脱出!
なし
「ズズズ…」車体は一旦滑りを止めたが、エンジンの振動に従い前輪が断片的に滑りをみせる。「ぁ……」僕の小声が漏れ出す。センタからは依然として発話がない。「……。」そもそもセンタさんは寡黙ぎみだが、緊急事態ではそれが尚更のこと、際立ち沈黙した。寡黙から沈黙へ…、しかし、黙ったままでは何もならないので、僕は発言した。「ちょっと…これヤバいすね」と。センタさんは「えぇ…」と返すのみで、お互い固まったままだ。このバイトは出来高払いのため、ひたすら車を走らせて次々と配達を熟さないと終わりが来ない。しかも時間に制約があるという状態で、朝7時がそのリミットだ。現在は5時を過ぎようとしている所で、猶予はそんなには無い。コンビニ等のお客待ちの時給払いで、定時で終わりが来るのとは訳が違うのだ。「どうしよう…」と途方に暮れる僕。そして焦りが募る。「……。」動かないセンタさん。「どうすればイイんだ…」更に途方に暮れまくる僕。「……。」やっぱり動かないセンタさん。「…………」しばらくの沈黙が続く。が!、ここで、センタさんが、この事態を大きく動かす決断をする。それも突然に。
「………ッ!!ブォン!グゥイーッン!ギャッ!ギャッ!ギャッ!!」「ぁあっ!センタさんっ!何すんのっ?何すんのっ!?何すんのぉぉおおおおーー!!!」………………結果から申し上げると、車の高速回転するタイヤが奇跡的に路面からグリップを得て、その僅かな反動と、そこで生じたか微かな慣性が活かされて、前方に少しずつ進めた。こうして、我々は、この度の壊滅的危機を強引無茶に脱出したのだ。そう…センタさんが時折みせる、あの鬼神の力で……。
鬼神の力…それは凡人では到底得られない力。鬼神を見た…と言うことは、いわば、超常的体験を指す。と言えよう…一連について簡単にお伝えすると、要はセンタさんが突然に唐突に、アクセルベタ踏みによるブラックアイスバーンからの緊急脱出を図ったのだ。皆さんお気づきであろうか…そう!…そうである…センタさんは重度のギャンブラーだったのである!!!恐らく、一番、行ってはイケナイ手段。最終手段というか、一か八か。言ってしまえばヤケクソである。
無事?に脱出した僕たちは、いよいよ最後の配達予定地に至る…いわば、ラストランを迎えていた。この度の引き継ぎは4回目であり最終日。そして、同時にセンタさんの最終バイトとなる。最後の配達を静かに終えて、車は会社へと向かった。
「君月さん…どうですか…?今後、独り立ち出来そうですか…?」センタさんから確認が入る。「まぁ…何とか大丈夫でしょうね」と僕。「そうですか、では来週から君月さん、よろしくお願いします…。」そうして、引き継ぎは完了した。「センタさん…お疲れ様でした。僕がこれから、このルートを請け負いますよ…心配せず、次の本職へと羽ばたいて下さいね…」と思う。「そしたら…お疲れ様です……」と、それのみを言葉にしてお互い自家用車に向かう。徐々に離れるお互いの背中。そこで、僕がちょっとだけ振り返り、その大きな大きな背中をほんの数秒だけ見つめる。暗闇に吸い込まれるセンタさん…。センタさんは振り返る事なく歩みを進めた。
「あぁ、お別れだな…おそらく、もう一生再開する事もない。だろう…。」と僕は感慨にふける。「本職での同僚よりも、不思議と屈託なくお話しが出来て楽しかったな…」「人生は一期一会…、ここで出会ったのも多少の縁。お互いの人生、より良いものになるように…」と祈りに近い感情が胸に巡る。そして僕は天を仰いだ………心の中でだが。…続く
どんどんどんどん全力疾走
もちろん明日も明後日も
走って走って走り抜き
ちょっと休んで振り返る
そしてまたまた全力疾走
走って走って走り抜け
負けんな負けんな突き抜けろ