そちらがその気なら、婚約誓約書通りに事を進めて退場してもらいましょう
婚約破棄するお話です。
楽しんで頂けたら幸いです。
設定はフワッとなっております。
気にされた読者様がいたため、なるほどと思い、婚約、結婚、聖女についてフワッと追記しました。
「ヴィクトリア・フローレス、今この場をもっておまえとの婚約を破棄する!」
王家主催のパーティー会場で高らかに上がった声は、数瞬前まで婚約者だった王太子殿下のもの。
王太子殿下は続けて言う。
「レイラ・フォスター伯爵令嬢こそが本物の聖女であり、今日この場より王太子である私の婚約者とする!ヴィクトリア・フローレスは聖女を騙った罪人であり、国外追放とする!衛兵!」
突然婚約者と聖女の肩書きを失ったヴィクトリアは、国外追放を言い渡されて故郷をも失う事になる―――…はずだった。
現実は、王太子殿下の声に誰一人衛兵は動かなかった。
「衛兵は何故動かぬ!」
「恐れながら王太子殿下に伺ってもよろしいですか?」
会場にいる動かない衛兵に苛立ちを見せた王太子殿下に声をかけたのは、婚約者であるヴィクトリアだった。
「何だ!」
「婚約破棄の理由はわたくしが聖女ではなかったと言われましたか?」
「そうだ!」
「その証拠はどこにありますか?」
「レイラが言ったからだ!」
わたくしは、ため息が出そうになるのをぐっと我慢して続ける事にした。
「フォスター様の言質だけでは偽物とは言えません」
「何だと!?レイラを疑うのか!?」
「今日この会場には大司教様もいます。恐れながら大司教様出てきていただけますか?」
わたくしが会場に声を向けると、壁側から大司教様が出てきてくれた。
「大司教様、この様な場所で申し訳ありませんが、わたくしとフォスター様が聖女であるかこの場で確かめていただけますか?」
「…王家に保管されている宝玉の使用許可をくださればおこないましょう。王太子殿下、お許しいただけますか?」
大司教様は、考える様に豊かなに伸びた髭をひと撫ですると王太子殿下に伺った。
「皆の前で証明されるのは…」
フォスター様が不安な顔で王太子殿下に止めてほしそうに呟くが、王太子殿下はフォスター様の肩を撫でるだけだった。
「いいだろう。持ってこい」
王太子殿下の許可をもらったので、大司教様は司教様を呼び出し司教様に鍵を渡し、保管場所まで城の者に案内してもらった。
聖女判定出来る宝玉の保管場所は、教会本部と王城にそれぞれ1つ保管されている。
王城にある宝玉は宝物庫とは別の部屋にあり、鍵は陛下と大司教様がそれぞれ持っている。
わたくしは宝玉が持ち込まれるまでに話を進めた。
「王太子殿下、フォスター様と婚約するのは聖女だからですか?」
「それもあるが、私の最愛の人でもあるからだ!」
「では恋仲だったと?」
「そうだ!私達は真実の愛で結ばれている!」
王太子殿下がそう言うと、二人は見つめあいだした。
これで言質はとれた。
証人はこの会場にいるすべての者だ。
わたくしは扇子を開くと口角を上げた。
「法務大臣と近衛騎士団長を呼んできてくれるかしら?」
近くにいた給仕にこっそりとお願いをした。
彼は目を丸くするが、一礼して法務大臣と近衛騎士団長を探しに行ってくれた。
わたくしと王太子殿下の婚約は政略だ。
この婚約は陛下からの懇願だったため、婚約誓約書に色々と侯爵家につまりわたくしに有利な条項を契約に盛り込んである。
そこに陛下又は王妃がいない時の采配の権限も盛り込まれている。
周りがざわついているが、わたくしはこの日を待ち望んでいた。
法務大臣がわたくしの所に来てくれたので、いくつか確認しあった。
司教様が戻ってくると、大司教様に宝玉を渡していた。
「こちらの宝玉は聖女であれば手を翳した瞬間に白く輝きます。どちらのご令嬢からしますか?」
大司教様の宝玉の説明を受けたわたくしは、フォスター様を促す。
フォスター様は不安そうに王太子殿下を見るが、王太子殿下からは微笑まれて促されてしまい、しぶしぶ大司教様の前に来た。
フォスター様が宝玉に手を翳すとほのかに白く輝いた。
「ご令嬢はほのかにですが白く輝きましたので、聖女の資格はあるでしょう」
大司教様の言葉にほっとした表情を見せたフォスター様。
自信がないのに聖女と言っていたのだろうか。
次にわたくしが大司教様の前に立ち宝玉に手を翳す。
