怪獣大戦
「漆崎に生まれたからには、中立を貫かなければいけないよ」
芝ヶ崎本家。いつものように、神託を下して屋敷を辞そうとしていた緋織の背中に、声が投げかけられた。
緋織は足を止めて、振り返った。そこにいたのは、芝ヶ崎の次期当主と目される青年である。嘘くさい笑みを浮かべている彼からは、どんな感情も読み取れない。
目の前に来た彼を、緋織は見上げる形になった。それも煩わしい。
「どのような意味でしょうか?」
「彼のことは諦めなさいと言ったんだ。これは、次期当主である私からの命令だよ」
緋織があの方に、使い魔であるカラスを飛ばしたり、他言無用の札を十枚送ったりしていることはお見通しらしい。
「雨宮議員の方が多く支払ったのに、君は、彼を理由にして、宗像議員に味方した。これは、由々しき事態だ」
「……芝ヶ崎の血が流れる彼が傷つけられたのです。同族として、報復するのは当たり前です」
「その報復の仕方も手ぬるい。逮捕だけで済ますなんて、君らしくもない。それに。芝ヶ崎を見てきている君が、そんな言い訳は通用しないと、一番わかっている筈だけど?」
次期当主の言う通り。芝ヶ崎は、たとえ身内だろうと、手を差し伸べることはない。常に自分より下を探して嘲笑い、虎視眈々と、上を蹴落とすことを狙っている。そんな一族なのである。
実際、漆崎はそんな芝ヶ崎の性質を知っているからこそ、本家以外には中立の態度をとっている。いつどこで、何に巻き込まれるかわからないからだ。
「彼も芝ヶ崎の一員だ。君の加護に気付いた時、君を利用しようとするかもしれないよ」
「利用。なんと甘美な響きでしょう」
ほう、と緋織は息をついた。火照る頬に指を這わせる。
「私の身も心も霊力も、捧げることができるなら。私の全てを捧げられるなら、私は喜んであの方に利用されましょう」
すぐに緋織は、その指を離した。
「ですが、そのような時は訪れないと断言いたします。あの方は……」
「あまりに、芝ヶ崎でなさすぎる」
ここではじめて、次期当主が感情を見せた。それは、疲労である。
「君が贈った、絶対に願いを叶えてくれる札は、彼の部屋の机の引き出しに厳重にしまってあるんだろうね。多原くんめ、芝ヶ崎なら、あの札の意味に気付くだろうに」
「札越しに、“どうか呪わないでください”という声が聞こえてきますわ。宗像議員にお話ししてしまったことで、命を奪われると思っていらっしゃるようです」
「どうしてそうなるんだ……」
「これも、多原家の教育の賜物でしょうね」
緋織がそう言うと、次期当主は、「それもあったな」と呟き、思い直したように、頭を一振り。
「とにかく、多原くんのことは諦めなさい。どうしてもというなら、令の伴侶になった多原くんに仕えるといい」
「それが言いたかったのですよね。妹様思いのお兄様」
緋織は知っている。目の前の男は決して、妹思いの兄などではない。
「ですが、お断りいたしますわ」
「漆崎を取り壊すといっても?」
緋織は、空を見上げた。一羽のカラスが、頭上を舞っている。
「私とあの方を引き離そうものなら、天罰が降りますよ」
「うーん」
多原とデートした少女は、ぼふんとベッドに倒れ込んだ。
「これ、無理ゲーじゃない?」
天井を見ながら呟く。投げ出したノートを見て、溜め息を吐く。
「なんでこんなになるまで放っといたの、あの人」
ノートには、とある筋から聞いた、多原のことを大好きな少女たちがリストアップされている。
まずは御三家ーー白川、葉山、芝ヶ崎の三人。
白川財閥のお嬢様である白川芳華に、代々政治家を輩出し、当代は経営者の才能を持つ当主の娘、葉山林檎。それに、多原の所属する芝ヶ崎一族の本家長女、芝ヶ崎令。
「怪獣大戦かっての」
ダメだ、笑えてくる。これに、政財界から頼みにされている漆崎神社の巫女、漆崎緋織も入ってきて、芝ヶ崎令の協力者も入ってくるのだから救えない。
「私みたいな格下モブは入る隙ないのかなぁ。いやいや、多原家と私の家、だいたいおんなじクラスだし? お嬢様たちよりは、私の方が釣り合うし? それに私はいずれ海外に通用する世界的ビッグスターになるんだから大丈夫! うん、頑張れ私!」
ふんすと鼻息荒くして、少女はベッドから勢いよく起き上がった。
「そのためには、いまの撮影を成功させなきゃね! 読んだことない推理小説だけど、けっこう筋は面白いし、四百億はかたいっしょ!」
少女は、昔から自分を鼓舞するのが得意だった。得意すぎて、つけあがってしまうのが玉に瑕。
「あ」
「どうしたの? キョウくん?」
朝のニュース。テレビに映った金髪の少女を見て、多原は声を上げた。食べていたトーストを口から離し、テレビに見入った。
爽やかでお淑やかにはにかみながら、アナウンサーのインタビューに答えるのは、あの日にデートした少女にすごくよく似ている女優さんだ。だが、言葉遣いといい、纏う雰囲気といい、全然違う。
ーー他人の空似だな。
身近に美少女がたくさんいる多原。女優さん級の美少女が転がってても不思議はないかと結論づけ、お母さんに「なんでもない」と言って朝ご飯に専念することにした。
「そういえば、父さんは?」
「そういえばって言ったら可哀想でしょ。なんでも、用があるとかで一足早く会社に行ってしまったわ」
「ふーん」
多原は、父が苦手である。さくっとトーストを齧る。
正直言って、安心した。




