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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
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焼き魚と煮魚

『目障りな男がいましてね』


通った鼻筋に、切長の瞳。容姿は整っているが、貴公子と言うには中身が伴っていない少年は、そう切り出した。


『私の婚約者の周りをチョロチョロと。本家の令嬢に取り入って、おこぼれでも貰おうとしているのでしょう』


ーーそれは貴方(テメェ)ではないですか。


草壁はそう思ったが、心に留めておいた。草壁と彼の家とはビジネスの上での付き合いがある。息子の方はそれこそおこぼれでしかないが、大切な得意先だ、無碍にはできない。


というわけで、草壁の元には、厄介な依頼が持ち込まれたのである。


その依頼とは、多原何某という少年と、孫娘の婚姻……したと見せかけて秘密裏に処理すること。世間様の目の届かない草壁家で一度囲ってから殺してしまおうというわけだ。


その時の草壁は、少年の依頼を受け入れた。別に殺しなんて今更だったからである。手をつけられない我儘娘に、玩具を与えることもできる。そんな軽い気持ちで行ったから写真を落としてしまい、まあ良いかと思い直し、大して覚えていない少年のことを下見に行ったのであるが。




「いやまさか、多原君がそうとは思わねえじゃねえか」


とんだお笑い種である。探し人本人が、探すのを手伝ってくれただなんて。最初に声をかけたのは合っていたが、名前を間違えたせいで遠回りをしてしまった。


そして、遠回りをしてしまったがゆえに、彼の人となりを知ってしまったのである。


書斎で一人、草壁は呻く。多原君に言った言葉は本当で、孫娘の遊び道具ではなく、良き婿と舅(?)の関係を築けると思ったからだ。要は、気に入ってしまったのである。


「それが、殺さなきゃなんねえ奴だァ? おいおい、冗談は勘弁しろよ」


草壁の脳内で、天秤が揺れ動く。馬鹿息子のいる芝ヶ崎傍流と、多原君のいる芝ヶ崎傍流。


「どっちも芝ヶ崎じゃねえか」


自分に言い訳をするように、草壁はつぶやいた。


これがたとえば、他の御三家だったら。白川や葉山だったら、芝ヶ崎一族を敵に回すことになるが、同じ芝ヶ崎に乗り換えるならば、向こうも何も言ってこないだろう。なにせ、身内同士で争うのが好きな一族である。


「多原家とあっちでは、あっちの方に分があるが……まあ良い、俺が味方になれば、ぎりぎり釣り合うだろうよ」






「まさか、私が二人目とは思いませんでした。お久しぶりですね、おじさま」

「うん、久しぶりだね令ちゃん。また一段と綺麗になって」

「お世辞は良いです。貴方は、私のことを嫌いでしょうから」


呼びつけられた和食のファミレスで、先に席に座っていた多原の父は、令の言葉に肩をすくめた。肯定も否定もしないが、令は肌でわかっている。今も、殺気にも似た感情が向けられているのだから。


「まあ座りなよ。今日はおじさんの奢りだ」

「借りを作るわけにはいきません」

「手切金の一端として」

「受け取れませんね」


令は冷ややかに言って、多原の父の向かい側に座った。既に頼まれて、テーブルの上に載っているメニューを見て嘆息する。


「相変わらず、気持ちの悪い父性を発揮しているんですか」

「気持ちの悪いとは失礼な。私のものは一般的なものだと自負しているよ」


どこがだ。自分の好きなものというより、多原の好きそうなものばかり注文しているくせに。


「それから序でに訂正しておくと、君は四番目だ。誇って良いよ」


これは、令が出合頭に言った台詞への答えである。令は、瞬時に二人を思い浮かべた。多原の父は、頷いた。 


「画面の中の彼女にはあるゆる通信手段を絶たれてしまってね、漆崎の巫女は神社に引きこもっているし……姿を見せないのも手とは言えるが、私は評価しないね。その点では、女優の彼女と令ちゃんは一歩前進だ。おめでとう」

