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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
33/117

直談判

ということで、芝ヶ崎内乱編です。

「私だ」


高校からの帰り道の車中。


尊大な言葉と共に、巳嗣は着信音を鳴らすスマホをとった。


「……?」 


聞こえてくるのは、何かのCMの音、だろうか。そうだ、これは、イセマツヤカードのCMだ。


最近生き残りをかけて、実店舗よりも、電子商取引に力を入れている、百貨店を経営する会社。巳嗣も、ユーツーブの動画の冒頭で見たことがある。


と、その後に、何かの怒鳴り声が聞こえ、


『やあ、巳嗣くん』


低い、けれど上機嫌なことがわかる、男の声が聞こえた。


「誰だ、貴様は」


巳嗣はもう一度、ディスプレイに表示されている名前を見た。巳嗣の経営する会社の、専務取締役を務める男の名前だ。それなのに、電話の向こうにいるのは、専務の声じゃない。


「もう一度問う。お前は、誰だ?」

『いいのかなそんな口利いて。僕の気が変わったら、君は社長じゃなくなるのに?』

「は?」


巳嗣は電話を切ろうとして、その手を押しとどめた。ひとつ、息を吐く。


専務の携帯を使って掛けてきた男。専務もまた、巳嗣には及ばずとも、芝ヶ崎の名家の出身である。その専務が、誰かに携帯を渡すなど、あり得るのだろうか。


「専務をどうした」

『怒らないでくれよ。ちょっと携帯を借りているだけだから。貸してくれと言ったら、喜んで貸してくれたよ。尻尾を振ってね』

「戯言を」

『これは本当の話なんだけどなぁ。なぁ、鳶崎巳嗣くん? 令が欲しいなら、僕の提案に乗ってみないか?』


まるで自分のもののように令を語る男に、巳嗣は眉根を寄せた。不愉快だ。


「乗るわけがないだろう」

『あっ、間違えた』


茶目っ気を含んだ声が聞こえて来て、次の瞬間、巳嗣の背筋が凍った。




……フロントガラスの目と鼻の先には、電柱がある。


巳嗣は、胸を押さえた。ばくばくと、心臓が音を立てている。シートベルトのロックが作動して、首が擦れて痛い。


急な衝撃によって、車の床に投げ出されたスマホからは、朗々とした笑い声が聞こえた。それを、震える手で拾う。


『次は当てるからね』


巳嗣は、信じられない気持ちで、電柱に車をぶつけようとした運転手を見た。情けない顔をしている自分が、バックミラーに写っている。


「社長、提案にお乗りください」


巳嗣の方を見向きもせずに。運転手は、そう言った。巳嗣は、かろうじて、質問することができた。


「お前は、誰の命令を聞いているんだ……?」

「勿論」


そこでようやく、運転手は巳嗣の方に振り向いた。ただしくは、巳嗣の持っているスマホに視線を注いでいた。


「格様の、ご命令ですよ」 






「わぁ見て多原ぁ! お前の好きなブレーキ痕!」


島崎が、きゃっきゃと電柱のそばにあるタイヤの跡を指差した。


「わぁすごい! って俺は別にブレーキ痕好きじゃねえよ!」


一応乗ってはみたものの、突っ込む多原である。


「不謹慎だぞ島崎、誰かが命を落とす寸前だったかもしれないんだぞ」  

「血痕もなし、電柱も無事。助かってるから良いじゃないか」


ブレーキ痕から目を離して、島崎は歩き出してしまう。


いつもなら、多原はぼっち下校であるが、あの夜の一件以来、島崎は図書館にいる時間を減らし、こうして多原と下校してくれるようになった。


それというのも、怪しまれないため、らしい。


『逆に怪しくない? 接触機会を増やしたら、俺とお前がその、つながってるって思われない?』


与えられたスマホで会話する多原に、島崎は自信満々に言った。


『あえて、だよ。あえて疑われることをするんだ。ほっそい糸からつながりを予測することが大好きな連中は、こんなあからさまな糸に食いつきはしないよ……俺も、餌を撒いてきたし』

『餌?』

『何でもない。とにかく、明日から一緒に下校しようぜ、多原』


そんなわけで、多原は島崎と友達になってからはじめて! 一緒に下校するわけである。あ、初めてじゃないか、防災訓練の時とかは、一緒に下校した気がする。


島崎との二回目か三回目かの下校が、ブレーキ痕にきゃっきゃすることとは。


「ううん、頭が痛い」

「大丈夫か多原、保健室行く?」

「こんなに学校から離れておきながら?」


それにしても、なんか、島崎のテンション高くない? 味噌汁が勝手に移動する現象を語った時よりも高くない? 


