脚本家
島から帰ってきてすぐのことだった。
ある日の昼休み。多原は、スマホを片手にぶるぶると震えていた。
「し、島崎……これ、現実だよな……?」
「ああ。現実だぜ多原。夢じゃない、現実なんだ……」
島崎自身も、信じられないというふうに、半ば夢でも見ているようにそう言う。多原は、何回か瞬きした。スマホの画面は変わらない。
ぐっ、とガッツポーズをつくる。
「まさか、ホシデカのセカンドシーズンが、製作決定するなんて……!」
ホシデカとは、ドラマ『星の刑事様』の通称である。
このドラマは、多原と島崎が、放送翌日に感想を言い合うほどにどっぷりと浸かった刑事ドラマだ。一話完結型で、さくっと観れるのが特徴だが、単話単話で、最終回への伏線が散りばめられていたのである。
一話の完成度と、話が進むにつれて多くなっていく考察要素が人気を呼び、視聴率はうなぎのぼり、というわけだ。
「いや、それにしてもはええな、二期決まるの」
「最初っから決まってたとかかな」
「それならファーストシーズン終わりに告知出さないといけないだろ」
「たしかに」
ファーストシーズンを見終わった視聴者をそのままセカンドシーズンに誘導。これが一番良い気がする。
「もしかしたら、誰かの鶴の一声で決まったのかもな」
島崎がそう言うのを聞いて、多原はこの日本の、地球の、太陽系のどこかにいる誰かさんに感謝した。ホシデカが、誰かさんの目に留まってくれて良かった。
「なあなあ島崎、劇場版、絶対見に行こうな」
「おいおい、まだ映画化は決まってないぞ多原」
「お前も“まだ”って言ってんじゃねえか」
「まあな!」
などという会話をした、その、一週間後。
「し、島崎……これ、現実、だよな……」
「ああ。現実だぜ多原。夢じゃない、現実なんだ」
重苦しい雰囲気が、多原と島崎を包んでいた。
多原の持ってるスマホの画面には、ホシデカセカンドシーズン製作中止のニュースが映っている。
「なんでぇ」
がたんっ、と音を立てて、多原は机に撃沈した。
「おい多原ぁ、食当たりか? 拾い食いすんなよなー」
ちょうど通りかかった伊勢君が、心無い言葉を掛けていく。
「今時どこで拾い食いすんだよ、伊勢の奴め」
むくれた多原は顔を上げ、しかし、島崎が何か小さな紙片を持っているのを見つけた。
「島崎、なにそ」
「なあ、多原」
多原の疑問を遮る島崎。
「もしかしたら、ホシデカの製作中止にはーー陰謀が、隠されているのかもしれないぜ」
「今更だけど、貸し会議室ってこんなにぽんぽん使って良いものなの? 五百円とか払った方が良いかな」
「それはもはや払わない方がマシなレベルだろ。俺は御曹司だから良いんだよ」
呆れたような顔をした伊勢君が、多原の質問に、椅子に座りながら言った。
なぜ、多原たちが、イセマツヤ系列の貸し会議室にまた集合しているか。それは、昼休みに多原の食当たりを疑った伊勢君が、島崎宛てにメモを握らせたからである。
「お嬢様がいるんであんまり目立った行動はできなかったからな。良い機転だったぜ島崎」
「はいはい、ありがとーさん。んで? このメモにある、“製作中止は脚本家のせい”って文言はなんなんだよ?」
「えっ、そんなこと書いてあったの?」
多原はびっくりした。
「それって、ホシデカのこと?」
伊勢君は頷いた。腕を組んで語り出す。
「ウチの系列会社がホシデカのスポンサーをやってた。セカンドシーズンもウチにお願いしますとテレビ局から言われてたのに、昨日、製作中止にしたって連絡が来た」
「昨日には、関係各所はわかってたってことか」
島崎が顎に手を当てながら言う。「で、今日ニュースが発表されたと」
「あまりにもおかしい話だから、ウチの会社のモンもプロデューサーを詰めたらしくてな。長々とした話の中で拾えたのが、“脚本家のせい”って言葉」
「脚本家の、せい……?」
多原は、ぽかんとしてしまった。隣に座る島崎と顔を見合わせる。あの神脚本を書いた人が、ホシデカセカンドシーズン中止の原因ということだろうか?
「なんかヤな予感がしてきた」
顔を歪める島崎。多原は逆に、ワクワクしている。なんやかんや言って、陰謀が好きなので。
「なんで俺らにそれを教えるんだよ、情報漏洩だろ」
「なに、簡単なことだよ」
伊勢君はプロジェクターに、とあるものを映し出す。ホシデカファーストシーズンのホームページ。そして、そのスタッフクレジット。
わっるい笑みで振り返って。
「ホシデカのメイン脚本家は、芝ヶ崎の関係者って噂があるんだ」
「ウチとしても、視聴率がうなぎのぼりだったホシデカは捨てがたくてな。あわよくばお前らが原因突き止めて、セカンドシーズンを作らせようってわけだ」
「多原を巻き込んだわけは? 俺一人だけで良いだろ」
不機嫌全開の島崎。
「どうせほっといても巻き込まれるだろ」
「そりゃそっか」
伊勢君の言葉に、険を和らげる島崎。今度は多原が不服を示す番だった。
伊勢君は、ひらひらと手を振る。
「じゃあ頼むぜお二人さん。俺のために働いてくれや」
『ホシデカのメイン脚本家は、塹江小穂っていう名前。ホシデカ以前に担当してる作品はない。変名だったらわかんないけどね』
重々しい人魂を纏わせている木通しをんがそう言う。彼女もまた、令の可愛い後輩のように、ホシデカ……『星の刑事様』のセカンドシーズンが潰れたことに憔悴しているのである。
まあその理由が、「ホシデカを見た時のキョウ君の反応が見れなくなる……!」ということなのだが。また、スマホをハッキングするつもりなのだろうか、この女は。
多原の反応が見たいという執念だけで、彼女は、テレビ局内のやりとりも入手したらしい。同時並行で、あの島についてのことも調べてもらっているのだが、彼女によると、「テレビ局の方がラク」なのだとか。
そんなわけで、手に入った文書というのが、塹江小穂という脚本家の不祥事というわけだ。
『表向きは、脚本家の塹江がなんらかの不祥事を起こして、セカンドシーズンが取りやめになったことになってる。でも、実際は違う』
多原好みの陰謀を騙る時のように。しをんは、少し重々しい声で。
『問題になったのは、セカンドシーズンの脚本の方。まだ世に出ていない脚本が、何者かの逆鱗に触れて、セカンドシーズンは幻となった……』
風に炎が揺れている。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい。私の大好きな人、生きかーえれっ」
明るい声音で、少女は紙束を火に焚べる。業火はすぐに、紙束を灰に変えていった。
完全に、文字たちが消えたのを確認してから、少女は振り返る。
「あの芸能人に気を取られてたらコレだよ。まったく、どうしてみんな、あのことを掘り返そうとするんだろーね?」
靴底で、灰を踏み躙る。ぐりぐりと、何度も、何度も。
「あのことに踏み入る人間を、私は絶対に許さないよ。邪魔な人間は、みーんな、殺そう。須高も、塹江も、伊勢も、花蕊も、それからあの人も。みーんな、ねっ?」
風に炎が揺れている。そして、彼女のツインテールも揺れていた。