「どうせ、ゴールテープは切らせてもらえないんでしょう」

「君たちは、はっきり言って害悪だからね」


焼き魚の身をほぐしながら、多原の父は言った。


「令ちゃんが、“普通”の女の子だったら、私は何も言わずに、いや多少言うかもしれないが、キョウ君の好きなようにさせたさ。けれど、君たちは“普通”じゃない。立場も、その感情も」


指摘されずとも、令は自覚している。自身の内に眠るどろどろとした独占欲を。


「“特別”は、“特別”同士で仲良くするべきだと私は思うよ」

「それならば、貴方もそうなのではないのですか」

「私はもう特別じゃなくなったから」


前は特別だったと暗に言っているが、それは、この男が自分を過大評価しているのでもなんでもない。事実だからだ。


なにせこの男は、令の実父を、次期当主の座から引き摺り下ろすだけ引き摺り下ろして、表舞台から消えてしまったのであるから。


そのせいで、息子に迷惑がかかっているのであるが、どうせこの男は、息子を守るためなどと嘯くのであろう。本心から。


「キョウ君には、芝ヶ崎の中でも器用に生きて欲しかったんだ。だから、貴陽と名付けた。それなのに、寄ってくるのは“特別”ばかり。どうして君たちは、揃いも揃ってキョウ君に惹かれてしまうのかな」


身を取り除かれた焼き魚は、すでに骨だけになっていた。ふっくらと焼き上げられた身からは想像できなかった、貧相な骨。


「“特別”な君たちが寄ってたかったら、“普通”のキョウ君はすり減ってしまうのに」


瞳を伏せて、彼はそう言った。


「私は、キョウ君をすり減らそうとする君たちが嫌いだ。君たちは“特別”な愛し方しか知らない。愛し合うよりも、愛する自分に酔っている」


男の言葉は、復習でしかない。嫌いなのは前からわかっているし、自分が極めて自己満足的な、一方通行の恋愛をしていることは理解している。世間で言うような普通の恋愛など、“特別”な自分達にはできようはずもない。


「一つ訂正するならば」


運ばれてきた煮魚に箸を入れて、令は言った。


「私はキョウを、すり減らすだけでは飽き足りません」

「……君たちは、かわいそうだね」


それから話は、令の婚約者と、草壁の話に移った。多原の父は、令にどうするつもりかと訊いてきたので、今現在考えているプランを話した。彼は令のプランを、一言多いが褒めてくれ、「キョウ君はくれぐれも巻き込まないでくれよ」と釘を刺した。


令は煮魚を食べ切った。骨ごと。






「へぇ! 君がきよう君?」

「えっどちら様?」


なんだかデジャヴである。具体的には、女優さんに似た女の子に会った時みたいな。


両サイドで髪をまとめた少女は、後ろで手を組んで、多原を値踏みするように覗き込んだ。


「ふーん、ザ・普通って感じだね! 問題はぁ、私の好みに合うかどうかだけど、きよう君的にはどう思う?」

「会ったばかりだからわかんないです」

「それもそうかぁ」


けらけらと笑う少女は、「じゃぁ〜」と多原の右手をとった。


「私とデートしてみない? ロッジに行ったり、夜の海で遊んだりさ!」


何かを握ってギコギコする動きをしたり、何かを流し込むような動きをする少女。インドアというよりアウトドア派らしい。なんかキャンプとかやるんだろうな。


多原は、前のデートを思い出してみた。ぽとんと地面に落ちるボール、がたんと溝にはまるボール、採点ラインから逸脱するグラフ。


「下手でも怒らない?」

「何がかはわからないけど怒らないよ。ね、きよう君、車、待たせてあるからさっ。どちら様?」

「あ」


少女に手を引かれて進んでいきそうだった多原は、声を上げた。

目の前には、いつかのバン(おそらく)。そして、いつかのサングラスの男たち(たぶん)。


「お、お久しぶりでーす」 


やばい、これ、報復や。


多原が左手を挙げたと同時、腹パンされてブラックアウト。

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