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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
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悪人と、恋心

「得てして、権威というものは、フィールドワークを疎かにしがちなんですよね」


島崎は、勝手知ったる楢崎の家の畳に寝っ転がってそう言った。帰宅した楢崎は、感情を押し殺して、やっと、質問することができた。


「……なんでいるの?」

「ある仮説が浮かびまして」

「いや、目的じゃなくて方法を聞いてるんだけど」


どうやったら、主が不在の楢崎の家に入ることができるのだろうか。いくら島崎といえど、これは越権行為なのでは? 


などと思っていると、島崎は、姿勢をたださずに、ちらりと楢崎を見た。


「越権行為じゃないですよ。だって、ちゃんと正当な権利を行使したんですから」

「?」


楢崎が首を傾げると。


すぱん。


ひとりでに襖が開いたと思ったら、これまた、見知った青年が不機嫌そうな顔で佇んでいた。吊り目で鼻筋の通った、容姿の良い青年ーー不機嫌そうではあるが、当初あった険は抜けている。鳶崎巳嗣である。


ーーああ〜そういうことかぁ。


楢崎は、ぽんと手を打った。なるほど、鳶崎の直系がいるから、越権行為ではないと。権威に弱い使用人たちは、従わざるを得ないと。


「じゃないよ! なんで島崎君と鳶崎……君がいるんだよ」


ちなみに、楢崎自身も権威に弱い。鳶崎を様付けで呼ぶか迷ってしまった。


呼び名検定は合格なようで、すたすたと歩いてどかっと座った巳嗣が、腕を組みながら「うむ」と、深く頷いた。


「話してやれ、島崎の性格悪い倅よ」

「あんたに言われたくないんだけど」


ギスギスし始める二人。本当、どうしてここに来たんだろうか(不仲的な意味で)。


「まあ、いいや」


折れたのは島崎の方で、髪を掻きながら。不思議な光を灯した瞳で、楢崎の方を見た。


「俺たちは、当事者の証言を聞きに来たんです。演説事件において、与野崎傑の裏切りが、どの程度想定外だったのかを」






みどり町に新しくできた、ハンバーガーの店を指定してきたのは彼だった。


学校が終わった林檎は、ソファに座り、小さな机の下で、足をぶらぶらさせながら、彼が来るのを待っていた。


からんからんと、入口のベルが鳴る。林檎は、閉じていた目を開いた。しばらくして、ボリューミーなバンバーガーセットをトレーに載せた彼が、迷いなく林檎の隣の席に座った。


彼は林檎に何も言わずに、ハンバーガーの包みを開け、豪快に食べ始めた。まるで、やけくそのように。


林檎は込み上げてくる笑いを抑えて、隣の席の彼が、一つのハンバーガーを食べ終わったタイミングで声をかけた。


「はじめまして、お義父様♡」

「誰がお義父様だ」


不機嫌全開の多原亘は、ナプキンで口元を拭いながらそう言ったのであった。






「なるほど、与野崎傑は、根っからの“悪人”だったってわけですか」


客用の羊羹を齧りながら、島崎が神妙に頷く。


「だから、“善”の側の多原亘に着いた時は、皆驚いたと」

「そうだよ。私の家は、格様に近かったというか、両親が信者だったからね。驚きようも人一倍だったよ」


つられて、楢崎は、両親が死ぬ前まで口にしていた、与野崎傑への罵詈雑言を思い出す。


演説事件の失敗は、死人こそ出なかったが、いわゆる楢崎の両親のような信者にはよく効いた。あの日から、両親は人が変わったようになり、楢崎に関心を示さないようになった。


精神を病んだ両親は、日々を恨み言で費やし、そして早々に死んでしまったのだ。


楢崎は、できるだけ幸せだった日々を思い出そうとしているが、それには、“芝ヶ崎格の信者だった”両親という条件が、必ずついて回ってくる。難儀なものである。


「与野崎傑の写真が残っていないのは、その悪性によるものだろうか」


巳嗣の鋭い指摘に、楢崎は頷いた。


「そうだよ。彼は写真を嫌っていた。悪いことをするのに、自分の姿が写っているのは都合が悪い、とね」






「皮肉なものですね。写真を嫌う彼に、写真撮影をさせたのですか」


あっという間になくなっていくハンバーガーを見ながら、林檎はそう言った。


多原亘は、少しだけ笑って肩をすくめた。


「彼の写真嫌いを直そうと思ってのことだったんだよ。まあ、君達の写真を撮らせた後、ますます嫌いになりましたって言われたんだけどね」


そうだろうなと、林檎は思った。


どうしても薄れてしまう記憶。それを補完するのが写真だ。あの子はどういう顔で笑っていたか、記憶が薄れそうになるたびに、林檎は写真をじっと見ていたのだから。罪の意識を、自分に刻み込ませるために。


