貴方は私と
『ふはははは! 滑稽だったぜ! お前らが、俺のシナリオの上で踊り狂ってるのはなぁ!』
高らかに悪役が笑う。
『捜査協力に感謝しますって? ばーか、俺は自分のシナリオの一部を開示してただけ! これってなんて言うんだっけ?』
「キョウ、早くお風呂に入りなさい。明日も学校あるんでしょう?」
「もう少し、もう少しでドラマ終わるから待ってて!」
多原は、目の前のドラマに釘付けだった。このドラマは夏ドラマだったが、なんやかんやあって延期になり、次週最終回を迎える刑事ドラマなのだ。
今は、主人公にずっと協力してくれてた商店街の魚屋のおじさんが、実は一話からずっと追っていた犯罪者“エックス”の正体だとバレたところである。
多原は、誘拐事件の時に没収されて、奇跡的に戻ってきたスマホで、同じくドラマを実況している同志達のつぶやきを検索した。魚屋のおじさんの正体バレをうけて、同志達は多原と同じく、「!?」を連発している。
『ああそうだ、こういうのを』
『マッチポンプっていうんだよね? ね、さんざんやばいアプリを入れたスマホを返した時、キョウ君にありがとうって言われて、良心は痛まなかったの?』
「さんざん“やばいアプリ”を作った本人が何を言うか。ああ、キョウは今ドラマを見てるんだな」
『あっほんとだー、これ私も見てるやつじゃん! どうしよ、運命感じちゃう』
令の携帯には、多原が今見ているスマホのサイトが反映されている。どうやら、刑事ドラマのタグを検索して、感想を集めているようだ。
部屋のテレビをつける。
『魚屋さんっ、そんな、目を開けてください! 魚屋さぁああん!!』
銃で心臓を撃たれた悪役に取り縋って泣く主人公の場面。令は、それを冷めた目で見つめていたが。ふと、画面が動き始めた。
『あ、キョウ君今度は違うワードで検索し始めたね。なになに? “魚屋 生きてる”。偉い、偉いよキョウ君! でもSNSは魚屋が死んでるって意見が優勢だから、キョウ君が望む検索結果に画面を変えてあげるね!』
しをんが、だばーっと涙を流しながら何やらし出すのを、令は「待て」と止める。
『なに?』
「それは悪手だ。キョウは学校で、島崎という男とドラマについて意見交換をしている。SNSでどう言われているかも話のタネだから、お前の工作はすぐに明るみに出てしまうぞ」
『でも、キョウ君かわいそうじゃない。だって“魚屋 生きてる”で検索したら、三件しか出てこないし、そいつらも生きてるわけないだろってつぶやいてるんだよ!? こんな残酷な現実、キョウ君に見せられないよ!』
ちなみに、連動してる画面では、いまだに検索結果は出てこない。しをんが止めているからである。
「私は、キョウを甘やかすことはよくないと思っている」
『うわ出たお姉ちゃん面。中身変態のくせに顔が良いから許されてるムーヴ!』
いーっ、と舌を出してくるしをんに、令は真顔で言う。
「ここでキョウを甘やかしたら、いざという時も甘やかしてしまう気がする。たとえば、監禁した時のことを考えてみろ」
『かんき、う、うん?』
なぜか歯切れが悪くなったしをん。『この人、ときどき怖くなるんだよな』と呟いている。失礼な。
「キョウがここから出してくれと言ったら、出してやるのか? 違うだろう。甘さを出したら逃げられる。私はキョウの意志はできる限り尊重したいと考えているが、時には非情な現実を知らせることも必要だと思う」
『箱の中から出てこないように、都合の良い現実で固めるのも手だと思、ひっ怖っ!?』
「どうした……ああ、これも読まれていたか」
「父さん返してよ俺のスマホ!」
「いいかいキョウ君、人の意見に左右されちゃいけない。同時実況っていうのは罠なんだ。こういうのは、自分が楽しんだ後に見るものなんだよ。その後に、良し悪しを判断するんだ」
多原からスマホを奪った父は、なめらかな指遣いで何かを検索していた。
不覚、まさか、父が帰ってくるとは。
そうこうしてるうちに、ドラマは終わってしまい、『次週 最終回』という黒バックに白抜きの文字がデカデカと画面に出た。スマホにかまってる場合じゃない多原は、テレビにかじりついた。
「我が息子ながらちょろい」
父親の言葉は聞かなかったことにする。哀愁漂う音楽が流れ、やけにスローなかんじで、魚屋のおじさんが救急搬送されてる姿が映し出されて、多原はガッツポーズ。やっぱり魚屋のおじさんは生きてるのだ!