すると白い光が眩く輝いた。
会場中の人々は目が開けていられず、瞬間目を閉じていた。
わたくしは手を下ろしたが、宝玉はしばらく白く輝いていた。
皆が目を開けると白く輝く宝玉が目にとまる。
「ご令嬢はまさしく聖女であります」
「その宝玉は偽物だ!」
大司教様の言葉に王太子殿下はすかさずもの申した。
「王太子殿下、この宝玉は本物です」
「本物だと証明出来るのか!?」
「王太子殿下は大司教になる条件はご存知ですか?」
「え?」
王太子殿下はポカンと口を開けて間の抜けた声を出した。
国民なら誰でも教えられている事だが、王太子殿下は覚えてないようだ。
「大司教になる者は聖女と同じ力がないとなれません。私がこの宝玉に手を翳して白く輝いたら本物の証明になるでしょう」
大司教様が持っている時は何もなかった宝玉は、大司教様が宝玉に手を翳した瞬間白く輝きだした。
大司教様が手を下ろしたが、白く輝いた宝玉はしばらくして元に戻った。
「これでご令嬢達が聖女と証明されました」
「今まで持っていたのに急に光りだすのはおかしいだろう!?」
王太子殿下は宝玉の機能も知らないようだ。
「聖女かどうか判定する条件は宝玉に手を翳す事です。持っているだけでは光りません」
大司教様がそうおっしゃると司教様に宝玉を渡し元の場所へ戻すよう指示された。
「さて、王太子殿下?」
「な、なんだ」
わたくしは扇子で隠した口元の口角は上がっているが、目は笑っていない。
その様子に王太子殿下はたじろいだ。
「わたくしは聖女と証明されました。一応フォスター様も聖女でしたわね?」
「一応とはなんだ!」
「わたくしは『聖女を騙った罪人であり、国外追放とする』でしたか?聖女でしたから出来ませんわね?」
「それは…」
わたくしはニコリと笑みを見せると周りに向かって宣誓する。
「皆様、本日のパーティーには陛下と王妃様がいらっしゃいません。只今よりわたくしヴィクトリア・フローレスは婚約誓約書の通り陛下の采配の権限を行使します!」
「そんな事出来るはずがない!」
王太子殿下の声は無視して続ける。
「レイラ・フォスター伯爵令嬢!」
「は、はいぃぃっ」
わたくしのハッキリとした声に怯える様に返事をするフォスター様。
「わたくしが聖女ではないと嘘をつき、王太子殿下を使って侯爵令嬢を陥れようとした事は悪意ありと判断する。そして婚約者のいる王太子殿下と不貞した事により、慰謝料と修道院行きを命じる!」
侯爵家当主から抗議文がフォスター伯爵家に届けば、フォスター様の結婚も難しくなる。
王太子殿下と結ばれる事も難しいだろう。
当主が誰かの後妻にする選択がなければ、修道院へ行くように言われるだろう。
「そ、そんなのおかしいです!」
フォスター様にとってはそうではなかったようだ。
「あら?国外追放がよろしくて?」
出来はしないが、言ってみた。
「そうではなく!フローレス様にその様な権限はないはずです!」
「わたくしは婚約誓約書の通りと言いましたわ。陛下のサインがされている書類に効果はありましてよ?」
「そ、それでもフローレス様が決めるのはおかしいです!」
「まあ!では、わたくしに対して不敬罪、嘘をついた事で虚偽罪、王太子殿下と不貞した不法行為で罪に問われますが、それを償うと?衛兵!フォスター様を貴族牢へ!裁判で判決してもらいましょう!」
近くにいた衛兵に目線で促すと、フォスター様を連れて行った。
フォスター様が何か言ってましたが、ご自身が選んだ道。
伯爵令嬢のフォスター様より侯爵令嬢のわたくしは、フォスター様より上位の者。
上位の者に対する礼節をわきまえなかったフォスター様が悪い。
当主間で終わる話を大きくしたのはフォスター様自身だ。
これは自業自得だ。
「な、何故レイラを連れて行く!」
王太子殿下は訳が分からなくなっていた。
「本人の希望で対処しましたわ」
希望してないけれど、修道院は嫌みたいでしたから重くしただけの事。
「王太子殿下!」
「!」
王太子殿下は次は自分だと思ってなかったのか、わたくしの声にびくりと肩を震わせた。
「わたくしと王太子殿下の婚約は白紙撤回します!いいですか? 破棄でも、解消でもなく、なかった事にします!慰謝料が発生しない事に感謝してくださいね?」
「な…!」
なかった事にされる事は、プライドの高い王太子殿下には精神的に一番辛いだろう。
