07 裏で動くのも大変なのよ(エドワード視点)
12公爵家。国内だけでなく国外にもその戦闘能力は知れ渡っているが、12公爵家内での子供のやり取りが頻繁に行われていることはあまり知られておらず、その寿命が他の貴族に比べて圧倒的に短いということもあまり知られていない。
代替わりも子供のやり取りも理由は簡単だ、12公爵家の者は死にやすい。
死にたがりというわけではないが、その戦闘能力や与えられた加護に体が耐えられないとも、戦場で死ぬからとも考えられている。もしくはその両方が原因だろう。
「炎よ」
言葉に反応して体の周囲にいくつもの炎の塊が出現する。高温であることを示すように蒼白い炎は数を増やしながら対象に向かって飛んでいき絡みつく。
まだ若葉が芽吹くには少し早い草原にはすでに戦いの傷跡である地面のえぐれや焦げ、草の消滅などが見て取れる。
「あっははははっほらほらぁ!」
「調子にのってんなよ!」
ガギン、と取り出した剣が短剣をはじき返すと共に、いつの間にか背後に回っていたアレックス様の短剣が飛んでくる。
風の刃を作り上げてはじきながらも攻撃を返していけば、今度は真横から横に払われた大剣が襲ってきたのでそのまま愛用の鞭でからめとり、横に向かう力をそのまま利用する形でカール様の顔に膝蹴りを叩き込む。
「ほらぁ、私はここよぉ」
こういってはいるけれども、すでに何度かカール様の大剣の攻撃を受けてるし、アレックス様のナイフは体にいくつもの傷を作っている。
何よりも、マリウス様の結界魔法のおかげで私が動ける範囲は直径1m以内。得意武器の鞭もこれでは力を発揮できない。
だけれども、だからこそ面白い。
「ふふ、ふはははは」
高笑いをして血を流しながらも剣を構える私に少し離れた場所でマリウス様が呆れたように笑う。
「戦闘狂、いや…死に狂いに付き合うのは勘弁してほしいなあ」
そう言いながらも笑うマリウス様も十分に戦闘狂だろう。相手が強ければ強いほど血が滾る、私達12公爵家の者はそういう人間なのだ。
でも、その中でも私は飛び切りと言えるかもしれない。この体に傷がつくたび、失われていくたびに体の芯が滾っていく。
「ほらぁ、貴方達が言ってきたんじゃないの。私をお仕置きするんでしょう?ほらぁ、もっと本気を出さないとぉ」
でも、12公爵家のもの同士の正真正銘本気の戦闘は例外を除きご法度。貴重な戦力をただの仲間内でのじゃれあいで失うわけにはいかないから。
二人からの剣撃を魔法ではじいて、時折受けながらマリウス様が私の周囲に張った結界を解いていく。
「炎よ」
いくつもの炎が私の行動を制限する結界を通り抜けて、マリウス様に向かい、別に張られているマリウス様を守る結界にはじかれる。
けれど、確実にその結界に私の力は張り付き、絡みつき、染み込んでいく。
じわり、じわりと気が付かれないように少しずつ音もなく結界の内側に入り込んだ私の魔力は確実にその量を増やしていく。
「はっ!」
「でぁっ!」
カール様とアレックス様がタイミングを合わせて左右からの攻撃は流石によけきれず、胴体をアレックス様の短剣が貫き、ろっ骨をカール様の大剣が砕いていく。
「がっ……でも、あまいわぁ。風よ」
「っ!?うぐぁがぁ!」
「「な!?」」
一人ぐらいは仕留めなくちゃ、12公爵家の名折れでしょ?だから、染み込ませてた魔力をすべて使ってマリウス様の結界の内側に風の刃の竜巻を起こして体の皮膚を、肉を切り刻んでいく。
「やられたな」
「そうですね。大将に設定したマリウス様がやられてしまったのでは引き分けになりますか」
平然と突き刺さった短剣を抜いて、ろっ骨を折った大剣を地面に突き刺してカール様が遊びの終了の合図を出す。
途端に消える竜巻の中から、皮膚と肉がえぐられたマリウス様が不機嫌な顔をして結界をとく。
うーん、やっぱり出力が足りなかったわね。
次はもっと魔力を通しておける様にしないと死ぬほどのダメージには出力が足りないわ。
「はいはーい。ヒール」
そんな声と共に体中にあった傷が消えていき失ったはずの肉も血も戻っていく。
「引き分けで訓練終了ですわ。皆様速やかにお着替えをなさってくださいね」
流石に服の損傷までは回復しないため準備していた制服にその場で全員着替える。
