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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
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刑事ドラマに出てくるアレ

「わあ、見て見て! すっごく綺麗だよ!?」


海の方を指差して、隣ではしゃぐ少年とは反対に、林檎の気持ちは、沈んでいくばかりだった。


ーー神様は、本当にロクでもない。


本来なら殺されて、目に見えない光を林檎たちに届ける余裕があるのなら、林檎の隣にいる少年の病を治してくれても良いのに。


こんな奇跡なんていらないのに。


「これって、何か名前あるのかな!? ぼくたちが初めて見てたりするのかな!?」

「残念ながら。この現象の名前はーー」


少年に説明しながら、林檎は、「やっぱり、離れたくないな」と思った。


少年の父親が警告に来て三日。林檎は、少年に別れを告げられないでいる。  


ーーあと少し、あと少しだけ。


この子のそばにいたい。島の歴史を知っている林檎なら、許されるはずだ。


そうだ、私は知っている。知っているから、他の人たちみたいに、この子を傷つけたりはしない。


そう思っていた。




「ただいま帰りました」

「おかえり、林檎。今日はどうだった?」

「今日は、珍しい夕日を見ました。とっても綺麗でしたわ」


林檎は、思い出し笑いをしてしまう。人類で初めて、あの現象を見たと思っていた少年が、林檎の解説でしょぼくれてしまったこと。


それを夕食の席で話すと、父も笑ってくれた。二人の間には、穏やかな時が流れていた。




お風呂から上がって、林檎は窓側に飾ってある写真を見て、頬を緩めた。今は簡易的な写真立てだけど、家に帰ったら、もっと良いのに収めなければ。


『み、見せてくれないの!?』


写真を撮った時の、少年の声が蘇る。三日前の林檎は、写真写りが悪いからという理由で、少年に写真を見せなかった。


ほんとうは、写真を理由にして、少年を繋ぎ止めておきたかった。


けれど、少年は、「そっか」と笑って、それ以上言及してこなかった。話はそれでおしまい。林檎の胸には、小さな棘が刺さったようだった。


その、写真立ての向こう。何に照らされるわけでもなく、白い塔は、黙して立っている。


……少年の父が警告に来たことを、林檎は、自らの父に話さなかった。話していれば、何かが変わっていたはずなのに。


ーーだって、私は知っている。この島は、











「いわゆる、“うつる”とされていた病にかかった人々を、収容する島だったのです」


林檎は、橿屋を呼んで、黒豆茶のおかわりを注がせた。多原が「ありがとうございます」とお礼を言って飲むのを見守った後に、話を続ける。


「それが、あの島の悲劇。白い塔は、使われはしませんでしたが、遺体を燃やす火葬炉でもあったのです」


人間は、どこまでも残酷だ。感染病にかかった人々を収容している施設の隣に、火葬炉を設けたのだ。


「“国”は、そんな悲劇の歴史を途絶えさせないために、島を存続させようとし、常に目を光らせているのです。だからこそ、あの島の治安は、異常に良かったんです。子供二人が、日没後に歩けるほどに、ね?」

「あっ、たしかに。誘拐のリスクとかありますよね!」


納得した様子の多原がそう言う。林檎はちょっと複雑な気持ちになった。今の今まで気付いてなかったのかと。


ーーやっぱり、私がこの方を守らなければいけないのでは!?