「王太子殿下は陛下より沙汰があるまで西の宮殿で謹慎を命じる!」
王太子殿下の部屋ではなく西の宮殿にしたのは、王族の謹慎が会場にいる者達に重たいものであると分からせるためだ。
近衛騎士団長に目を向けると、心得たという表情で頷くと王太子殿下を連れて行った。
「今後、ヴィクトリア・フローレスの婚約は国内の者とは結ばない事とする!以上が陛下の采配の権限を行使した内容とする!皆様、お騒がせいたしました」
最後にカーテシーをしてこの騒動に幕を下ろした。
暫くは会場のざわめきが大きかったが、王太子殿下の退場により、父が代わりに場を収めてパーティーはお開きになった。
この国には王子が3人いる。
第2王子はすでに誰がなっても王太子の補佐をする事を宣言しているため、第1王子である王太子殿下が王太子を退位させられ、第3王子が即位しても問題はない。
ただし、その時に婚約者問題が出てくる。
第2王子と第3王子にはまだ婚約者はいない。
何もなければ、わたくしが王太子殿下の婚約者になっただろう。
だが、わたくしはもうこの国に縛られたくない。
だから先に言っておいた。
平民は、婚約をしてもしなくても結婚が出来る。
わたくしの様に婚約はしないと言っても、手段を選ばず結婚させる事は出来る。
最悪の場合、行方をくらますと聞く。
だが、貴族は婚約期間を設けなくてはならないと近隣諸国で法を定めている。
もちろんわたくしの国も法で定めている。
貴族は婚約しなければ、結婚する事が出来ないのだ。
大勢いる会場で婚約は国内の者とはしないと言ったのはそのためだ。
陛下と王妃には父からわたくしが陛下の采配の権限を行使した事を話すだろう。
会場中の貴族が証人になってしまっては、王家もわたくしを王太子殿下の婚約者にする事は出来ないだろう。
陛下の采配と言ったが、フォスター様は事が大きくなったが法で裁くようにしたし、王太子殿下も西の宮殿で謹慎を命じたのみ。
本当に采配するのは陛下と裁判官が下すと委ねている。
わたくしが下す陛下の采配も最低限にしておけば遺恨もないだろうし、これで留学してお婿さんを探す口実も出来た。
わたくしは王立学園に在学中だから、学生として留学する事が出来る。
隣国は、学園での交流で婚約者を決める事がほとんどと聞く。
婚約者候補が残っているのはわたくしにとって僥倖だ。
父は外交官を務めているから、隣国との交流はしっかりしている。
父には予め隣国の侯爵家に根回しをしてもらっている。
数ヶ月後にはヴィクトリア・フローレスはいなくなる。
何故ならわたくしは隣国の侯爵家と養子縁組みするからだ。
これから父が隣国の侯爵家に話を通して、わたくしは隣国へ向かう事になる。
本来、聖女が国から出る事はない。
聖女になると王族よりは下、貴族よりは上の地位を与えられるからだ。
貴族と平民でも同じ地位になる。
ただし、所属する教会は貴族と平民で別れている。
平民の聖女なら平民の司祭様がいる教会へ、貴族の聖女なら貴族の司祭様がいる教会へ所属する。
司教様はその両方をまとめている。
大司教様になるには、聖女と同じ力が条件なので貴族でも平民でも関係ない。
宝玉に手を翳した瞬間白く輝きだし、手を下ろした後に宝玉がしばらく白く輝き、元に戻る事が条件になっている。
輝きが短いと力が弱いのでなれない事になっている。
平民の大司教様だからと侮辱すれば、貴族の司祭様と司教様でも罰せられる。
今回の王太子殿下との婚約は、聖女の力を王族に取り込みたい為に、大きい力を持つわたくしが選ばれた。
今回の事で大きな力を持つ聖女がいなくなるのは国の損害でしかない。
聖女は地位が高くとも必ず母国にいなくてはならない訳ではない。
法で決められてないのだ。
地位が与えられるから国から出ようと思う聖女が今までいなかっただけだ。
もちろん聖女の事も含めて父に根回ししてもらっている。
今回の出来事はしばらく社交界で噂されるだろう。
だが当事者である第1王子もフォスター様も表舞台には戻らない。
いや、戻れないのだ。
当事者達が誰もいなくなるのだ。噂も長くは続かないだろう。
事情の許す限りはやく退場する事が出来て良かった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます!修正しました。