迷惑メールと謎の音
多原は、ベッドに寝転んでいた。
「まーた変なメールが来てる……」
夜である。風呂に入って、ベッドに入った多原は、寝る前にやっちゃいけないスマホ弄りをしていた。
「いくら陰謀論大好きな俺でも、これは詐欺だってわかるぞ」
多原が見ているのは、送られてきたメールの文面。このメールは、なんだかテキトーなメールアドレスから定期的に送られてくるもので、迷惑メールに放り込んでもメアドを変えて送られてくる。そんなにしてまで、多原に百万円を受け取ってほしいのだろうか。
「簡単なアンケねぇ」
それこそ、個人情報を抜こうとしているのだ。『このアンケートに答えてもらえれば、百万円を差し上げます!』という文面の下に、URLが貼ってある。やたらと記号を使ってあるところが、怪しさマックス。当然今日も迷惑メールに放り込む。『なんで百万円を受け取ってくれないんですか!?』とすぐにメールが送られてくるが、それも迷惑メール行き。
なんだかコミュニケーションが成立している気がするが、そういうマニュアルが詐欺集団の中で作られているのだろう。いやはや、最近の詐欺は諦めが悪い。
「はぁ〜、百万円ほしいけどなぁ〜」
そんなにポンと手に入ったら、逆に汚れてるお金じゃないかと思ってしまう。多原は味噌汁が勝手に動く陰謀論には騙されるが、都合の良いことはあまり信じない堅実な人間である。
「ばっかお前、そこはアンケに答えとけよ」
翌日、そんな話をすると、島崎が悪い笑みを浮かべて言った。
「詐欺メールは弄んでなんぼだろ。有名俳優から恋の相談とか来たら親身になって答えて、別のとこで話したいって言われたら即切るとか」
「そんなの怖くてできねえよ」
「相手の時間を浪費させる楽しみに比べたら、リスクなんて可愛いもんよ」
多原、島崎にドン引き。
「お前、殺されても知らねえぞ。いや、知るけど」
「一緒に死のうぜ相棒!」
ぱきっ。
「?」
何かを折る音がして、多原はそこらへんを見渡したが、そこらへんでは、クラスで一番可愛いと言われている白川さんと、その友人たちがランチ(多原たちのは昼ごはんである、または昼飯)を楽しんでいた。
「あれ、芳華。もういいの?」
「うん。今日はあまり食欲なくて」
白川さんの顔は、あまり優れなかった。大丈夫かなと思いつつ、多原は昼飯ラストスパート。そうこうしているうちに、あっちのグループの話は、恋バナに移行したようだ。
「芳華、カレシいないの? 前告られてたじゃん。あのイケメンは?」
「断っちゃった」
「はぁ〜高嶺の花は選び放題ってこと?」
「高嶺の花かはともかく。私、理想が高いから。他の男の人がご……合格点に届かないの」
「どんだけイケメンを御所望なのよ」
普通に聞き耳を立てていた多原は、島崎とお互いを見合い、お互いに吹き出した。
めきゃ。
「あれ、よし、」
がらららら!
