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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
15/117

記録、五時間四十分。

『キョウ、そこは、入っちゃダメだよ』


芝ヶ崎のお屋敷にはでっかい蔵がたくさんあって、貴重な書物や、骨董品が眠っている。


その中でも、幼い多原の興味を惹いたのが、あの蔵である。


お屋敷の奥まったところにあって、他の蔵よりもちょっと新しめで小さい。植え込みに隠れるようにぽつんと建ってるのが、なんか秘密基地という感じがする。


多原はその蔵が好きだったが、レイ姉ちゃんはそうじゃないみたいだった。すぐに多原の手を引いて、その場から離れようとする。


『でも、レイ姉ちゃん、あの蔵から声がするよ。たぶん秘密の作戦会議をしてるんだよ』

『あれは風の音だよ。見てごらん、穴が空いてる。あそこから、風が入って、ひゅーひゅー言ってるんだ』


レイ姉ちゃんが指差した先は、屋根の下の穴だった。たしかに、耳を澄ますと、何かをぶつぶつ呟くような声じゃなくて、風の音に聞こえる気がする。


『なぁんだ、作戦会議じゃなかったのか』

『そうだよ。わかったら、美味しいお菓子でも食べに行こう。キョウの好きなものをたくさん揃えたから』


その頃のレイ姉ちゃんは、多原に激甘で、今みたいにカスを見るような目をしてなかった。


多原は、レイ姉ちゃんに手を引かれながら、あの蔵を振り返った。


多原は知っている。あの蔵の裏には、変な機械がついている。

六歳の多原にはわからなかったけど、十七歳になった今ならわかる。あれは……。











「でもレイ姉ちゃん……あのくらには、しつがいきがついてるよ……はっ」


夢が続いてるのかと思った。多原の耳には、小さな啜り泣きのような声が聞こえてきたからだ。今度は、風の音じゃなくて、たしかに聞こえる。ほんの、すぐ近くで。


「泣いてるの?」


返事の代わりに、啜り泣きがひどくなった。泣いてるのは、たぶん、あの女の子だ。多原の下校時間に突然現れて、デート(?)に誘ってきた、アウトドア派の女の子。名前は知らない。それを聞く前に、多原たちは誘拐されてしまったからだ。 


「たすけて、たすけておじいちゃん」


おじいちゃんっ子の女の子の悲壮な声は、多原の気持ちをも悲壮にさせた。かわいそうに、手足を縛られて硬い床に転がされているのだ。それは多原も同じだけど、正直言って多原は、人生で初、腹パンされたことに感慨を覚えている。未だに腹の痛みと闘っているのだ。