脳内に突如として現れた都合の良い悪魔を、首を横に振って打ち消す。多原のこととなると、林檎は精神的に脆くなってしまう。


「あの少年の父親は、島の歴史を知っていたのでしょう。だからこそ、あの島を、少年の終の住処として選んだのです」


少年の病がなんだったのか、林檎にはわからない。けれど、少年の口ぶりと父親の態度からして、差別と偏見に晒されていたのは間違いないと言える。


「けれど、島の歴史だけでは、あの父親には不安だったのでしょう。だからこそ、療養施設の子供だと明らかにならないように、顔を隠し、名前を隠そうとしたのです」


少年が誰かと会ったら父親が泣くのは、少年を傷つけないため。それが一番有効であると、あの父親は知っていたのだ。


「……私は差別も偏見も持っていない。ただ、あの少年と遊びたいだけ。そうやって自分を正当化していました」


林檎は、指を組んだ。


「けれど、終わりは、いつか訪れるものです。いえ、私が、終わりを早めた」











「……い、今、なんて」


雷に打たれたような気分だった。空は快晴なのに、嵐が吹き荒れているような。


ガードレールの前に立つ少年はもう一度、林檎に言った。


「ごめんね、僕もう、ここには来れない」

「どうしてっ」

「もう、時間がないんだ」


林檎は目を剥き、少年の肩に手をかけた。


「時間ならっ、いくらでも作ってみせますわ!」


こんな離島にいる必要なんてない。葉山の力を使って少年を本州に運んで、それで……少年は、力無く、首を横に振った。


「ううん、もう僕には、時間がないんだよ」

「そん、な……っ」


林檎は、崩れ落ちてしまった。時間がないという言葉が、重くのしかかる。少年は、とうとう、自分の置かれている状況を知ってしまったのだ。


「私の、せいで……」


警告されていたのに、林檎がいつまでも、しがみついているから。嗚咽を漏らす林檎に、困惑したように。優しい少年は、「ううん」とそれを否定してみせる。


「君のせいじゃないよっ、僕のせい。ほんとは、もっとたくさん遊びたかったんだけど……またどこかで会えたら、その時は、めいっぱい遊ぼうね!」


わざと元気そうな声で、少年はそう言った。そんなのは、林檎を元気付けるための方便だとわかっていた。


少年は最後まで、林檎の操縦が上手だった。


そう言われてしまえば、林檎は、笑うしかなかったからだ。


「ええ、また、どこかで」




翌日。


ウミネコの声を何遍と聞きながら、林檎は少年を待った。


けれども、いくら待っても少年は現れない。お昼の時間になっても、林檎のお腹が鳴っても、車が一台通っても。


いつまで経っても、少年は現れなかった。


その翌日も、翌々日も、一週間後も。


気付けば、夏休みは終わろうとしていた。




桟橋を渡る時、林檎はふと、後ろを振り向いた。あの少年の気配を感じたからだ。


でも、そこにはあの少年はいなかった。


かわりに。


「……あ」


憎らしいくらいの青空に建つ白い塔。その天辺から、ついぞ使われなかった火葬炉から、白く、細い煙が棚引いていたのだ。










「それから私は、医療分野を発展させようと手を尽くしてきました。あの子のように、離島を選んだ患者が、本州と同等の医療を受けられるように。終の住処を無くすように」


ティーカップが、かたかたと音を立てる。林檎は、カップを持っている右手を、左手で押さえた。


「お聞きいただき、ありがとうございます」

「こ、こちらこそ、たぶん、話すだけで辛いのに、話をしてくれて、ありがとうございます」


多原が深々と頭を下げる。それだけで、林檎の震えは収まってしまう。


「本州に帰ってから、私はあの子のことを調べました。ですが、あの子の父親が手を尽くしていたようで、あの子の名前は、ついぞ、わからなかったのです」

「すごい家の子なんですかね」

「おそらくそうでしょう」


それで、林檎の手元に残ったのは、あの写真一枚だけになってしまった、というわけだ。


多原が目を閉じて、真剣な顔で言う。 


「じゃあ、現場百遍ってわけですね」

「え?」


林檎が首を傾げている間にも、多原は、「刑事ドラマに出てくるアレです」と言った。


「熟練の刑事が現場を何回も見て、証拠を見つけるっていう」

「いえ、そうではなく」


なぜその言葉が出てきたかがわからないのだが、林檎と、多原の会話は噛み合わない。 


「テレビ局に送ったら案外わかりそうだけど、林檎さんは葉山のお嬢様だから都合が悪いだろうし、おれたちだけで捜査するしかないですね」

「え? え?」


林檎は、困惑した声しか出せない。多原は、黒豆茶を飲み切って、とん、と机にグラスを置いた。決意みなぎる目で林檎を見つめた。


「俺は、その子の代わりにはなれません」

「そう、ですよね……」

「だって、林檎さんが話してる時、全然見たことない顔してたし。仮に俺がその子の代わりになるとして、ハードルが高すぎるっていうか……」

「ハードルが高すぎる」


林檎は、思わずオウム返しをしてしまう。まさか、代わりになることを検討してくれていたとは思わなかったからだ。多原は、こくりと頷いた。 


「だから、もう一度、その子に会いに行きましょう。“またどこかで会えたら”。その子は、そう言ったんでしょ?」


あの子と同じ、柔らかな笑顔で。多原は、林檎に優しくそう言った。


「死んじゃってても、会いに来てほしいって思ってたのかもしれないです。俺がその子の立場だったら、ずっと覚えていてほしいから。死んじゃったとしても、何者かを覚えててほしいから」


芝ヶ崎の少年は、真摯に、林檎にそう言った。


「俺はいつも、誘拐されるたびにそう思ってます」

「多原様……」


“いつも”と“誘拐”は同じ文章に居て良い言葉ではない。

最後におかしな文章が来て、林檎は小さく笑ってしまう。


目元を拭う。


「ついてきて、くれますか?」

「もちろん!」


  




もちろん、モンペの父は大反対した。この前のコンティネンタル・ライン訪問の時以上に大反対した。


「いいの、泣くよ!? 成人男性が泣くキツさをキョウ君に知らしめるからね!?」

「成人男性とか関係ないよ。誰だって泣いて良いと思う」

「うわあキョウ君、ごめんね私が間違ってたよぅ!」


わんわんと泣きながら(結局泣く)縋る父親を引き離しながら、多原は、重要なことを思い出した。雰囲気で言っちゃったけど。


話を聞いていたお母さんが、首をかしげる。


「キョウ君、島は苦手なんじゃないの?」

「そうだった」


多原は、島にちょっとした苦手意識を持っているのだ。それはどうしてか、忘れてしまったけれど。


「まあ、忘れてるんだからどうってことないと思う」

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