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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
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違和感

「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい……」


指先をくるくると動かす。昔、アニメで見た魔法少女のように。奇跡が起きると良いなぁ、なんて。


そう思いながら、力の入らない指先を、くるくる回す。


「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい。私の大好きな人、生きかーえれっ」











生徒会長樋口紫苑(しおん)は、全校生徒の憧れの的である。


一年生でありながら、選挙にて得票数ぶっちぎりで生徒会長になった彼女は、規定に引っかからないように艶やかな黒髪を伸ばし、凛とした表情で、校内のさまざまな問題ごとを解決している。


恵まれた美貌に、研ぎ澄まされた頭脳。全てを持っていると言っても過言ではない彼女はしかし、弱者に優しく、問題解決の際には見事な大岡裁きをやってのける。


今日もまた、樋口が廊下を颯爽と歩くのを、生徒たちは羨望の瞳で見つめていた。


だが、どこか様子がおかしい。


「……っ」


ふらり、と樋口の体がよろめいた。周りの生徒がどよめき、悲鳴さえ上がるが、樋口はなんとか、自分の力で体勢を立て直したようだ。


ちなみに、樋口の体を支えようと動いた生徒も何人かいたが、体に触れるのは恐れ多いと思い直し、その場から動くことはできなかった。崇められるのも難点である。


「皆さん、ご心配をおかけしてすみません」


スーパー生徒会長樋口紫苑は、自分に向けられた心配を見て見ぬフリをしない。きちんと受け止めて、向き合ってくれる。


「実は、昨日から心配事があり、眠れていなかったので。ただの睡眠不足です」


恥ずかしそうな笑みを見て、周りの生徒は思わず心臓を押さえた。そして安堵した。ただの睡眠不足。我らが樋口会長を悩ませるものとは、果たして何なのか。


「あっ、べつに、大したことではないので」


スーパー生徒会長樋口紫苑は、自分に向けられた心配を以下略。お人好しな彼女が、皆を心配させまいと口を開いたそのときーー。


「昼休みはまだ時間があるな、君は保健室では眠らなさそうだから、生徒会室に行こう」


有無を言わさず、樋口の肩を抱いて言ったのは、前生徒会長である芝ヶ崎令。樋口は目を瞬かせる。


「れ、令先輩っ!? だ、大丈夫です、私っ……」

「君が元気じゃないと、生徒が不安になるだろう」

「うっ……」


愛する生徒のことを人質に取られた樋口は、すごすごと令の手をとって歩いていく。


周りの生徒は、新旧生徒会長の仲睦まじさを認識するとともに、やはり樋口の隣に立てるのは令しかいないと思い直すのであった。






「あ、あの、令先輩……生徒会室を仮眠の場所に使うのは、ちょっと……」

「言っただろう。生徒に元気な姿を見せるのも、会長の仕事のひとつだ」


令と、後輩の樋口は生徒会室のソファに向かい合って座っていた。樋口は、両足を揃えて、あわあわと手を振っている。令は、「ふ」と笑った。


「スーパー生徒会長も形なしだな」

「ふ、不名誉なあだ名です」


樋口は、かあっと頬を赤くした。袖で顔を隠すようにする。


「良いじゃないか。“氷の生徒会長”よりも、親しみやすくて」


自虐的に言ってやると、樋口が何と言っていいのかわからない表情をした。少し苛めすぎたと、令は笑った。


「令先輩〜!」


恨めしそうに言ってくる樋口からは、さきほどまでの不安定さが消えている。令は目を細めた。


やはり、樋口の生気がないのは、寝不足からでもなんでもなく、精神的なものだったのだろう。可愛い後輩だ。その悩みは、解決してやりたいところである。


「お詫びに、話を聞こうじゃないか」

「わ、笑いませんか?」

「人によって、悩みの重さは違うよ」