教室の扉がすごい勢いで引かれ、
「セイレンの女子がここに来てるらしいぞ!!」
興奮した馬鹿でかい声が聞こえてきて、多原と島崎は、周りの男子と同じように雄叫びを上げた。セイレン。正確には、青華蓮女子高等学校。この近隣で有名どころのお嬢様学校だ。
「そんなお嬢様がどうしてこんな田舎高校に」
「距離的にはそんな離れてないだろ」
などという周りの会話を聞きつつ、多原は、そういや前助けたVIPもセイレン女子だったなーと思って、島崎に話したくなったがやめた。警察のお兄さんとの約束である。
「ていうか、昼休みに他校行く? 普通」
「あと五分しかねえぞ」
などという会話も聞こえてきて、確かに、と多原は思った。何しに来たんだろ、その人。
その謎は、放課後解けた。
「なんか、レイ先輩に会いに来たらしいぞ?」
島崎が、興奮した様子で言う。
レイ姉ちゃんに? 多原は心の中で首を傾げた。どうして疑問を声に出さなかったかというと、多原とレイは親戚であるが、向こうが多原を毛嫌いして「関係言ったら殺す」などと脅されているからである。
レイ姉ちゃんとしては、多原みたいなゴミ虫、親戚だとは思いたくないらしい。外どころか、中でも他人のふりをしろと言われて他人のふりをしている。あっちの家に行った時も、軽く頭を下げるだけ。冷えた関係なのである。
「やっぱり、セイレンともなると、レイ先輩ぐらいじゃないと釣り合わないのな」
多原、島崎の言葉に微妙な心持ちで頷く。
レイ姉ちゃんには普段から人前で否定されてばかりなので、ちょっとだけセイレン女子に嫉妬を覚える。
レイ姉ちゃんは綺麗に成長する代わりに、優しさを失ってしまったのだ。昔はあんなに可愛がって、「お婿さんにしてあげる」とか言ってくれたのに、所詮は子供同士の約束か。
多原がブルーになっていると、島崎がばしっと背中を叩いてきた。
「なーに神妙な顔してんだよ、多原のくせに」
「俺だって悩むことがあるんだよ」
まじで悩むことはたくさんある。置き勉してったら教科書がなくなっちゃうとか。たしか、その時は宿題が出ていて、多原は学校に教科書を忘れてしまった。次の日に来たら、宿題が解かれていて。それが何回か続いて、多原は置き勉をしなくなった。宿題は、自力で解いてこそである。
どこの誰がやってくれたかはわからないが、余計なお世話だと島崎に零したら、どこかしらでぱきんと音がした。
そっちの方を見ると、やっぱりその時も白川さんがいたけど、あんまり関係ないだろう。
それより気になるのは、目の前のレイ姉ちゃんである。黒髪さらさらストレートを靡かせて、レイ姉ちゃんは、拉致されてきた多原の前に立っていた。
「キョウ、訊きたいことがある」
「えっ誰ですか貴方」
そんなことを言ったら、顔スレスレに拳が飛んできた。背後は体育倉庫だから、壁ドンならぬ壁パンである。
「だって、他人のふりしろって……」
「それはもういい。キョウ、青華蓮高校の生徒を助けたか?」
「助けてないよ」
「即答するな。少しは悩め」
なんだか疲れてそうなレイ姉ちゃん。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。けれどあともう少しだから。キョウ」
レイ姉ちゃんは、本当に久しぶりに、優しい笑みを浮かべた。と思ったら、やっぱり仏頂面に戻る。
「油断をするな。ちゃんと、自分の身を守るんだぞ」
「? わかった」
「わかってないが、まあいい。私がしっかりしていれば済む話だ……」
額に手を当てたレイ姉ちゃんは、何かを呟いて、多原の両肩を痛いほどに握った。
「いいか、キョウ。うまい話には裏がある。信じていいのは、私だけだ」
「ユーツーブは?」
「ユーツーブも駄目だ。解説動画なら私が作ってやるからそれを見ろ」
「レイ姉ちゃん、動画編集できるの? すっげ」
「ああ。お前のためなら、いくらでもしてやる」
格好よく笑って、レイ姉ちゃんは不思議な言葉を残して帰っていった。
「よく、迷惑メールがきているだろう。それには返信してやれ。もしかしたら、お前じゃない奴に百万円を渡したいのかもしれない」
一度でも返信したら終わりだけど、私の王子様は悪運が強い。
お嬢様の誘いも断って、そのお嬢様を妨害した女の罠も掻い潜って。王子様は、私のそばにいる。
「あ〜あ。またやっちゃった。反省反省」
私はそう言いながら、ティッシュに包んだ箸の欠片を、ゴミ箱に捨てた。




