出来レース
「よっ、おつかれ」
パーテーションで区切られた簡素な応接室に行くと、先に席に座っていた男が、椅子をガタリと鳴らして立ち上がり、新山に小さくお辞儀をした。
「あ、あの、お時間とらせてすみません、本日は、お会いしてくださって、ありがとうございます……」
席に座り直した男は、小さな声でボソボソと呟くように言った。スポーツでもやってそうな体格の良さに加え、どこかの雑誌の表紙でも飾れそうな男前。それに反して、この男はあまりにも自信がなかった。
新山は、「相変わらずだな」と思いつつ、営業スマイルを浮かべる。
相手に対してぼそぼそ聞き取れない声で喋って時間を浪費させるヤツは、どこの業界に行っても門前払いにされる。実際、新山もそういうのは嫌いだ。
だが、ここーーテレビ局にあっては、そんなのは“個性”に分類される。ここは才能がものを言う世界だからだ。あと、コネもあるけど。
才能で言えば、目の前の男は一級品。だからこそ、新山は彼を丁重に扱う。
「そんなそんな。今をときめく塹江先生自らテレビ局に足を運んでくれたんですから、お礼を言うのは俺のほうですよ」
「実は、ホシデカの続編のプロットを持ってきたんです」
そう言って、塹江はカバンの中から分厚い紙束を取り出した。おそらく、続編の全てのプロットだ。
ーーこいつ、一期の時は締め切りギリギリだったくせに……。
サングラスの下で半眼になる新山。勿論口元は常に笑みを維持している。
まあ、一期の時の経験が生きていると思おう。そうしよう。
紙束を受け取って、新山はぱらぱらとページをめくる。ざっと目を通して、目を瞬く。
「今回は、一つの事件を前面に出していくんですね」
「はい。一期の時は、ところどころに右往の暗躍を忍ばせていたんですけど、今度は最初から、一つの事件を視聴者に見せていこうかと」
「うーん」
一期とテイストを変える。それは大きな賭けである。新山は顎に手を当てた。
ホシデカが受けたのは、現代人のスタイルに合っていたからだ。一話完結だから、さくっと見ることができる。考察要素は匂わせ程度。一話見逃しても大丈夫な、忙しい現代人向けドラマ。
この二期の脚本は、その良さを潰している。一話一話の完成度は相変わらずだが、考察要素が邪魔して、“一見さん”を拒否しているのだ。
「発想は面白いけど、これじゃ、視聴率は取りにくいかなー。そもそも、この最後の事件だけ毛色が違うよね。こういうのは中盤にやっといてーー」
「それじゃ、ダメなんです!」
「うお」
机をぶっ叩いて、塹江は大きな声を出した。パーテーション向こうの人間たちがざわざわしている。塹江は、「すみません」と言って俯いた。
「最後の事件は、この作品で、俺が表現したかったメインテーマなんです」
「はあ」
新山は困ってしまった。よくある話だ。書きたいものと、求められているものが違うというのは。
最後の事件は、ホシデカにしては熱血さに欠けているビターエンド。これが最終回なのは、話題にはなるだろうが、ホシデカというドル箱コンテンツの寿命を縮めることになってしまうだろう。
「お願いします、新山プロデューサー。この作品が世に出たなら、俺は死んだっていい」
低く、低く地に落ちた声。塹江小穂という男は、時折闇をのぞかせる。だからこそ面白いものを書けるんだろうなと、新山は思っている。
ーーこいつ、本当に死ぬんだろうな。
そう思わせる気迫だった。俳優に転向しても稼げるだろう。
新山は、溜め息を吐いた。
「わかった、会議にかけてみる。期待はしないでくれよ先生」
「ありがとうございます。これでダメだったら、別のものを書くまでです」
「ホシデカじゃなくて?」
「それでは意味がないので」
不思議なことを言う塹江。新山より若いのに、彼は妙に達観しているところがあった。
新山は特段、塹江の過去に突っ込むことはなかった。芸能界にはそういう連中はわんさかいる。新山より頭何個分低いあの女優だって、後ろ暗い過去を持つともっぱらの噂だ。