「君は、腹を殴られて痛くなかった?」

「私は、薬を嗅がされた、けど……きよう君は、お腹を殴られたの? 痛くないの?」

「とても痛い」


よかった、女の子は薬の方で。いや、良いのか? 薬と腹パンって、どっちがマシなんだろう。


「ごめんね、きよう君……たぶん、私、君を巻き込んじゃった」


軽く悩んでいる多原の沈黙を悪い方に受け取ったのか、女の子はまた泣きそうな声を出す。


「たぶん、私を誘拐しようとして、きよう君も誘拐されちゃったんだよ、ごめんね」

「謝らなくて大丈夫だよ、悪いのは、誘拐してきた人たちだし」

「本当に、そんなこと言えるの?」


女の子の声が、ちょっとだけ低くなった。


「私のおじいちゃんの名前、知ってる? 草壁玄四郎っていうんだよ。たくさんの人の恨みを買ってる。きよう君ならわかるよね?」


多原は頷いて、暗闇ではあんまり意味がないことに気付いたので、「うん」と声を出した。


「芝ヶ崎の中でも有名な人だよね。頼めば何でもやってくれる人。たしか今は……」

鳶崎(とびさき)に着いてる」


鳶崎家。その名前に、多原は渋面を作る。鳶崎といえば、本家に最も近いと言われてる家で、レイ姉ちゃんの婚約者の人の家である。


ーーていうか。


「君はたかはる君と結婚するんじゃないの?」

「おじいちゃん、君の名前の読み方、間違えてたみたい。ほら、貴陽君って、たかはるとも読めるじゃない?」

「てことは、俺が糞食らえの人じゃん」


多原は顔を青ざめさせた。やばい、ヤられる。


「大丈夫だよ、きよう君、おじいちゃんに相当気に入られてたし」

「良かったぁ。でも、君は大丈夫なの? というか、なんで俺と結婚することになってるの?」

「政略結婚ってやつだよ」


女の子の声は、暗闇に重く落ちた。


「鳶崎家が、君と令さんを離したがってる。今は、令さんの方からきよう君を拒絶してるみたいだけど、あっちは不安みたい」

「で、俺と君を結婚させることで、俺をれいね、令さんから遠ざけようってわけか」


まさか、裏でこんな計画が進行していたなんて。


「……でも私、きよう君のこと、好きになっちゃったかも」 


後ろ手に縛られている手が、ぴったりと密着する。多原は、「これ吊橋効果ってやつだな」と思った。


「きよう君といるだけで、安心できるんだぁ。ねえ、きよう君、ほんとはね、私、きよう君を殺すつもりだったんだよ」 

「へ?」


吊橋効果っていうか、別の意味で心臓がばくばくしてきた。なるほど、草壁家のお嬢さんが言うと説得力が増すな。


「本当は、きよう君と私が結婚したことにして、きよう君を殺すつもりだったんだぁ。ふふ、隙だらけだったよ」

「はははー」

「でも安心して。私、きよう君に着くことに決めたから」


女の子は、体ごと、ころんと多原の方を向いた。くすりと笑う。


「きよう君、鳶崎家の人のこと、殺したいと思わない?」


息がかかるくらいに密着した距離。多原は今日の弁当、にんにく系入ってたっけと思った。入ってたらアウトだな。


「思うよね? だって、殺されることになってたんだし。あっちの方が先だもの、ね、きよう君、私が、鳶崎を殺してあげるよ」


何かを待つように、女の子は多原のことを見つめてくる。多原は首を横に振った。


「なんで?」


女の子は、不満そうな顔。逆に多原が「なんで?」と聞きたい。


「そんなことしたら、草壁家がまた恨みを買っちゃうよ」

「……? 別に、よくない?」

「よくない」

「ふぅん」


女の子からは、途端になんの表情も読み取れなくなった。


「鳶崎を殺さないんなら、私は、きよう君を殺すけど?」

「どうしてそうなるの?」

「野望も持てない男に、私をくれてやる気はないから。きよう君、私ね、結婚するなら、私と同じ人が良いんだぁ。私と同じように、人が苦しむ姿に興奮を覚えて、罪悪感なんてない人。きよう君って、私と正反対だよね。だから、結婚生活楽しくなさそう」


多原は凹んだ。なんか、こてんぱんにされてる。


女の子は、「だから」と笑った。


「野望がないんなら、殺すしかないかなって。私、きよう君みたいな男の子、いっぱい殺してきたよ? 女の子も殺したかなぁ。お金持ちから貧乏な子まで。どんなに気丈な子でも、最後には死にたくないって言うんだよ。きよう君は、最後にどんな顔を見せてくれるのかなぁ」

「腹パンごときで痛みを覚えてるから、たぶんすぐに死んじゃうと思うよ」


多原は痛みに強くない。たぶん、腕一本落とされたらショック死しそう。


「それが嫌だったら、野望を持ってよ。刃向かってくる人全部、私に殺させて?」

「俺は幽霊とか信じちゃうタイプだから無理」


毎晩枕元で恨みつらみを囁かれたら、それこそ死んじゃうかもしれない。そんな、ちっぽけな心臓を持ってる生き物なのだ、多原は。


「……そっかぁ。おじいちゃんとは、意見が違うようになっちゃうけど」


こんなにつまらない人だとは思わなかったな。


そのときである。


ばんっ! と扉が開いて、多原の目に、眩しい光が入ってきた。と思ったら、女の子がしゅるっと縄を解いて、きらっと光るナイフを持って、男たちに向かって走っていった。


舞う鮮血。男たちは痛みに呻き、足を抑えたり、腕を抑えたりしている。


ぽかんとしている多原のことをちらっと見て、女の子はこっちに戻ってくる。ぶちっと多原を拘束してる縄を引きちぎって、多原に手を差し出してくる。 


「走るよ」

「えっなんで?」

「私が殺す前に殺されたら意味ないから」


よくわかんない理由で、女の子は多原のことを助けてくれた。




「きよう君、私のことぜんぜん責めなかったね。すぐに泣いちゃう足手まといだったのに。そういうとこ、ダメダメだよ。全部自分の中に溜め込んでたら、いつか破裂しちゃうよ?」


二人して逃げた先で、公衆電話で警察に通報し終わった多原に、女の子が言う。


「ほんっと、つまんない。やっぱり、きよう君が輝けるのは、死ぬときだけなんだよ」

「なんで嬉しそうなの?」

「きよう君がつまんない人間だから。ほら、ギャップってあるじゃない? 私、思うんだぁ。つまんなければつまんないほど、死ぬ時にはとっても良い顔をしてくれるって」


女の子は、多原の頬に触れた。


「野望もない、つまんないきよう君。結婚するなら違う男だけど、ペット(非常食)くらいにはしてあげてもいいよ? じゃあねっ」


そう言って、女の子はどこかに行ってしまった。多原は途方に暮れた。ここ、どこ?


のろのろと、街灯の少ない道を歩いていると。


「探したぞ」


多原は、目の前に立っているレイ姉ちゃんを見て、涙ぐみそうになった。正直言って、怖かったのである。誘拐されたり、女の子から殺害予告されたり。


「レイ姉ちゃん、どうして」

「お前が誘拐されたと聞いて、飛んできた。よく頑張ったな、キョウ」


乗った先の車。ぽんぽんと優しく背中を叩かれて、多原はだんだんと眠りに落ちていく。






レイは、そんな多原に膝枕をし、髪を撫でながら、かちかちとメールを打っていた。


『五時間四十分。これを永遠に伸ばす方法は?』

『やっぱり、キョウ君単体を誘拐することじゃないかな〜? 他の女の子を誘拐して動機を悟らせないっていうのはアリだと思うけど、今回は一緒に誘拐した人物が悪かったね〜』

『それに、やはり身内を使うのはダメだ。キョウに気付かれそうになった』

『いや、あれは葉山の執事と勘違いしてると思うんだけど。けどそうだね、リスクはあるけど、外部委託とかできないか、探ってみるね』

『ああ、よろしく頼む』


メールは、打った先から、届いた先から消していく。画面から目を離し、令は、愛しの幼馴染の、愛しい寝顔を見た。


ーーするなら、芝ヶ崎以外で。


あの“蔵”のないところで、私たちは、愛を育むのだ。

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