切り札
ーーあのイセマツヤの広報、一体何者だ?
名乗りながら、新山は、訝しく思う。
昨夜かかってきた一本の電話は、例の広報からの電話だった。この時間帯、この住所で待っていれば、面白いことを聞けるという話。半信半疑で待っていたが、まさかまさかの大当たり。
「ててて、テレビあかつきって、あの……!?」
興奮を隠しきれない男子高校生その二が、きらきらした目でこちらを見上げてくる。悪い気はしない。新山は、「そうだよ」と頷いた。
男子高校生その二が、男子高校生その一のことを見て言う。
「うわぁーっ、すげえ! プロデューサーって、こんなところにも来るんだな島崎!」
「嘘だろお前……」
男子高校生その一の台詞は、新山の心の声と寸分違わなかった。嘘だろ、この話の流れで“偶然”を考えてるのか。
島崎と呼ばれた男子高校生その一は、ちらりとこちらを見た。
「こんなもん、仕組まれたに決まってる。伊勢の仕業だよ」
「えっ、まじで!?」
なるほど、やっぱり話が早いのは、島崎の方らしい。新山は、島崎の方に向いた。
「その、伊勢というのは?」
「あー、イセマツヤの御曹司ですよ。伊勢隼斗。俺らと同じ高校で、サッカー部に入ってて、誕生日は……」
必要以上に個人情報を話してくれる島崎。どうやら、伊勢という少年を売ることにしたらしい。妙にその表情は生き生きとしている。
島崎は手短に、どうして塹江小穂のことを話していたのかを教えてくれた。
彼らは、驚いたことに、ドラマのファンなのだという。製作中止になってしまったセカンドシーズンの話をしていたら、伊勢がその裏話を話してくれたのだとか。
「それだけの話ですよ。俺たちは、野次馬根性で塹江小穂って人を探そうとしてたんです」
「ふぅん、成程」
まあ、それだけではないだろう。
男子高校生その二に向き直る。
「あっ、てことはもしかして、貴方が伊勢の言ってたプロデューサーさんですか!?」
理解が追いついたらしいその二が握手を求めてきたので、新山は快く応じてやる。ちょろそ……善良そうな少年に、新山は精一杯の爽やかスマイル。
「君は、どうして伊勢君がホシデカ二期の裏話をしてくれたのか、心当たりはある?」
「おいアンタ」
そして、そのちょろさをわかっているらしい島崎は、不機嫌そうな声を出した。
「えっと、たぶん、俺たちが関係者だからだと思います!」
「おい多原ぁ!」
とうとうその二の名前を呼んでしまう島崎は、頭を抱えていた。かわいそうに。多原は、「いやでも、この人困ってそうだし」とモゴモゴ言っている。
「ホシデカのプロデューサーさんならさ、情報を共有しておいたって、損は無いんじゃないか?」
「さっきから言ってんだろうが、触らぬ神に祟りなしなんだよ。ズブズブズブズブ深入りしようとしやがって」
ぜー、はー、と肩で息をする島崎。どうして伊勢隼斗は、この多原という少年を巻き込んだのだろうか?
ーー仮に、何かにたどり着いてほしかったとして、要るのはこの島崎ってガキの方じゃないか?
などという新山の考えを、島崎も読んでいたのか。
「あー、こいつは、偶々いたから巻き込まざるを得なくなっただけっていうか」
と、もっともらしい話をしてくれた。しばらくして、多原を制止した島崎の方が、口を開く。
「……伊勢が言うには、塹江小穂っていうのは、芝ヶ崎の関係者らしいんです」
芝ヶ崎。同期のアレが頭に浮かんで、新山は噴き出しそうになった。島崎は、多原の方を見て。
「コイツが関係者だって言ったのは、そういうことです。同じ一族だったら、知り合いがいるんじゃないかって、伊勢は睨んでるみたいですよ。でも、なかなか見つからなくて。もうやめようぜって話してたんですよ」
そこに、新山が通りかかった。
「伊勢としては、塹江小穂の正体が本当に知りたくて、俺たちとアンタを出会わせたんでしょう。発破かけようとしたんじゃないですか」
「だから、“伊勢の仕業”か」
新山は、顎に手を添える。
少年のような不遜な声。あのイセマツヤの広報は、伊勢隼斗本人だったのではと、新山は思った。
島崎は、肩をすくめる。
「だから、俺たちはこれ以上お役に立てません。すみませんね」
「ああ、いや、呼び止めてすまなかったね……」
なんだか拍子抜けして、新山は、車に戻って行こうとした、その瞬間である。
「おい新山、どこほっつき歩いてんだ、もう会議始まっちまうぞ……えっ、なんで島崎の坊がここに!?」
車の音がして、たった今考えていた同期が現れた。タクシー飛ばして、枕崎が新山を探しに来たらしい。
ていうか、島崎の坊? 島崎は、結構有名な家の子なんだろうか。
「ていうか、そっちにいるのって、まさか……」
ぐいっ、となぜか新山の方が胸ぐらを掴まれる。鬼気迫る顔をした枕崎は、「お前、死にたいのか!?」とひそひそ声でドスを利かせてくる。
「は? 何言ってんだ、お前」
「惚けるんじゃねえよ、諦めろって言っただろ。なんでここに、亘様のご子息がいるんだよ」
「いや誰だよ亘様って。って」
待てよ。
基本人のことを尊敬できないコイツが、こんなにも謙虚な呼び方をするのは、あの一オクターブ高い電話の相手しかいない。
ーー待てよ、待て、落ち着け素仁。
とある結論が、新山の頭を駆け巡る。
ーー島崎一人で良いものを、なんで多原を巻き込んだのかを考えてたが。
そもそも、その疑問を浮かべるところから間違っていたとしたら? つまり、多原が、巻き込まれたってところだ。
『偶々いたから巻き込まざるを得なくなっただけっていうか』
島崎の方を睨むと、睨み返してきた。新山は笑った。先に嘘を吐いたのは、そっちの方じゃないか。
ーー巻き込まれたのは、島崎の方。俺の認識を歪めるために、島崎は話のわかる奴のふりをして、俺から多原を遠ざけた。
島崎は、最初からわかっていたのだ。自分の方こそオマケだと。だから、わざと囮になった。
「あああ、あの、お父様によろしくお伝えください……!」
「? 取引先の方ですか? こちらこそ、父がお世話になっております」
気持ち悪いムーブをする枕崎はおいておいて。深々とお辞儀をする多原は、新山と島崎のピリピリした雰囲気に気付いていない。
「だからか……」
だから、伊勢は、多原を巻き込んだのだ。
脳裏に蘇るのは、テレビ局の地下駐車場で、刃物を突きつけられた出来事。そして、高速で枕崎が口にした言葉。
『そうじゃない。モ、あの人の息子の方を、いたく気に入ってるって噂なんだよ』
……伊勢隼斗が多原を巻き込んだのは。
見えた光明に、新山は、拳を握り込む。
ーー草壁夕雁への、切り札にするためだ。