「なんか楽しそうだなお前」

「まあな! ……多原は楽しくないの?」

「いや、楽しいけど」


そりゃ楽しい。なにげに塩対応な島崎君が、敵を欺くためとはいえ、こうやって一緒に帰ってくれるんだから。


ーー楽しい、けど。


多原は脳裏に、黒髪の少女を思い浮かべた。


ーーこれからのことを思うとなぁ。






「令さんとの結婚式を早急に執り行いたく、馳せ参じました」


芝ヶ崎本家。何かに取り憑かれるように、鳶崎巳嗣は、当主らに談判した。


「結婚は、双方学校を卒業するまで。そのような取り決めだったはずだが?」


当主の言葉に、巳嗣は頷く。


「はい、その通りです。ですが、これは、どうしてもしなければならないことなのです。これは、まだ確証が持てないことではありますが。楢崎(ならさき)家の嫡子が、島崎家の嫡子と組んで、本家への反乱を企てているという情報があります」

「楢崎家と島崎家が?」 


当主は片眉を上げた。鳶崎と同様、野心あふれるナンバースリーの楢崎が、本家を食おうというのはわかる。だが、悪く言えば、今の地位に甘んじている安定を好む島崎が、そのようなことを企むだろうか? 


「……島崎の小僧は、多原の小僧と(つる)んでいたはずだが?」

「それは陽動でしょう。多原貴陽に擦り寄ることで、こちらの目を惹きつけ、裏では楢崎とつながっている」

「ふむ……」


顎に手をあて、当主は少し考えた後、


「それで、お前は芝ヶ崎の為に何を成せる?」


と、巳嗣に問うた。


「楢崎と島崎が組んだところで、芝ヶ崎は揺るがせまいよ」

「……切り札がいるから、ですか」


巳嗣の言葉に、ぴくりと、当主の指が動いた。動揺からではない、それは、合図である。


かつて、草壁を迎え入れた時のように、部屋の外には、人の気配が満ちていた。巳嗣はそれを一瞥し、当主に向き直った。


「芝ヶ崎の資産を増やすことができます」

「ほう? お飾り社長であるお前がか?」


嘲けりを隠しもせずに、当主は言う。だが、まだ会話を続けられるだけ、巳嗣に運は向いていた。


「はい。弊社……鳶崎物商の売り上げは、過去最高利益に達しようとしています。近頃は、ナギサメディカルも買収し、医療分野にも力を入れています」

「あいわかった。要するに、お前が言いたいことは、楢崎の領域への侵入ということだな」

「ええ、そうです。私は、裏切り者の楢崎の得意分野で、楢崎を潰します。潰して得た金は、すべて、令さんと結婚することで、芝ヶ崎に献上します」

「そのために、独自の販路を持っているナギサメディカルを買収したというわけか。面白い」


くっ、と口の端を吊り上げて、当主は言った。


「無事に楢崎を潰せた暁には、令をやる。潰せなかったら、あとはわかるな?」

「はい。ありがとうございます」


巳嗣は、深々と頭を下げた。


……ここにくる途中、鳶崎家で拾ってきた御霊は、巳嗣の背後で、ひとつ、欠伸をした。


それを見ていてもなお、本家の面々は咎めない。だが、頭を下げている巳嗣は、それに気付かないままだ。






「まさか、貴方のような方がお話に応じてくださるとは。正直、罠だと思っていますよ」

「罠だなんて、そんな」


とある喫茶店。軽く変装をした楢崎は、目の前の少女の美貌に気を取られながら、席についた。


少女のテーブルには、すでに紅茶と、シフォンケーキが置かれていた。


シフォンケーキには、たっぷりの生クリームと、彼女の名前を冠する果物のコンポートが添えられている。


楢崎がコーヒーを頼んだのを確認した後。細く白く、長い指をテーブルの上で組んで、彼女はーー葉山林檎は、微笑んだ。


「医療の発展が阻害されるのは、私としても、見過ごせないことですから」

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