表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
24/117

芝ヶ崎家作戦本部

裏口から通じていたのは、離れの一室だった。


てっきり、太陽の光とご対面することになると思っていた多原は、目をぱちくりした。部屋全体が薄暗いのは、陽があまり当たらない場所にあるからだろうか。障子には、鬱蒼とした影が、全体を覆うようにかかっている。


多原は、使用人さんに確認して、障子を開けた。


先ほど見た廃墟に植えてある植物とは違い、お屋敷の植物は深い緑をたたえていた。いわゆる、常緑樹というやつだ。その木々の葉が、離れに影を落としているのだ。


だが、多原がいちばん驚いたのは、木々のおどろおどろしさでも、近くにある紅葉の葉が黄色くなりはじめていることでもない。


「けっこう近いんだ」


……常緑樹が覆っているのは、この離れじゃないのだ。


多原は背伸びをした。すると、目にも鮮やかな漆喰の白と、ぴかぴかの瓦がちらっと見えた。


昔、レイ姉ちゃんに入っちゃダメと言われた、あの蔵である。ごくりと唾を飲み込む音が聞こえて隣を見ると、花巻さんが、多原以上に緊張した面持ちで、蔵を見つめていた。なので多原も、きりっとした顔になった。


本当はあそこに行きたいけれど、今やらなきゃいけないのは、草壁さんちの女の子を助けることだ。多原は振り向いて、使用人さんを見た。使用人さんは、相変わらず無表情で言う。


「今、ご当主様は、草壁様とお話をしておられます。ですから、助けるなら今の内です」


一から十まで知り尽くしている使用人さんに、多原は不安を覚えざるを得なかった。予定調和っていうやつだ。アカシックレコードを持っているんじゃなくて、筋書きを書いてるのだと、多原は思った。


だって、あまりにもうまくいきすぎる。


「ここまで案内してくれてありがとうございます。でも今更ですけど、こんなことしたら、貴方の身が危うくなっちゃいます」

「その点に至っては心配ありません。橋渡し役になるよう、仰せつかっていますから」

「誰に、ですか?」

「それは、お教えできません。早く行きましょう。令様がお待ちです」

「レイね、令さんが?」




草壁さんが来ているからだろうか。蔵の周辺には、使用人さん達がいなかった。


ていうか、普段からここのあたりには、誰も近づかないけど。


おかげで、多原達は堂々と、レイ姉ちゃんに会うことができた。


「よく来たな、()()()

()()()()()()、大丈夫なの? その……芝ヶ崎のご当主様に逆らうようなことをしちゃって」


いくら直系といっても、罰を受けてしまうかもしれない。多原が心配になっていると。


レイ姉ちゃんは、多原の髪の毛をわしゃわしゃと撫でてくれた。乱れた前髪の隙間から覗いたレイ姉ちゃんは、少し優しそうな顔をしている。


「ああ。知られなければ大丈夫だ。知り合いに頼んで、ちょっとした細工をしてきた」


まさかのバレなきゃ大丈夫理論だった。


「細かいことは後で話そう。今は、草壁の孫娘を解放してやらなければ」


そう言って、レイ姉ちゃんは、どこからか持ち出してきた鍵を、多原に見せた。




極力音を立てないようにして、扉を開く。


「おーい、助けに来たよーぐえっ」


多原が小声で呼びかけると、すぐにタックルが飛んできた。二日間も閉じ込められていた割には、あまり悲壮感がない女の子は、多原のことをぎゅっと抱きしめた。背骨がみしみし言ってる気がする。


「えーんこわかったよきようくん、こわくてこわくてないちゃいそうだったよー」

「離れろ」


会った時の何倍も低い声を出したレイ姉ちゃんが、多原と女の子を引き離す。女の子は舌打ちして、多原から離れた。怖い。


レイ姉ちゃんが、携帯をぱかっと開きながら、女の子に言う。


「草壁夕雁(ゆかり)、お前はどこまで知っている?」

「どこまで、ってぇ? ていうか、なんで貴方がきよう君の方にいるの? 芝ヶ崎令は、本家の人間のはずでしょ?」

「……やむを得ないな」


たぶん答える気のないゆかりさんの態度に、レイ姉ちゃんの指が携帯のボタンを押し始める。多原は、レイ姉ちゃんの腕をとった。


「ストップ、レイ姉ちゃん! どこに掛けようとしてるの?」

「もちろん、お祖父様のところに、だ。勘違いするなよキョウ。私は、この女を助けにきたわけじゃない」


なんかツンデレみたいな台詞だけど、レイ姉ちゃんの口調はどこまでも怖い。だが、多原はまだ一縷の望みを抱いていた。レイ姉ちゃんが、まだ“キョウ”と呼んでくれていることに。


「この女が、どこまで知っているか訊きにきたんだ。返答次第では、草壁に返せない」


レイ姉ちゃんのひんやりとした声に、花巻さんが殺気立つ。せっかく助けに来たのに、これじゃ全面戦争の火蓋が切られてしまう!


