれって、緋織さんの意思だからなんとでもできるんじゃーー」

「関与できません」


二回とも、笑顔で言われてしまった。


多原を立たせた緋織さんは、「ですが」と鳥居の向こうへと導く。


「貴方がその身を捧げてくれるなら、どうにかできるかもしれませんよ?」




まただ。


また、この子は、多原のことを生贄にしようとしている。


『対価は貴方の体です』『その身を捧げてくれるなら』。そして、巫女さん。


これは、漆崎神社で、秘密裏におこなわれる儀式に関係しているに違いない。多原にはわかる。中学の夏休み、実際にその現場を見たことがあるからだ。


「それは、必要なことなんですか?」

「ええ。どうか、私を助けると思って」


境内に入った多原は、鬱蒼と生い茂る、なんか神社によく生えてる木を見ながら、緋織さんの跡をついていく。烏が枝から、夕暮れの空に飛び立っていく。


秋の夕暮れ。暗くなっていく空に不安を覚える一方、多原の中には確信が生まれていた。


おかしいと思っていたのだ。芝ヶ崎クソ雑魚ランキングを下から数えた方が早い多原に、漆崎の巫女さんが目をつけることが。


ーー逆、なんだ。


緋織さんがこれからしようとしているのは、生贄の儀式である。だから、より価値のない人間を選ぶ必要があったのだ。


それは、緋織さんの良心のあらわれである。


「緋織さんは、優しいんだね」






聞き間違いかと思って、緋織は振り向いた。


空が赤く燃えている。平凡な男の子は、目を細めて、緋織のことをじっと見ている。


「私の、なにが、優しいと?」


一人の少年を、自分の願いのためだけに犠牲にしようとしている。少年に尽くすことで罪滅ぼしをし、自分の心を守ろうとしている。

そんな緋織の、何が優しいというのだろう?


「だって、誰も、犠牲にしたくなかったんでしょ? それでようやく選んだのが、俺なんでしょ?」


ああ、彼は、私のきたない部分を知っているというのだろうか。知っていてなお、ついてきた?


「も、申し訳ありません、多原様……許してください、でも、こうするしか……」


騙しているつもりが、彼は、この方は、実は全てを知っていたのだ。


ーーそんな素振り、何一つ見せずに!


緋織の目から、一粒、なにかがこぼれた。


それは、自分の運命を知った時に流して以来、だが、その時よりも、はるかに清い涙である。


「な、泣かないで! 大丈夫、君がしたいことはわかってるから!」

「……多原様は、良いのですか? こんな、私で……」

「? うん、世界を救うためだからね」

「? 嬉しいです……何もない私になっても」


ーー愛してくれますかは、傲慢だ。


だが、緋織の救世主は、緋織の心の中を読んだかのように、力強く笑ってくれた。


「君のことは、嫌いにならないよ」

「多原様……!」

「そうと決まったら、早速やろっか、儀式」

「え、あっ、そ、そうですね、早速、しましょうか、ぁ……」






「漆崎神社の巫女が、条件を取り下げたらしい。ようやく私に運が向いてきたな!」

「不利になって喜ぶなよ」


突っ込みながら、島崎は昨日の料理動画の続きを見ていた。


「でも、なんで取り下げたんだろうな。島崎君、わかるかい?」

「電話で聞く限り、すれ違いコントとかそんなんじゃないですか。漆崎の巫女が、何を求めているか知っていれば、多原が応じるはずねえし」

「何を求めてるか?」


これ以上ヒントはくれてやるつもりはない。島崎は、ナパージュされるブドウに見入っていた。


まあ、彼女の気持ちもわからないでもない。


島崎が調べた情報が合っているとするならば。






「せっかく、多原様がその気になってくださったのに……!」


火照った体を冷ますように、緋織は何度も、自分の身に水をかけていた。


「で、でもっ、あれで続けてたら、は、はしたなかった、し……!」


けれども、いくら水をかけても、頬の熱が消えることはない。緋織の身に宿った、忌まわしき力も。


「嫌いにならない、かぁ……」


諦めて湯船につかった緋織は、ぽつりと呟き、


「そ、それって好きってことですか多原様! 私と貴方は相思相愛……!」


湯の中にざぶんと顔をつけて、緋織は体を抱きしめた。胸は結構ある方だ。


「〜〜!!」


いかがわしい妄想をして、緋織は悶えた。


漆崎の女は、代々呪われた力を持つ。その力をなくす方法は、ただ一つ。


うっとりと、緋織は呟いた。




「多原様と私の赤ちゃん、きっと、可愛いんだろうなぁ」




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