「貴方はどうして、与野崎傑を手懐けられたのですか?」

「彼は勝利への嗅覚が鋭かったからね。私が勝つとわかっていたんだよ」


随分な自信である。だが実際、多原亘は、未然に事件を防いだ。


「だから、私を崇拝して、あの作戦に乗ってくれたわけじゃない。アレは、私達二人にメリットがある作戦だったんだ」

「貴方のメリットは、多原様についた悪い虫を追い払えることですね」


林檎は、それこそ苦虫を噛み潰したような顔をしてやった。隣の男性にしてやられた林檎は、多原の小学生時代とか、中学生時代とかをストーキ……見守ることができなかったのである。


「本当にそうだよ、帽子も被らせて、肌も露出させないようにしてたのに。なんでバレたんだか。まさか、君のお父上が喋ったわけじゃないだろうに」

「……は?」


予想外の言葉に、林檎はぽかんとしてしまう。多原亘は、死んだ魚のような目で。


「君は大切な一人娘だぞ。そんな君の元気がないとなれば、親としてどんな手を使ってでも元気を出させてやりたくなるのは当たり前だろう」


そんなことを言いながら、ポテトを口に放り込む。


「“うちの娘の初恋相手は、貴方のご子息か?”。ずばり、そう聞かれたよ。返事はしないで、懇切丁寧に()()()やったけどね」

「そう、だったのですね……」

「だから君の父上は、最初、キョウ君を君から遠ざけようとしたんだ。だけど、まあ、キョウ君が予想外すぎた……」


多原亘は、眉を下げ、困ったような、だが、どこか嬉しそうな表情をしていた。


「キョウ君を()()()()()()()、君の願いを叶えてやりたくなった。私としては、傍迷惑な話だけどね。さて、葉山の後継者である君が聞きたいことは、このくらいかな?」

「まだ、“彼”が残っています」

「そこらへんは、触れないでいてくれると助かるんだけどね……」

「わざわざ、与野崎傑のメリットの話に触れておいて?」


実は、林檎の中では仮定ができていた。そして、メリットの言葉が出てきた時、その仮定は、ますます真実に近づいたのだ。


多原亘は、溜息を吐く。


「君の予想を言ってごらん」

 





「これは俺の妄想だといいんですけど、与野崎傑がめちゃくちゃ悪人だとすると、いやーな真相が見えてくるんですよね」

「素直に、与野崎士が死んだと見るべきでは?」

「いーや、与野崎傑がわざと足跡(そくせき)を見せたとしか思えないんです。今まで調べてきてわかったけど、与野崎傑は用心深くて疑り深い。よりによって、あの島に行ったことを経歴に残してたのは、そりゃ、多少はわかりにくかったですけど……」


言葉を切って、島崎は、悔しそうな顔をした。


「俺ごときが、辿り着けるわけがない」


そんな根拠もあるのだと、楢崎は驚いた。


「なにより、葉山林檎の話すエピソードの相手がどうにも俺の親友と被りすぎてやばい」

「やばいんだね」


その根拠には、なんとなく納得できるような楢崎だった。


島崎は頷いた。


「だから、俺が考えるに、与野崎士は生きている。でも、どうやって? 与野崎傑の元を離れて、芝ヶ崎格の手を逃れられるとは思えない。そこで」






「だからこそ、わざと、彼を敵陣営に抱き込ませた。与野崎傑は、平気で()()をできる人間だった……というのが、私の推測です」

「確信している口ぶりだ。そうだよ、アイツは、最低最悪な人間だ。それを許した私もまた、同類というわけだけど。まあ、息子を守りたい気持ちはどんな気持ちにも優先されるからね」


真顔で言われて、言葉に詰まる林檎。この人もまた、最低最悪と言うにも恐ろしい、狂気を秘めている。


「……“彼”は、このことを知っているんですか」

「教えるわけないだろ。ただでさえ、キョウ君に謎の興味を持っているんだから」











だから、彼は罰を受けるはずだったのに、私は罰を下せなかった。


私はきっと、ちょうどいい人間だった。彼の大切なものを守るのに、ちょうどいい人間だった。


「た、多原君、早く島から帰ってこないかな」

「そうねぇ」


()()()()()()()()()司佐を、今日まで育ててしまっている。私の恋心を利用して押し付けられた、あの人と、知らない女の子供を。


「ああ、なんて軽率だったんだろう、私は」











「それにしても、よく、円佐木の当主は、今日まで司佐様を育ててくれましたね。彼女は、芝ヶ崎格の信者だったんでしょう」


ハンバーガーは残り一個。勢い衰えぬ多原亘は、だが、林檎の疑問に、急に胸焼けを起こしたように、ハンバーガーを静かにトレーに置いた。


そうして、ぽつりと呟いた。うんざりしたように。


「恋心は洗脳を凌駕する。ただ、それだけの話だったのさ」

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