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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
27/117

“最高傑作”

箱庭だけが、二人きりを許してくれると。

そう、信じていたのだ。






「お前、どうしてここにいる」

「へ?」


漆崎神社の巫女さんがラスボスみたいなことを言ってた次の日。多原はまたしても、鳶崎さんに嬉しくない壁ドンをされていた。


多原としては、「どうしてここにいる」はこっちのセリフで、どうして他校の鳶崎さんが、この高校に来ているのか、大いに疑問だった。あと、鳶崎さんが凄い勢いで手をついたのは校門の石壁で、痛くないのかなとも思うのであった。捻挫とかしそう。


多原は、周囲の視線にいたたまれなくなりながら、途切れ途切れに答えた。


「こ、ここ、の……生徒、だから、です?」

「そういうことを言ってるんじゃない!」


じゃあどういうことを言ってるんですか! と怒鳴り返せたら良いのだが、小市民多原、そんなことはできない。


「あはは、そうっすよね〜、そういうことじゃないですよね〜」


と、頭の後ろに手をやって、「俺わかってますよ」アピール。それが鳶崎さんの怒りに油を注ぎ、あわや多原の顔の前に、拳が突き出されそうになった、その瞬間。


「先生、こっちです!」

「ちっ」


聞いたことのある声と、鳶崎さんの舌打ちで、多原は解放された。

 



去りゆく背中が見えなくなった頃。


多原は、へなへなと地面に座り込んだ。


「だいじょーぶか?」


降ってきた声に顔を上げると、そこには、「先生、こっちです!」の声の主、島崎がいた。ちなみに先生はまだ来ていない。これは、島崎のファインプレーだ。


「ありがとう、島崎。助かった」

「いいってことよ。何か、怖そうな人だったな。なにお前、あの人になんかしたの?」

「するわけないだろ。あんな怖い人に」


多原は立ち上がった。どうして鳶崎さんが、あんなに怒り狂っていたのか、多原にはわからない。


「どうしてここにいる」という発言からして、多原は学校に来れなかったはずというニュアンスを感じ取れたが、なんか知らんうちに、多原は危機に陥っていたのだろうか。


「何がどうなってんだか」






「わからない、何故あの男が、普通に登校している?」


車の中。巳嗣は、下を向いてぶつぶつと独り言を言っていた。


「どうしてどうしてどうして……どうして、上手く行かないんだ」


はじめは、あの使用人……葉村(はむら)の言葉から。いつまで経っても吉報が耳に入ってこないことに業を煮やして、巳嗣は、葉村に連絡をとった。すると、葉村には、『私には、多原様を案内した記憶はございません』と言われてしまった。


いいや、たしかに芝ヶ崎と約定を交わさせたはずだ。そうだ、本家に行って真相を確かめようと行った先では。


『そんな約定は知らない』と、芝ヶ崎家当主に一蹴されてしまった。はじめから、話は通っていなかったのだ。


だが、それを差し引いても、今回の顛末には、疑問が多い。


「草壁夕雁を解放したのが、偶然屋敷に入った泥棒だと? そんなもの、到底信じられるはずないだろう」 


なんだ、その苦しい言い訳は。裏口の監視カメラも見せてもらったが、問題は、天下の芝ヶ崎が泥棒に入られて、それを二日間、野放しにしていることだ。


ーーあの葉村という使用人も、あの連絡を最後に消息を絶った。


すべては、白昼夢のように。巳嗣だけが、世界に取り残されていた。






さて。


その消息を絶った葉村はというと。


「……」

「どうした? 食べないのか?」


場所はみどり町から少し離れた洋食屋。眼下にて、どこに行くのかもわからない車がひしめく中、葉村は多原の父親と向き合っていた。


彼は、フォークでカルボナーラの黄身を崩して、葉村を見据えた。

それは、葉村がこれから辿る運命である。


葉村は、粛々と、ティラミスを口に運んだ。


「いやあ、してやられたよ。まさか、アイツが生きていたとはねえ。ほんっとうに、してやられたよ」


ぐちゃぐちゃに混ぜられる麺と卵黄。穏やかな彼には珍しく、苛立ったようなフォーク捌き。 


「自殺するようなタマじゃないと思っていたがね、自分の存在を消して、芝ヶ崎を掌中に納めていたとは……私の提案にあっさり従ったのは、私が屋敷に踏み込んで、あの蔵に近づかない為、だったんだろう」

「はい。ですが、貴方はそれを逆手に取り、私が多原様に足止めされている間に、(いたる)様の蔵にお近づきになった。おあいこだと思いますが」

「私が“裏道”を知っている可能性には思い至っていたくせに……わざと見逃したんだろう。君は御霊ではなく、格の犬ということだな」

「勿論。芝ヶ崎の頂点は、格様ですから」


葉村は微笑んだ。それを見て、多原の父親は、苦々しい表情を浮かべる。


「これだから、アイツの信者は嫌なんだ。使われていることに気付いていながら、喜んで歯車になろうとする。結果的に君は、芝ヶ崎から姿を消さざるを得なくなったというのに」

「格様のお役に立てたなら」

「光栄ですとでも?」

「ええ」

「救えない」


カルボナーラを食べ切ってから、多原の父親は、冷え冷えとした目を葉村に向けた。


「アイツに言っておけ。子供たちは、私たちの分身じゃない。くだらないことに、キョウ君たちを巻き込むな、とね。そんな蔵に引きこもってないで、直接私を叩きにくれば良い」

「貴陽様が生まれる前なら、そうしていたでしょうね。格様からの伝言です。“お前の大切な息子奪ってやるからな、ばーか”」






箱庭だけが、二人きりを許してくれると。


そう信じていた。


……私の大半を形成するものを捨てなければ、手に入らないと思っていた。


芝ヶ崎の世界からキョウと私だけを切り取って、二人で幸せに暮らしたいと思っていた。


それなのに、()()を知ってしまったあのとき。生徒会室で二人になった時。私は、「違うな」と思ってしまったのだ。違う、私が求めているのは、これじゃない。 


鍵をかけた二人きりの世界。透明な存在になった二人だけの箱庭。箱庭でなければ、キョウを手に入れることはできないと、そう思っていたのに。


その道もあるのかと思った。  


芝ヶ崎を捨てずに、キョウを思いのままにする方法があるのだと、知ってしまった。くだらない因襲、くだらない権力こそが、私の味方になるのだと。


芝ヶ崎から離れることを考えていた私は、私よりかしこい父に、教えられた。どうすれば、芝ヶ崎を利用できるのかを。「こうやってやるんだよ」と、教えられてしまったのだ。


私も死体になれば良い。私が透明な存在になったら、芝ヶ崎という、箱庭よりも強固な檻の中で、キョウは思いのままだ。すぐ外が地獄の箱庭よりも、最初から逃げられないとわかっている檻の方が、ずっと優しい。ずっと、キョウのことを守ってあげられる。ずっと、他ならない私が!


「ふふ、ふふ……こんなにも、簡単なことだったのか」


嫌いで嫌いで仕方なかった自分の血に、私は初めて感謝した。なんとも思っていなかった父親に、私は初めて感謝した。ああ、ほんとうに。


「私は、芝ヶ崎で良かった……!」






何回かの呼び出し音の後。 


上機嫌な彼の言葉に、葉村もまた、口元に笑みを浮かべて答えた。


「ええ、貴方の読み通り。令様は、怪物に育っておられます。ええ、ええ。将来が楽しみですね。流石は、貴方の“最高傑作”です……」

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