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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
29/117

図書館の幽霊とそのペットの犬

午後五時五十分。


そろそろ外が暗闇になるこの時間、とある女子生徒は、最終下校時間に遅れまいと走っていた。


下駄箱から、脇目も振らずに走っていた少女は、校門に着く直前、つと立ち止まり、振り返った。


ーーおかしい。


もう閉館時刻を過ぎている図書館には、誰もいないはず。それなのに、図書館のある部屋の窓が、少しだけ明るいのである。 


反射だろうか? いや、窓に反射するだけの光源は、この近くにはない。少女の背筋は、ぞわぞわとした。


ーー誰かが、いるのだ。


下校時刻も間近に迫ったあの図書館に。


司書の人たちでさえ帰ってしまったあの図書館に。暗く静まり返ったそこで、明かりを灯して。誰かが、何かが、いるのである。






「ていうのが、この学校で最近噂されてる怪談」


語っている時の無駄に重い口調をからっと転換させて、島崎はにやにやと笑った。多原がビビっていることに気付いているからだ。


昼休み。弁当を広げながら、こともあろうに、島崎は怪談を話してきたのである。そういうのは夏にやってくれないかな。


「人呼んで、図書館の幽霊。俺らの何代も前、人間関係に悩んで屋上で自殺した生徒の霊が、生前よく行っていた憩いの図書館で、夜な夜な本を読んでいるとか」

「ゆ、幽霊だったら、明かりつけるわけなくね? なんかこう、超常的なパワーで、明かりつけなくても読めそうじゃん」


多原、必死の反論を試みる。幽霊は信じるが、自分が行く場所にそんな噂があるのは嫌すぎる。島崎が、笑みを深めた。


「だから、女子生徒が見たのは、電灯の明かりじゃなくて、人魂ってことだろ?」

「ひえ」


どうしよう、もう図書館に行けなくなってしまう。でもテスト前によくお世話になる場所なので、行かなきゃいけないし。


島崎め、余計なことを吹き込みやがって。


多原が島崎を睨んでいると、島崎が恨みのこもった視線に気付いて、肩をすくめた。今日の島崎くんはやたらとムカつく動作をする。


「そんで、お前はこの話を聞いてどう思った?」

「成仏をしてもらわなきゃなって思った」

「不正解。そんな生徒は、この学校の歴史には存在しない。ていうか、この学校の屋上は一般生徒は行けないように鍵がかかってるし」 

「じゃ、じゃあ図書館の幽霊も嘘?」

「それは本当だ」


多原はがっくりと肩を落とした。が、はたと気付く。


「ていうか、何で言い切れるんだよ」 


もしかしたら、島崎も幽霊を見たんだろうか。


そんなことを思ってると、島崎は、「ようやく本題に切り込めるわ」と言って、多原をちょいちょいと招き寄せた。多原が顔を近づけると、島崎は、悪戯っぽく言った。


「俺が、その幽霊だからだよ」




島崎によると、その日は図書館でぐうぐう寝入ってしまい、気付いたら閉館時間を迎えていたらしい。


急いで入り口に向かうと、入り口の扉は閉まっている。詰んだ、ていうか、なんで見回りの人に自分は見つからなかったんだ。そんなに存在感がないのか。


なんてことを考えながら、島崎は図書館の明かりを片っ端からつけようと思った。そうすれば、外にいる誰かが気付いてくれるはずと思ったからだ。


入り口にはスマホの明かりを頼りにして行ったので、今度は壁にある電気のスイッチを探そうと思い……島崎は気付いたらしい。


いや、スマホあるじゃん。


明かりを片っ端からつけるより、スマホで助けを呼んだ方がスマートだ。スマホだけに。


ということで、島崎は図書館の一箇所にだけ明かりをつけて学校の節電に協力しながら、助けを待ったのである。




「スマホだけに、のくだりいる?」

「いる」


多原の疑問に、島崎が確固たる声と表情で答えたので、いるんだなと多原は思った。


それにしても、島崎の図書館好きはわかっていたが、まさか図書館の妖精(自称)から図書館の幽霊に進化を遂げてしまうとは。


「で、それを俺に話してどうしようと?」

「どうしよう。俺怪談扱いされてんだけど」


どうやら本題はそれらしい。


島崎としては、自分の鈍臭いエピソードが怪談に発展して、生徒を恐怖させるのは本意ではなく、幽霊なんていないから、皆安心して図書館を使ってね! という結論に持って行きたいらしい。