「キョウ君、スマホ返すね」
「魚屋のおじさん!!」
「え、あれ? キョウくーん?」
「魚屋のおじさん!!」
「……このドラマの製作、どこだっけ」
『“令ちゃんとその協力者ちゃんへ。これは流石にいただけないので、同僚からもらったアプリで駆除させてもらうね”。あーーっ私のアプリたちが消されてくっ!?』
検索画面に次々と打ち込まれる文字。それと共に、データの癖に器用に顔を青くしていくしをん。一方令は、「まあ、わかっているか」と小さくため息を吐いた。
連動していた画面は、“次はないからね”の言葉で止まって、ホーム画面に戻ってしまう。
『あ、ああ会わなくてよかった! 会ったら絶対PTSDになってた!! ていうか、知り合いって何!? キョウ君のお父さんって何してる人なの?』
「芝ヶ崎の系列会社に通っているらしいが……」
『てことは、芝ヶ崎に私とおんなじ技術を使える人がいるってこと!? なにそれチートじゃん!』
「チートではないと思うが……それに」
この壁を乗り越えなければ、監禁など程遠い。
「発信記録を辿れない?」
「はい。芝ヶ崎に電話をかけてきたのは、使い捨ての電話番号からです。警視総監が通信業者に情報を開示させましたが、この番号を取得した人物のデータは、一件も見つかりませんでした」
「偽の電話をかけた人物が、その足跡を消した、と」
そんなことができるのは、並の人間ではない。葉山林檎は、少し考えて。
「橿屋」
「はい」
「芝ヶ崎の情報筋に連絡をとってください。電話の主を、引き摺り出します」
「巳嗣様」
しなやかな女の指が、巳嗣の頬に触れる。巳嗣は、汚いものを見るような目で、女の手を叩き払った。
「あんっ」
畳に倒れ伏した女を、冷ややかに見下ろす。
「気色悪い声を出すな。私とお前は、あくまでも協力者の関係にあることを忘れるな。でなければ、誰がお前のような女など相手にするか」
だが、女はゆっくりと起き上がって、巳嗣に叩かれた手をじっ、と見た。紅い唇が、弧を描く。
「ふふ、乱暴なお方。私のことを、本家のお嬢様の代わりとして扱ってくれても良いのですよ?」
着物の合わせ目から見えるそれは、片手では掴めないほどに豊か。艶かしいその様子に、巳嗣は、ごくりと唾を呑んだが。
「代わり? 代わりなど、させる必要はないだろう。何をおかしなことを言っているんだ」
すぐに思い直す。この女は、ばかなことを言っている。
「芝ヶ崎令は、昔からこの僕のものなのに」
結婚してしまえば、あの体なんて思いのままだ。
あれは、初めて会った時のことだ。たしか、お互いまだ十にもなっていない頃だった。
黒い宝石のような目をした、人形のような少女は、巳嗣の目を見た途端に、花が咲くように微笑んだ。
『貴方は、私と似ているところがあるのですね』
そのとき、巳嗣は本能でわかった。これは、自分の女だと。
鳶崎巳嗣は、芝ヶ崎令を必ず手に入れる運命にあるのだと。




