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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
10/117

シチュエーション重視

「葉山も白川も芝ヶ崎も落ち目ってコトかなぁ。あんなのに惚れちゃうなんて、隙だらけじゃん。らっきー」


風呂上がり。雑誌片手にミルクアイスを舐めながら、ひとりごちた。少女は某家の傍流の出で、今や引く手数多の若手実力派女優である。


そんな、地上波のみならず、ネット番組にも引っ張りだこの彼女には、ある野望がある。


それは。


「はぁ〜、この記者、ウザ」


開いている雑誌には、少女の出身が書いてある。いわゆる実家の太いお嬢様だから、芸能界で優遇されているとか云々かんぬん。


がりっ!


少女は、残りのアイスを一気に齧って噛み砕く。


「あたしがお金持ちの家の出身だからって、なに? あたしが今の地位にいるのは、あたしがすっごく頑張ったからなんですけど?」


がじがじと、棒だけになったアイスを齧る。


「“御三家”も知らない記者が、知ったようなことを書きやがって……ムカつく、今に見てなさいよ。あたしは、日本だけじゃない世界の女優になって、しょっぼい家の地位を上げてやるんだから!」


それこそ、御三家も足蹴にするくらいに。


自己顕示欲の大変高い少女は、噛み跡のついたアイスの棒をゴミ箱に捨てた。


「あとついでに、あの女どもが恋しちゃってる多原くんを寝とってやる」






さて、ついで扱いされた多原はというと。


「おーい、多原ぁ。多原ってば」


目の前で、島崎の手がひらひらしている。多原は、ぼーっとしながら、蝿を振り払うみたいに、ぺしっと叩いた。


「え、ひどい。多原ぁ、落ち込むなよ。女の子にフツーとか、かっこよくないとか言われたからって。寧ろあんな美少女にドヤ顔されるのとかご褒美以外の何者でもなくない?」

「バカ、そんなことわかってるよ。俺が考えてたのは、あの子の匂いだ」


手を摩りながら言う島崎に、多原は悟った顔をして、眉をきりっと上げた。


「あの子、めちゃくちゃ良い匂いだったな……」

「俺が言うのもなんだけど、あんな言葉浴びせられといてそんなこと言うの、バカ以外の何者でもなくね?」

「なんかめっちゃ良い香水の匂いがした。女優! って感じの」

「聞けよ……女優! って感じってなに? くわしく」

「ふわっとしてほおってなる感じだよ」

「なるほどわからん」


島崎にこの前撮影現場で会った子の匂いことを必死で説明していると、ぺきっ、とどこかで何かが割れる音がした。今は休み時間。多原は最近、この音のことを、ラップ現象みたいなもんだと思っている。

もちろんこれは多原御用達のユーツーブチャンネルで知った情報だ。ピンク髪のキャラクター木通しをんちゃんが、「はぇ〜」とか言いながら色んなことを学んでいく番組である。


もちろん、レイ姉ちゃんには内緒である。


「それにしても、あの子、なんだったんだろうな。お前を知ってるみたいだったけど」

「それな」


と言いつつ、多原は心の中で、


ーーまあ、芝ヶ崎がらみなんだろうな。


と思っている。多原みたいな凡人で、何か引っかかるところがあるとすればそれだろう。多原家は芝ヶ崎の末端ながらも、父の関係で本家との関わりがある。それをやっかむ人たちはごまんといる。実際は本家に呼び出されてネチネチいじめられてるだけなのに。


ーー次、会ったら、俺に関わるのはあんまりメリットありませんよって言わなきゃな。次があるとは思えないけど。


なにせ、あの言いようである。多原がふふっと笑っていると。


「多原君、楽しそうだね?」


白川さんが、小首を傾げながら目の前にいて、多原はがったんと椅子ごと転げ落ちそうになってしまった。


ーーななな、なんで白川さんが?