「ななな、何にも知らないよね。そうだよね!?」


多原がすがる思いでゆかりさんを見ると、彼女はにぱっと笑って。


「私は、怪物を目覚めさせることはしないよ」


不思議なことを言った。手を後ろにやって、かがむような姿勢で、多原を見上げてくる。可愛い。


「でも、お爺ちゃんはどうかなぁ? 怪物の正体に気付いていたりして〜?」

「だったら、貴様の祖父にも死んでもらうしかない」

「ブレないね。わかった降参。思ったより芝ヶ崎って怖いところだったから、怪物の正体を暴くのはやめてあげる」


片手を上げて、ゆかりさんは白旗を振る仕草をしたのだった。






「ずっと、考えていたんですがねぇ」


草壁玄四郎は、ゆったりと、話し始めた。


うまくいけば、孫娘は今頃助けられているはず。そう思いながら、今度は自分の心配をしなければならないと、心の中で嘆息する。障子の向こうにいる存在たちは、気配を消すのが下手すぎる。


ーーあれじゃ、花巻をやれば殲滅できそうだ。


心配事はすぐになくなった。


……十七年前。厳しい顔をしている当主に、草壁は、あることを頼まれた。


「あの時(おいら)が見た死体は、誰の死体だったんだろう、とね。それとは関係ありやせんが、ちょうどその少し前、ご当主様は、鳶崎さんを介さずに、俺にこう頼まれましたね。二十五、六の男の死体を用意してくれ、とね」


ずっと、引っかかっていたのだ。


自分が用意した死体が、あの、天才と呼ばれた男の死体として、使われたのではないか、と。


芝ヶ崎の当主は答えない。障子の向こうの気配は動く。

草壁は、顎に手をあてた。


「じゃあ、どうして偽物の死体を用意したか。逆に言えばーーアンタほどの権力者が、どうして息子一人殺せなかったか」


空気がびりびりと振動するのを、草壁は肌で感じていた。たぶん、草壁の考えていることは正解だ。


頃合いだ。草壁は、笑顔を作った。


「とまあ、()は疑問に思っていたわけですが。アンタも人の親ってことですねェ、愛する息子のことは、閉じ込めでもしないと、殺せなかったわけですかぃ」


これで十分。草壁は立ち上がって、障子を開けた。芝ヶ崎の当主を見もせずに、言う。


「死臭ってのはね、どうしても、隠すことができねェモンなんですよ。それこそ、空調をどうにかしたところでね」






私には少しの希望があった。


十二年も経っているのだ、冷房で蔵の温度を下げて死体を保存しているとはいえ、完璧に死者の形を保つことなどできない。


もしも、御霊がキョウに父の死体を見せたとして。それがどんなに高度なエンバーミングだとしても、誰の死体かなんてわからないだろう。

だが、身元不明の死体があるだけでも、キョウの心を大きく傷つけてしまうだろうから、結局、死体なんて見せない方が良い。


裏口となっている廃墟。使用人も、草壁の二人もいなくなり、二人きりになった時。


キョウが意を決したように言う。


「ねえ、レイ姉ちゃん。あの蔵には、本当に誰もいないの? 室外機がついてるのに。あそこで、作戦会議してるんじゃないの? まったりお菓子パーティーでもして、夏休みの学生みたいにだらけ切ってるんじゃないの?」


六歳のキョウにはわからなかったが、十七歳のキョウにはわかってしまうらしい。私は、キョウの頭を撫でた。いつもは目線の下にあったのに、いつのまにか、彼は成長してしまっていた。


私は笑った。


「そうだ、あそこには、芝ヶ崎の作戦本部がある。だから、誰も近づいてはいけないんだよ」


キョウが聞いた声は、きっと、叔母の声だ。鳶崎にやられた叔母は、私の婚約者殿と共に芝ヶ崎にやってきては、父の死体と話している。


だが、そんなこと、キョウには伝えられない。


キョウの勘違いを良いこととして、私は虚偽をでっちあげ……ふと、気付く。


ーー作戦会議?


キョウは、六歳の時もそんなことを言っていた。当時は、テレビの影響でそんなことを言っているのだろうと思っていたが。


「キョウ、どうして作戦会議だと思ったんだ?」

「ふっふーん、教えてほしいですか?」


まさか、そんなわけない。


そう思いたい私の期待を裏切るように、


キョウは、得意げに、言った。


「会話が聞こえてきたからだよ。女の人の声と、男の人の声。女の人の声は、え、えーと、何でもない!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