プリザーブド・カチコミ・フラワー
「おい、なんだあの可愛い子」
「あの制服って、隣町の……」
ある日、多原が高校から帰ろうとすると、校門付近がにわかに騒がしかった。人だかりができていて、肝心の騒ぎの元がわかんない現象が起きているが、周囲の会話から察するに、どうやら隣町の学校の制服を着た、可愛い女の子が立っているのだろう。
可愛い女の子とやらは拝みたいが、こんな特売の主婦みたいなぎゅうぎゅう詰めに入っていける自信はない。多原は購買でも(あんまり行くことはないが)戦いは好まない派である。
そんなわけで、大いに後ろ髪を引かれながら、人だかりをスルーして校門を出た、その時だ。
「あっいたいた! きようくーん!!」
聞き覚えのある声。多原は、顔をさあっと青くした。それはそうだ、相手は多原のことを殺したいんだから。
三十六計逃げるに如かず。多原が地面を蹴ると同時、人混みを抜けてきた女の子が、多原の腰に飛びついた。多原の視界で、女の子の両サイドで括った髪の毛と、いい感じの花びらが踊った……花びら?
「なんで花束持ってるの?」
多原、好奇心に完敗。花束を持ちながら腰に飛びついてきたアグレッシブ美少女に、質問してしまう。
「よくぞ聞いてくれました!」
多原の腰から手を離し、花束をきゅっと握った彼女は、嬉しそうに瞳を輝かせた。まるで、獲物を見つけた猫みたいに。
それから、やっぱり猫みたいに目を細めて、
「はいっ」
「え?」
多原は固まった。鼻先に突きつけられた花束に。全体的に淡い色の花達だ。そんな淡い花達の向こうで、彼女はにこりと笑って。
「今日は、きよう君にプロポーズしに来たんでーす!」
色とりどりすぎて統一感のない花束を荷物置きの箱に置き。多原は女の子と喫茶店に入っていた。
多原を出待ちしてプロポーズしてきた草壁さんちのお孫さんは、オレンジジュースを一口飲んで。
「きよう君、最初逃げようとしたでしょ?」
「ぎくっ」
「あはは、でもきよう君の逃げ足が知れてよかったよ。これなら、ペットにして脱走した時もすぐに捕まえられそうだね?」
「あはは〜」
なんとも物騒な会話である。だが周囲の人々の目線は、「ああそういうプレイなのね」という生暖かいものだった。それはひとえに、多原と美少女の顔面偏差値の差だろう。
「まあ、脱走なんてさせないけどね」
女の子の声がワントーン落ちて、多原はだらだらと汗を流した。今、秋なのに。これから冬になるのに。そうだ、ホットコーヒーを飲んでいるせいだ。
必死に周囲を見回して女の子から全力で目を逸らしつつ、何か話題を探せば、さっきもらった花束が目に入った。
「き、きれいな花束だね」
「それね、プリザーブドフラワーって言うんだよ」
「ぷりざーぶどふらわー?」
「普通なら枯れちゃう花の寿命を伸ばして、人間を長く楽しませるために作られたお花だよ。一回色を抜いて染め直すんだ……プリザーブドは、保存されたって意味」
「へぇえー、物知りなんだ」
「フラワーは花って意味だよ!」
「そ、それは知ってる……」
ご丁寧に解説してくれた女の子に、多原は苦笑いを浮かべた。女の子があんまりにもきれいな笑顔で笑うものだから、あんまり強く言えなくなってしまった。
「それで、返事は?」
「返事?」
「プロポーズの返事だよ。結婚してくれるの? くれないの?」
「そ、それは……」
ことりと首を傾げた女の子に、多原は言い淀んだ。この前の言葉から察するに、女の子は多原をペット扱いして、飽きたらポイしちゃいそうだ。多原は生きたい。なので、答えはノ……
「あ、間違えた。ペットになってくれるの? 殺させてくれるの?」
「ひゃ、ひゃい」
「どっちの“ひゃい”かなぁ?」
ん? と凄まれて、多原はぎゅっと目を瞑った。
「つ、謹んでお受けいたします!」
ちょっと声が裏返った。女の子は満足そうに笑って、両手を万歳。
「やったぁ! きよう君から言質もとれたことだし、これでカチコミに行けるよ!」
「か、カチコミ?」
って、あのカチコミ? と多原が心の中で疑問符を飛ばしまくっていると、女の子はささっと荷物をまとめて立ち上がった。
「あ、コーヒー代は払っておくから安心してね? きよう君は私のペットだから、私のお金で養ってあげる!」
「ちょ、待……」
多原が止める前に、女の子はレジで会計を済ませて、さっさと出ていってしまった。
「な、何だったんだ……」
残されたのは、多原と、プリザーブドフラワーだけ。
さて、多原にお花を渡した少女はというと、迎えにきた車で、とある場所へと向かっていた。
車内にて、スマホの画面とにらめっこしながら。
「お嬢、その……何を見てるんで?」
「んー、脱走防止用の檻。何がいいかなって」
「そんなものより、腱を切っちまった方が早いのでは?」
「あ、そーかぁ。さすがは若頭! でも、そんなことしたら可哀想だし、楽しみがなくなっちゃうからだめ」
ぶー、と指で小さくバツを作る少女に、隣に座っていた若頭は、「さしでがましいことを!」と頭を下げた。それから、画面を覗いて。
「それだったら、これとかどうですか? 電流が流れるらしいですぜ」
「あ、それいいかも」
とかいう、世にも恐ろしい会話をしながら、少女がたどり着いたのは、とあるお屋敷。
窓から見える門構えは、それだけで来る人を圧倒させてしまうものだ。少女は、不敵に笑う。
「さ、総本山だね」
「聞いたぞ多原ぁ! お前、可愛い子に告白されたらしいじゃねえか! 羨ましい! 死ね! いやいっそ俺が殺してやる!」
多原が学校に行くと、図書館の妖精というにも烏滸がましい引きこもりである島崎が、興奮した様子で話しかけてきた。ていうか、首に腕を回してきた。
そんな島崎に、多原は儚げな笑みを浮かべた。
「ああ、それも、良いかもな……」
「お、おう。どした?」
首から腕を外して、基本的に優しいこの友人は、多原が儚げな笑みを浮かべている理由を聞いてくれる。だが、どう説明していいものやら。
「島崎、お前と過ごした高校生活、楽しかったよ……辞世の句読んでいい?」
「さっきから何を言ってるんだお前」
「いいか、俺がいなくなっても、強く生きるんだぞ……」
島崎の肩をがっちり掴んでそう言えば。島崎は、うーんと唸って。
「よくわからんがわかった。だけどまあ、心配することないんじゃね? 大丈夫、なるようになるよ!」
「他人事だと思ってぇ……」
「図書館の妖精たる島崎君が言うんだから間違い無いって! な、多原。そんなに心配しなくても、お前は大丈夫だよ」
根拠のない大丈夫で押し切られてしまっているが、多原はこのとき、島崎の“大丈夫”にだいぶ救われていた。図書館の妖精は無いと思うけど。
「な、なんか大丈夫な気がしてきた!」
「そうだ、大丈夫だ! 骨は拾ってやるから安心して逝ってこい!」
「そこに直れ貴様」
なんて会話をしたのが昨日。
多原は、部屋に飾ってある、未だに色褪せていないそれを見て、ぽつりと呟く。
「まさか、君の方がいなくなっちゃうとは思わなかったよ」




