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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
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再会

「きな臭え」


多原はワクワクした。下校途中、隣にいる島崎が、人生で一度は聞いてみたい台詞を口にしたからだ。


「伊勢のことだよ。多原、お前も思っただろ?」


しかも、相手が何も言ってないのに答えを教えてくれるやつだ! 多原はうんうんと頷いたが、それは同意と取られたらしい。


「やっぱり、おかしいよな。なんで伊勢は、芝ヶ崎律と繋がりがあるのに、俺たちの方を頼ったんだ?」

「あっ、確かに」


うんうんと頷いていた呑気な多原は、口を大きく開けた。たしかに、きな臭いしおかしい。


さきのレイ姉ちゃんの結婚式の騒動で、多原は、伊勢君と律さんを引き合わせた。わざわざ多原たちを頼らなくても、塹江さんという脚本家の情報は手に入るはずだ。というか、本家の人に頼るのが、一番の近道とも言えるだろう。


それなのに、多原たちを頼った。わざわざ遠い方を選んだのだ。


「もちろん、芝ヶ崎律に既に頼んだ後なのかもしれねえ。俺たちは保険ってことも考えられるが……」

「島崎の家のことをすごく信用してるとか」


なにせ、島崎という家はなんかこう、データベース的な感じらしい。それなら本家よりワンチャン早く塹江って人にヒットすると思ったとかじゃないだろうか。


「それなんだけどよ。塹江小穂って脚本家は、芝ヶ崎にはいねえんだわ。まあそれも、伊勢を疑ってる要因なんだけど」


昨日の今日で、島崎はもう調べ終わったらしい。肩をすくめながら言う。


「ペンネームだからヒットしないっていう可能性もあるが……島崎の目を掻い潜ることができる人間が、そうそう居てたまるかよ」


島崎が島崎と言う時は、大抵は自分の家を指している。唐突に一人称が変わったわけではないのだと、多原は最近気付いた。そして、そのときだけ、エロ本島崎君は旅に出てしまう。


「じゃ、塹江って人は芝ヶ崎の人じゃないってことか?」


島崎は多原の問いに頷いた。


「まだ決定事項ではないけどな。俺はそう睨んでる。伊勢はそれを知ってて、俺たちを巻き込んだ。それを確かめる術はないけどな」

「いや、術ならあるんじゃないか?」

「え?」




「そういうわけで、また来ました!」

「来たんだね」


本家にて。扇子を広げた律さんは、ちょっと疲れたような顔をしていた。


「貴陽君。君はもう少し、下位の家の者の自覚を持った方が良い」

「はいっ、自覚してます!」


それはもう。多原はゴミムシであることを自覚しているが、それとこれとは別である。横に座って微妙な顔をしている島崎を指差す。


「だけどほら、島崎がいるからセーフかなって」

「どういう理論なんだそれは」 


なんてことを言ってる律さんだが、なんやかんやで多原たちを本家に入れてくれて、お茶まで出してくれている。


「それで、塹江小穂という脚本家の話だね……確かに、伊勢君は電話で、その人物のことを私に聞いてきたよ」

「おおっ」


多原は前のめりになった。ということは、伊勢君は手当たり次第に芝ヶ崎関係者を当たっているということだろうか?


「そ、それで律さんは、塹江小穂って人に覚えがあったんですか?」

「いいや、無いよ」


多原はいそいそと前のめりになっている姿勢を直した。


「だからこそおかしいんだ」


ぱしっ。扇子を閉じて、律さんは鋭い目を島崎の方に向ける。


「私も。島崎の家の人間も、その脚本家に辿り着けなかったのに、伊勢君はどこで、芝ヶ崎関係者という情報を得たんだろうか」

「た、確かに!」


言われてみれば。芝ヶ崎のトップと情報通をして、何の情報もつかめないのに、伊勢君はどうして、塹江小穂を芝ヶ崎関係者だと知っているのか。


その噂を教えてくれた人の方が、塹江小穂って人に詳しいんじゃないんだろうか? 


「一歩前進です! 律さん、ありがとうございます!」


がばっと頭を下げると、律さんはにこにこ読めない笑みで言った。


「礼には及ばないよ。伊勢君にその情報を教えた人間、見つかるといいね」




「見つかるわけないだろ」


律さんと別れて、本家の廊下を歩いていると、島崎が舌打ち混じりにそう言った。


「本家もわからねえ情報を知ってる謎の人物? そんなの、いるわけがない」

「でもほら、遠いところにいるからこそ、見えてくるものがあるかもしれな……あっ、やっぱ今の話ナシで」


それこそ、多原は伊勢君と陰謀論について話した時に言ったのだ。「どう考えても核心に近い人間の方が知ってるのに、俯瞰して見てる方が全容を知ってるって思っちゃうんだよね」とかなんとか。


「多原?」


道ゆく使用人の人々に冷たい目線を送られながら、多原は一人消沈した。とぼとぼ歩いていると、島崎の背中に激突した。たたらを踏む。


「あら、大丈夫ですか? 貴陽様」


優しい声音。長い髪の、レイ姉ちゃんに雰囲気が似てる女性に、多原は笑顔になる。


「みたまさん、お久しぶりです!」




「何の用っすか、俺ら、帰るんですけど」


島崎がぶっきらぼうに言うのを、多原は、ハラハラしながら見ていた。


せっかく、久しぶりに会って話をしようと思ってたのに、どうやら島崎はみたまさんのことが嫌いらしい。


「御用は特にありませんが……見知った方々がいらっしゃったので、話しかけてみただけですわ」


くすりとみたまさんは笑った。


「今日は、巳嗣さんも来てるんですか?」

「……ふふっ」


みたまさんは、巳嗣さんの従者的な人である。だからそう聞いてもみたのだが、みたまさんは、不思議な笑みを深めて。


「私、巳嗣様のお世話係を、解雇されまして」

「えっ」


多原はびっくりした。お世話係を解雇!? だったら今のみたまさんは、職がない状態なのだろうか。


「だ、大丈夫なんですか、ご飯とか食べれてますか?」

「ええ、すぐに、次の働き場所が見つかりましたから」

「多原、行くぞ」


島崎が多原の袖を引く。みたまさんのそばを通る時、低い声で唸るように言った。


「ウチの目から逃れられると思うなよ」






早足で歩いていく二人を見送って、芝ヶ崎式は笑みを解いた。


手塩に掛けて育てたお人形さんの糸を、ぷつんぷつんと切った少年は、あんまり好きじゃない。式に攻撃的な態度を取る島崎よりも、懐っこい多原の方が、よっぽどやりにくいのだ。


式は、自分の手足を見て、次に空を見て、そう思った。


二人が来た方向に歩いていく。障子を開ければ、かわいそうな長男が、座して待っている。 


「さあ、律さん。ご報告を、聞きましょうか」

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