たかはる君探し
「お前、何やってんの?」
家族で洋食屋に行った次の日、多原は、高校の門の前で校内を覗き見ていた。
そんな多原に、門から出てきた島崎がジト目を向けてくる。普段は図書館に引きこもってるくせに。
「たかはる君を探してるんだよ」
「なんて?」
優しい多原は、島崎に説明してあげたが、聞き返されてしまった。
「たかはる君を探してるんだよ」
「誰、たかはるって」
「知らん。けど、この人が探してるんだよ」
「この人ぉ?」
多原は、隣に立っているおじいさんを島崎に紹介した。この人は、多原のことをたかはる君だと思って呼び止めてきた人である。人違いされた縁だし、せっかくなので多原もたかはる君探しに加わったというわけだ。
「どうだお前も、たかはる君探し」
「人数増えたところで意味があるのか?」
島崎のくせに、至極もっともなことを言われてしまった。
「写真とか、ないんですか?」
「それが、落としてしまって」
おじいさんは、島崎の言葉に首を振った。
そうなのだ。その写真さえあれば一発なのに、それがないから、事態はややこしくなっている。他におじいさんの持ってる情報といえば、この学校に通ってて、たかはるという名前ってことくらい。
一度学校に電話して聞いてみたのだが、昨今は個人情報保護が叫ばれてるから、あんまり意味がなかったようなのだ。
ということで、地道に校門前で、たかはる君を待っていたのであるが、確かに、多原がいたところでたかはる君がわかりようはずがない。あれ、もしかして、俺っていらない子?
「てことで、俺は帰るわ。じゃあな」
島崎は効率的な人間だ。多原にひらりと手を振って、おじいさんに会釈して行ってしまった。
「どうしよう、俺っているのかな?」
「私一人だと心細いから、君にはいてくれると助かるな」
おじいさんが、優しい笑顔で言うのに、多原は目を潤ませた。どっかの島なんとかに聞かせてやりたい。
「それに、この老いぼれが一人で門の前に立っていると、目立ってしまうからね」
「あ、じゃあ俺の祖父って設定にします?」
「ふふ、ありがたいね」
「んんっ」
受験生であるレイ姉ちゃんは、軽く咳払いをして、ちらちらと多原を見てきた。それから、ちょっと別の方向を向いて、
「君は、我が校の生徒だな? こんなところでどうした?」
完全に、他人モードで話しかけてきた。だから多原も、他人モードになる。
「俺の祖父が、たかはるって生徒を探しているんです。何か知りませんか?」
そういえば、レイ姉ちゃんは元生徒会役員。何か知ってるかもしれない。
「知っていたとして、部外者に話すことはない」
レイ姉ちゃんは、おじいさんの方を見て、つんとして言った。おじいさんは肩をすくめた。
「それは、その通りだ。また出直すことにしようか」
「待ってください。部外者じゃなくて俺の祖父ですよ!」
「平然と嘘をつくな。まったく似ていない」
もちろん、レイ姉ちゃんは多原のことを知ってるわけだから、普通に嘘がバレるわけである。レイ姉ちゃんは、多原のそばに歩み寄る。
「今の時代、親切が仇になることもある。覚えておくんだな」
そんな言葉だけ残して、レイ姉ちゃんは行ってしまった。
「たかはる君は見つかりそうもないね。仕方ない。今日は諦めようかな」
日の暮れてきた頃、おじいさんがぽつりとそんなことを言った。その横顔は寂しそうで、多原の胸はきゅうっと締まった。
ーーたかはる君、見つかればいいのにな。
「あれ、どうしたの?」
「人探しをしてるんだ」
校門から出てきたのは、我らがアイドル白川さんである。白川さんは、多原とおじいさんを見比べて、「なるほどね」と笑った。
「私、多原君のそういうところ、好きだよ。どんな人を探してるんですか?」
「たかはるという男子生徒なんだが……」