だから、その時の新山は、塹江の言動を気にも留めなかった。気に留めるべきだったのに。
「おい、出来レース」
企画会議が終わった後、新山の背中に声が掛けられる。振り向くと、同期の枕崎が機嫌悪そうに立っていた。
「お前、ふざけんなよ。同時間帯で視聴率トップとはいえ、視聴率カスのホシデカがセカンドシーズンだ?」
「おうおう枕崎。残念だったな、お前イチオシのアイドルグループの企画が通らなくて」
「ふん、ジャブ入れただけだよ。本命はとってあるんでね」
こんな会話をしているが、新山と枕崎の仲は良好である。
「死ね、コネ野郎」
「お前に言われたくないわ」
そう言うと、枕崎がぼりぼりと頭を掻いた。
「そりゃそっか。まあ、ホシデカは視聴率カスだけど、脚本にかけては一級品だったもんな。プロデューサーが悪かっただけで、もっと良い売り方あったろうに。俺なら、塹江先生を雑誌やテレビ取材に駆り出して女人気を獲得するね」
ドヤ顔で語られたところ悪いが、それは、新山も検討していたことである。
「それがさあ、塹江先生、人前に出るの嫌いでさあ」
文章での受け答えは許されるが、それ以外は基本NG。本人曰く「ボロを出さないため」らしいが、あの容姿で得られる恩恵の方が、ボロとやらよりもでかいだろう。
「ていうか、お前あの企画なに? 枕崎のくせに、手抜きしやがってよ」
何が出来レースだ。新山のライバルであり同期の枕崎は、いつもと違ってキレがなかった。枕崎以外もそうだ、敏腕と呼ばれるプロデューサー達が、揃いも揃って穴だらけの企画を出してきた。
おかげで、いちばん見栄えの良いホシデカ二期が編成局のお偉いさんの目に留まったわけだが。
「うるせえ、ジャブって言ってんだろ」
枕崎は不機嫌だった。というか、なにか、焦っていた。
「あ」
枕崎のスマホから着信音が鳴る。枕崎は、ワンコール(と言っていいかわからないが素早く)で取った。くるっと、新山に背を向ける。いつもより一オクターブ高い声。
「きも」
「るっせえな、あ、こっちのことですすみません。はい……はい、言われた通りにしておきました! いやあ楽しみですね、息子さんの喜んだ顔が! え、いや、気にしないでくださいよぅ。たった一回の会議で俺の評判は落ちませんから。それよりこうしてお役に立てて嬉しいです……はい! ではまた」
「きも」
通話が終わった後にもう一度同じことを言ってやると、枕崎が「あ゛!?」と睨んでくる。電話より一オクターブ低い。
「おい枕崎、お前、やったな?」
あの電話で全ての謎が解けた。枕崎は、わざと企画のキレを落としていたのだ。そしてこの男の恐ろしいところは、他のプロデューサー達の企画にも手を出していたこと。
枕崎は、悪気もなく言う。
「やってねえよ。アイツらが考えそうな脚本家とか俳優とかロケ地とか押さえて、ベストを尽くせねえようにしてやっただけだよ」
「それをやってるって言うんだよ」
ドン引きだ。こいつにそこまでさせる電話相手は、一体誰なのだろうか。
「ともかく、良いか新山。ホシデカをクソドラマにしたら殺すからな? 駄作で終わらせてみろ、モンペがテレビ局に乗り込んでくるぞ」
「それは怖いことなのか?」
聞くと、枕崎は無言で頷いた。おしゃべりなこいつを黙らせるモンペとは一体誰なのか。というか、電話では尊敬してたのにモンペ扱いとか笑える。
そんな新山の心中を悟ってか、枕崎は暗い顔で笑った。
「尊敬しててもそこだけは尊敬できねえんだよ。わかるか新山。俺たちを救ってくれた英雄が、ただのモンペだった時の悲しみが……」
「いやまったくわからねえよ」
そんなこんなで、新山のホシデカセカンドシーズンは緩やかにスタートしていた。
「貴方のドラマさぁ、この世に存在して良いモノじゃないよね?」
とんでもない美少女に、車内で刃物を突きつけられるまでは。




