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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
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いつも撮影しているみどり町、から少し離れた、ビル群。いつぞやか多原とデートした少女は、ぎりぎり売れっ子女優のプライドを捨てきれない、かといって派手ではない服を着て、男を待っていた。


縁のある眼鏡に、キャップを被り一応の変装をしているが、少女のことをちらちらと見る人間は多い。ついさっき、朝のニュースに出ていた顔だ。少女は、キャップの庇を下げて顔を隠した。


ビルに入っていく人たちの邪魔にならないように、入り口から少し離れたところで、コンクリートをブーツの足先で蹴りながら待っていると。


「やあ、待ったかい?」


少女は顔を上げた。目の前には、仕事帰りであろう、スリーピースのかっちりした紺色のスーツを着ている男が立っていた。間違いない、少女の待ち人である。


男は、「じゃあ入ろうか」と言って、入口の自動ドアを指差した。少女は頷いた。




「女優さんはすごいね。テレビで見るのとは全然雰囲気が違う」


エレベーターに二人きり。朗らかに笑う男に、少女は「恐縮です」と返事をする。あまり会話は弾まない。そうこうしているうちに、チンと音が鳴る。目的の場所が、あまり高層階になくて助かった。


エレベーターのような密室に二人きりよりかは、こういった、人がいる飲食店に二人で座っている方が何倍も楽だ。


窓際の席で助かった。いざとなったら、窓から見える風景を見てました、で乗り切ろう。運ばれてきた水をこくこくと飲んで、少女はそう思った。なんだか頰が熱い。 


「さて、スダカミハルさん」


ごく普通に、少女の本名の方を言って、男は少女にメニューを渡した。自身もメニューを開く。


「何でも好きなものを頼みなさい。今日はおじさんが奢ってあげよう」




深春(みはる)が選んだのはナポリタン一つ。


「それだけで良いのかい? 遠慮しないでいいんだよ?」


訝しげに言う男に、深春は女優スマイル。まさか、『貴方と早く別れたいからです』と言うわけにはいかないからだ。もうラーメンみたいに啜って帰りたい。


「じゃあ私は、チーズハンバーグにしようかな」


と、男が注文を確定するまでには、かなりの時間がかかった。なぜなら、あれは美味しそうだの、これは喜びそうだのと余計な話を延々としていたからである。はよ選べやという店員さんの視線に晒されたことは関係あるのかわからないが、ようやく男が選んだのがチーズハンバーグだ。


結局、深春の前には、ナポリタンとシーザーサラダ、コーンポタージュ、それにコーヒーが運ばれてきた。早く食べて帰ることは絶望的だ。


ハンバーグを切りながら、男が微笑む。


「なんか、これってパパか」

「ではありませんから。断じて」


和ませようとしてかわからないが、危ない単語を喋ろうとする男に、深春はまじめに答えた。


「冗談冗談。私に下心は一切ないから安心して。あ、ハンバーグ美味しいなあ。ナポリタンはどう?」

「……美味しいです」 


さすがはお高い洋食屋のナポリタンだ。トマトの酸味とほのかな甘みが程よく麺に絡まっている。


「それはよかった」


男は、微妙な表情をしている深春を見て笑った。




食事の手を休めて、深春は窓から見える歪な景色を見下ろした。


すぐ下に見えるのは片側二車線の道路で、こんな地域に似合わない、自動車がひしめいている光景が見える。すぐ行けば片側一車線、それから一本道になるのに、あんなに多くの自動車が押し寄せたら、渋滞になってしまいそうだ。


その道路とビル群のすぐ向こうには、住宅地が広がっている。明らかに設計がおかしいこの地域は、金持ちがいるから固定資産税とか都市計画税とか搾り取って街を発展させようぜ計画の成れの果てである。


当時の市長が打ち立てた計画は、まずゼネコンの入札の時点で頓挫した。見栄を張りたい各家が各ゼネコンに働きかける有様で、そのうち反社会的な人々も参戦して、続けるのがやばい事態になったとか。それでも、当時の市長の執念で、この区画だけは中途半端に都会化したというわけだ。


なんて、深春が街の発展を憂い、現実逃避していると。


「深春ちゃん?」

「あ、すみません。外を見てました」


不満げな男の声が聞こえて、深春は現実逃避から帰ってきた。すでにハンバーグを食べ終えて、デザートのミルクレープを食べている男が、「これも好きそうだよね」とだらしなく表情を崩して言うのに、中途半端に頷く。ちなみに、深春のぶんのデザートはまだ運ばれてきていない。男は少々食べるのが早いのだ。


「不思議なところだよね、ここは」


さきほどまでのだらしない表情を消して、男は深春と同じように窓の外を見た。


「当時の市長は、あんな人達相手によく頑張ったと思うよ」


深春は、びくりと肩を震わせた。低い低い男の声は、まだ成人していない深春を脅かすにはじゅうぶんだった。


「ここが唯一、土地の権利が絡まずに確保できた場所なんだってね。いやあ、お金持ち同士の争いは醜いね」


実感を込めて、男は言った。


「ね、そうは思わないかい。須高家のお嬢さん」

「はい、おっしゃる通りです」


いったい、どんな手段で深春のことを知ったんだろう。


ーーもう、一線からは退いたと聞いたけど。


それでも、この情報収集能力とは、恐れ入る。さすがは、芝ヶ崎本家の後継を退かせた男である。


窓から目を離して、男は、深春へと視線を注ぐ。


「もしも、キョウ君を利用しようというのなら、許さないからね」











「それでね、キョウ君はチーズハンバーグが好きそうだなあって思って味見してきたけど、キョウ君が好きそうな味だったよ。今度の日曜日に皆で食べに行こうか!」


多原は父が苦手である(二回目)。珍しく早く帰宅していた父の猛攻撃に遭い、学校帰りの多原はげっそりしていた。


本家は本家で精神を削られるが、自分の息子のことを愛称で呼び、甘やかしべったりな父にも同じくらいに精神をやられてしまう。たぶん、この父はモンペと呼ばれる人種である。


「一人で食べに行ってきたの?」

「会社の人と一緒だったよ」

「ふーん」


多原のつれない態度にも、父は気にすることもなく、ペラペラと手帳をめくって。


()()()()()()()()はまだまだあるんだ。キョウ君の舌に合うか、順番に、味見をしていくつもりだよ!」

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