「たかはる、ですか?」
「ああ。たしか、そういう名前だった。そして今思い出したのだが、君と同じ苗字だった気がするんだ」
「俺と?」
なんてことだ、多原の他にたはらがいたというのだろうか。
ーーそりゃいるよな。たはらなんて、どこにでも転がってる苗字だし。
多原がうんうんと頷いてると、白川さんが相変わらずにこやかに、
「残念ですが、思い当たりませんね。すみません」
ぺこりと頭を下げた。
ということで、たかはる君探しは、たはらたかはる君探しへと前進したわけである。にしても、たはらたかはるって、おんなじ“た”が先頭につくので微妙に語呂が悪い。
「いませんね、たかはる君」
「これだけ探していないということは、別の高校にいるのかもしれないね。ありがとう、たはら君。無駄な時間をとらせてしまったね」
「いえいえ、俺も楽しかったですし。お役に立てなくてすみません」
「そんなことないよ。君がいるだけで、私の気は安らいだ。そうだ、私の孫娘と結婚してくれないか? 本当は、たはらたかはるという男と結婚させるつもりだったのだが、そんなのは糞食らえだ」
肩を掴まれ、何やら捲し立てられる。このおじいさん、糞食らえって言うんだ。
「そうだ、それが良い。君、名前はたはらなんと言うんだね?」
「個人情報なので教えられません」
多原がバツを作ると、おじいさんは「防犯意識がしっかりしてるな!」と気を悪くすることなく笑ってくれた。助かった。
「私の名前は草壁玄四郎というんだ。覚えておいて損はない。もしも怖い人に絡まれた時は、私の名前を使うといい」
「多原貴陽です。みんなには、キョウって呼ばれてます」
「教えて良いのかね?」
「名前を教えられましたから」
「偽名かもしれないよ?」
多原は首を横に振った。大丈夫だ、この人は本当のことを話してくれた。草壁玄四郎といえば、芝ヶ崎でも話題のあの人である。そんな人の名前をわざわざ名乗るなんて、リスクが大きすぎる。
おじいさん改め、草壁さんは、少し困った顔をした後に笑った。
「こんな悪いおじいさんに、簡単に名前を教えるもんじゃないよ」
夕方に出会った少年に気を良くしながら、草壁は門をくぐった。
「あ、おじいちゃんおかえり〜。どうだった、きよう君は?」
跳ねっ返りの孫娘が、制服姿のまま畳に寝そべりながら、漫画を読んでいた。草壁は目を瞬いた。
「きよう君? 誰だそれは。たかはるじゃねえのか」
「もう〜、資料流し読みしてるからそうなるんだよ〜。たはらきよう君。会わなかったの?」
「ああ……会った」
「え? 読み間違えしてたのに会えたの? 何それどんな確率? 天文学的ってやつ〜?」
漫画を投げ出して、畳に手と足をつき、ぴょんっと跳ねた後に、正座をする孫娘。その頬は紅潮している。
「イケメン、じゃないんだよね。ねえねえどうだった? コンクリに詰めたら泣いておしっこ漏らしちゃいそうなひ弱だといいなぁ〜」
「それなんだがな、殺すのはやめにしようと思う」
「はぁあ?」
低い声が漏れて、孫娘が目を細めた。
「とうとう耄碌したのおじいちゃん。きよう君は殺すって得意先との約束じゃん。私、コンクリだってノコギリだって手配したんだよ? フツーの男の子のきよう君の泣き顔、すっごい楽しみにしてたんだけど!?」
「似てる人形ならいくらでも用意してやるから、そいつらを解体するなり埋めるなりして遊んでいろ」
「へぇ、そこまで言うんだぁ」
しまった、と草壁は心の中で舌打ちした。庇いすぎて、逆に興味を惹いてしまった。孫娘は、ニンマリと笑う。
「だったら私も、きよう君見てこよーっと!」
『……ってことみたいだよー。どうするレイにゃん。殺す? 殺す?』
「ああ、殺すに決まってるだろう」
婚約者殿には、少々早いが御退場願おうか。