令がさらりと答えると、樋口がぱあっと明るい表情になる。いざ話をする先が見つかって、希望に満ちている表情だ。


さて、お世辞でもなんでもなく、令より優れている生徒会長を悩ませるものとは、一体何なのだろうか。


「……マ……です」

「聞こえなかった。もう少し大きな声で言ってくれないか」

「好きなドラマの続編が、製作中止になっちゃったんです!!」

「……そ、そうか」

「う、うわぁ〜っ、ごめんなさいごめんなさいっ、くだらない悩みでっ、でも私にとっては死活問題でっ」


目に涙さえ滲ませながら、樋口は謝ってきた。


「ひ、人によって悩みの重さは違うからな……」


令はフォローを試みたが、樋口は体中にどよんとしたものを纏わせている。


「わかっているんです……でも、一度製作が決定した分、諦めがつかなくて……」


この場合、どうやって慰めたら良いのだろうか。いっそ嫌な人間がいてくれたら、可愛い後輩のため、芝ヶ崎の権力でも何でも使ってやるというのに。


「何というドラマなんだ?」


慰めの言葉が見つからなかった令は、とりあえず会話を広げることを選択した。なんたる屈辱か。芝ヶ崎に生まれ落ちておきながら、背中を丸めている後輩一人救えないとは。


「『星の刑事様』です……」


涙ぐんでいる声でよく聞こえなかったが、おそらくそう聞こえた。令は、自分の携帯電話を取り出して、インターネットで検索をする。


すぐに、製作中止の記事が出てきた。正午と同時に情報解禁されたようだ。説明文には、


“『星の刑事様』セカンドシーズンでは、前回の宿敵である魚屋・右往(うお)が味方になるのではと視聴者の間でも囁かれていたがーー”


と、書かれていた。魚屋で右往。なんとも単純なネーミングセンスである。


ーーいや、待て。魚屋?


令が愛してやまない年下の幼馴染も、たしか、そんなドラマにハマっていなかったか? 最終回で「魚屋 生きてる」で検索していなかったか?


そのとき。


可愛い後輩の背後に、令は、のほほんと笑う愛しい幼馴染の姿を幻視した。


令は、目をかっと見開いた。


ーー私が、全身全霊をもって、慰めなければ!


「いますぐ、テレビ局に行って直訴をしてくる」

「え、え!?」


ゆらり、立ち上がった令に、困惑の声を上げる樋口。


「ま、待ってください先輩! そこまでしなくても!?」

「離せ、紫苑会長。私には使命があるんだ」


悪役はいる。都合があろうがなんだろうが、令の大切な幼馴染を悲しませるのはそれすなわち悪役である。


強い力で自分を引き止める樋口に、思わず冷たい視線を送ってしまう令。樋口はびくっとしていたが、


「お昼休みが終わっちゃいますよ! 前生徒会長として、勝手に学校抜け出すのは良いんですか!? 令先輩のことを慕っている年下の男子高校生とかが、失望しちゃうかもしれませんよ!」 


妙に的確な言葉に、令はびたりと体を止めた。平気で幼馴染監禁計画を立てている彼女だが、それはそれとして幼馴染に失望されるのは嫌だ。


ソファに座り直す。


「こほん、取り乱した。すまない、紫苑会長」

「こちらこそ。悩み、聞いてくださりありがとうございます、令先輩」

「私が役に立てたら良かったのだが」

「もう充分です……ふふ、お昼休み終わっちゃいますね。急いでご飯を食べないと」


生徒会室に来る前の足取りと比べると、樋口の足取りは軽いものとなっていた。


スーパー生徒会長に元気がない。


これは、朝からたくさんの生徒が心配していたことである。少し心が軽くなった樋口を見ることで、彼らの心配ごとは解消されるだろう。偶然を装って、一年生の教室がある廊下に来て良かった。


「……」

「令先輩?」

「ああいや、なんでもない」


僅かな違和感が、胸を刺した。が、令はその違和感の正体を掴めなかった。






同時刻。


「おい多原ぁ、食当たりか? 拾い食いすんなよなー」


昼休みになってその情報を知り、机に撃沈していた多原は、心無い言葉を伊勢君にかけられていた。

通称ホシデカ

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