「だけど、噂が広がりすぎてさ……俺の耳に届く頃には、収拾つかなくなっちゃって」

「今更、俺でーす! ってやっても、焼け石に水ってわけだな」

「そうです」


島崎は、本気で悩んでいるようだった。ぱしんと両手を合わせる。


「だから頼む多原! 図書館の幽霊なんていないってことを、証明してくれ!」




「よく考えたら、なんで俺?」


島崎の言葉に同意したのは良いものの、今更気付く多原である。


図書館の机の下にじっと隠れて、司書の人が通り過ぎるのを、息を潜めて待つ。内心はめちゃくちゃ謝っている。


目指すは、午後の五時五十分。丁度、島崎が幽霊と間違われた時間だ。


島崎とそっくり同じことをやる。ただし、島崎と違うことは、部屋の明かりを頑張って全部つけること。人魂とかじゃなくて、明らかに人間の仕業だとアピールすることだ。


ちなみに、島崎は外で待機している。「事情を知ってる人間が外にいた方が、お前としても安心だろ?」とのこと。それ、多原がやっちゃダメなのだろうか。


司書の人が行ってから、多原はスマホを見た。午後五時三十分。図書館の明かりが落とされる。


「……」


ーーいや、怖いなこれ。


それまで見えていた景色が見えなくなる。秋も深まってきた今日この頃、日が落ちるのは釣瓶落とし。釣瓶ってなんだろう。


そんなことを考えていると。


「いるんだろう、出てこい」


誰もいないはずの空間に、男の声が投げかけられる。多原は声を上げそうになって、口元を手で押さえた。ちらっとスマホを見る。午後五時三十二分。あと二十分は粘らねば。


ーーていうか、あの人誰?


なんで閉館した図書館で誰かいる前提で喋ってるんだろう。誰かいるはずもないのに……あ。


そのとき、多原の脳に電流が迸った。 


ーーもしかして、あの人が探してるのって、図書館の幽霊じゃね!?


これってチャンスなんじゃないだろうか。今出ていけば、幽霊ハンター(仮称)さんも、「なあんだ幽霊なんていないんだ」となって、幽霊の噂と図書館に残ってた生徒の噂、両方流せるから、噂の説得力も増す気がする! 決して午後五時五十分までここで待ってることが怖くなったからではなく! 決して!


よし、そうしよう。多原は、勢いよく机の下から出ようとして、普通に頭をぶつけた。


「〜〜っ」

「やっと正体を表したか、意外に鈍臭いんだな、葉山の……いぬ、いぬ……?」

「え」


気のせいかな、幽霊ハンターさん、拳銃持ってた気がするんだけど。




多原は、そろそろと机の下にもぐった。


「もぐるな、出てこい多原貴陽」

「ひえっ、名前を認識されてる」


首根っこを引っ掴まれ、多原は男の前に正座させられた。


「どうしてお前がここにいる」

「あの、幽霊の噂を、どうにかしようと思って……」


小声である。自分で言っていて、「何言ってんだこいつ?」と思ってしまったからだ。


「それで、あなたはどちら様で……犬って言ってましたけど。幽霊をどうにかしようと思ってここに来たのでは?」

「ああなるほど」


何がなるほどなのかわからないが、男の方は納得したらしい。先程、さっと隠した拳銃を、多原の前に見せてくる。


「ひえっ」

「落ち着け。俺はお前の言う通り、幽霊を探しに来たんだ。ただし、犬の幽霊をな」

「犬の幽霊!? 自殺した生徒の幽霊のほかに、犬の幽霊もいるんですか!?」

「そうだ」


真顔で言われて、多原は驚いた。図書館、幽霊多いな。


「でも、なんで図書館に犬の幽霊が?」

「自殺した生徒が飼っていた犬の幽霊だ」

「でも、自殺した生徒はいないって俺の友達が言ってたから、犬の幽霊もいないのでは?」

「いや、犬の幽霊は、いる」

「居ぬなのに?」

「殺すぞ」


がちゃりとこめかみに銃口を当てられて、多原は「すんませんすんません」と涙目で謝った。このままでは、多原が往ぬされてしまう。


「そういうわけで、多原貴陽。犬が出るまで、お前には人質になってもらうぞ」


なんということでしょう。


幽霊騒ぎをどうにかしようとしてただけなのに、命の危機に陥っているではありませんか。


ーー島崎! 早く助けにきてくれ!


ていうか、警察呼んで!!

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