休み時間がもうすぐ終わりそうな今。皆、席に戻り始めている。そんな中で、白川さんがこの席にやってきたのである。


「ねえ、多原君」

「な、なんですか?」


美少女力に押されてしまう多原。白川さんは、おっとりした見た目ながら、目力も強い。しばらくじっと見つめ合う多原と白川さん。白川さんが、多原の手を取って、


「なんでもないっ」


にっこり笑って、自分の席に帰って行ってしまう。多原は、白川さんに握られていた右手を嗅いだ。美少女は、やはり良い匂いがする。




「……次はないと思ってたんだけど」


多原がぽかんとしていると、大人びたニットワンピースを着た少女は、いたずらっぽく笑った。


「あたし、多原くんを堕とすことに決めたから」

「言っとくけど、俺は芝ヶ崎をどうこうすることなんてできないよ?」


下校を待ち伏せしてもらったところ済まないが、多原と仲良くしても得られるものは何もないのである。


「そんなことわかってる。別に、芝ヶ崎をどうこうしようと思って多原くんに近付いたんじゃないから」

「じゃあなんで?」

「あたしがすごいことを証明するため。さっ、デートしよ、多原くん」




結論から言って、超楽しかった。


多原はインドア派だ。デートなら図書館デートが良いのだが、ボーリングにカラオケにバッティングセンターという陽キャメニューも、なかなかに楽しい。


と、いうのも。


「そうじゃなくて、ここをこうやって握るの」

「……多原くん、あたしと一緒に歌おっか」

「…………ボールが吸い込まれていく! じゃないのよ。ほら、貸して」 


多原がぜんぜんできないことに頭を抱えながら、コツを教えてくれる彼女。


「ほらっ、当たった!」

「さっきより点良いじゃん」

「惜しい! あと一本だったのに!」


多原に肩入れして、一緒に喜んでくれる彼女。


「教えるのうまいね」


夕暮れ時。多原は、河原の土手に寝転んだ。隣の少女は、特に寝転ぶこともなく、多原のことをじっと見ている。


「ねえ、なんで、こんな誘い方したのに、デートしてくれたの?」


自分でも超強引だと思ってるよ。


静かな声が降ってくる。少女の瞳は、真剣だった。


「あたし、名前も教えてないのに」

「知っちゃったらデートできないよ。それに、名前、教えたくないんでしょ?」

「……」


少女が目を見開いた。


「少なくとも、君のことを俺は知らないわけだから、友達として接することはできる」

「なにそれ、へんなの」


少女は笑うが、多原としてはいたって真剣だった。多原は思うのだ。少女はおそらく、自分と同じ、芝ヶ崎の関係者。名前を知っちゃったら、もう芝ヶ崎ゾーン(別名ムラ社会)に囚われてしまう。

だから、あえて名前は聞かなかった。多原は、人とできるだけ良い思い出を作っておきたい派なのだ。


「あと、お互い名前を明かさないで仲良くなった人が実は敵だったっていう展開が好きなんだよね」






実は敵だったっていう展開。

実は敵だった。

実は敵。


「いや敵じゃないよね!? ていうか、片方は名前知られてるし!?」 


多原の最後の言葉が頭から離れない少女は、アイス片手に喚いていた。友達だの敵だのと、デートにそぐわない単語をぽんぽんと。


「デートって言ったじゃん! なにあの甘さの欠片もない雰囲気! 夕暮れの河原も絶対アイツの趣味じゃん!」


びたーん! とクッションと枕を壁に向かって投げ、ベッドにダイブ。多原がバットを放り投げたり、まったく別の歌を歌ってたり、変な軌道を描くボールを投げたりする場面が脳裏に浮かぶ。ろくな思い出じゃない。能天気に笑う普通の男子。でも、


『名前、教えたくないんでしょ?』


自分の痛いところを、見ないふりしてくれるのは。


「そういうとこは、フツーじゃないし、かっこいいじゃん……」


それにしても。


クッションと枕を抱きしめながら、少女は呟いた。


「多原君、すっごく良い匂いしたな……」


主に、右手から。

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