下着すら着替えるのだけれども、私達にもマリオン様にもそれを見せて、もしくは見ての恥じらいはない。
そんなことを言っていれば戦場では命取りというのもあるが、12公爵家の者が幼い頃より兄弟同然に育てられているというのもある。
一応貞操観念は存在するが、12公爵家の者同士の間には存在しないというところだろう。特に女性は捕虜になったり魔物につかまれば性的凌辱を受ける可能性があるため、一般人と比べてひどく薄くなるように教育されている。
「それで、ミレーヌ様って人は調べが付いたのかしら?」
「ああ、確かにセイラ様の言っていたようにカイン様が幼少期に療養していた土地の領主を務める伯爵家の娘で、当時は王子の話し相手になっていたそうだ。伯爵家自体に黒さはないな。多少娘に甘い面もあるが良くも悪くも普通の伯爵家だ」
「ふーん。娘に変わった様子はないの?」
「あった。正確には学院に入学が決まり準備を始めたころに突然人が変わったようになることがあったそうだ」
カール様が手のものに頼んで調べさせていた情報を話している間、マリオン様が持ってきたセイラ手作りのカップケーキが準備されていく。
「人が変わったってーと、やっぱり人格が変わったってことか?」
「ああ、使用人の名前を思い出せなくなったり、それまでは出来ていたマナーを忘れてしまったり。かと思えば元に戻ったかのようにふるまったりしたそうだ。だが、常に傍に置いていたメイドを学院生活の邪魔だからと、準備にすら連れてこなかったり、わざと学院に来るに日にちを遅くさせたりしたらしい」
きな臭いと思いながらカップケーキを手に取って一口分を摘み取って口に入れる。
相変わらずセイラの作るケーキ類にはずれはないわね。
同じようにカップケーキを食べているマリオン様がお茶で口の中を空にしてから口を開く。
「セイラ様も急に思い出したって言ってたし、ミレーヌ様って人も急に思い出して混乱したって感じかな?」
「そうね。セイラ様はこの世界に酷似した小説の内容しか思い出していないとのことですが、もし他にも何か思い出しているのであれば混乱したかもしれませんわ」
「だな。小説の世界が酷似してるんであって、前世の世界がここと同じとは限んねーし」
「一週間目の試験ではまあ、可もなく不可もなくといった感じでした。一般的な令嬢としては平均よりややしたといった具合の成績です」
どこから手に入れているのか、カール様の情報網は相変わらず恐ろしいものがある。ピスケス家全体がそう言った情報収集が得意なお家柄ではあるけれど、情報戦では敵に回したくないものね。
「入寮してからも多少突飛な行動をとることもありますが、田舎者で礼儀を知らないという範囲で収まる程度のことですね。セイラ様の言ったように明るく元気な令嬢に見えるとのことです」
「見えるということは、何か気になる部分でもあるのかしら?」
例えばセイラのことを悪く言うとかならわかりやすいんだけど、そこまで馬鹿ではないのかしら?
「時折随分と傲慢な態度をとるときがあるとの報告がありました。もっとも、すぐに普通の令嬢の様に自分の発言や態度を謝罪するので周囲もあまり気にしていないそうです。普段は明るく元気で気の良い令嬢だそうですから」
傲慢な態度、セイラに対するあの悪感情とはまた別ものなのかしらね。
困ったわね、私のセイラに手を出すようならすぐに排除できるけど、一般生徒同士のもめごとや多少傲慢な態度を取ったぐらいでは私たちが介入することは出来ないわ。
「接触してないから何とも言えないけど、聞いてる限りじゃ黒いかな。セイラ様に何かされる前に消す?」
「だめよマリウス。私達が密かにでも動く建前がないもの。私たちが一般貴族の小さなもめごと程度で口を挟むわけにはいかないわ。余程大きなもめ事ならともかくですけれど」
「まあね。動かれないのも面倒だよね」
「私たちが勝手に動いたらセイラが怒るかもしれないわね。あの子ああ見えて気が強いもの、自分の獲物を横から奪われたら、怒るわよ」
「そりゃそうだな。俺たちは何かが起きてからか、起きる気配を確信してからじゃなくちゃ動けねーよ」
カップケーキを全員がぺろりと食べ終わってお茶を飲んで一息ついたあたりでそんな結論に達する。
「でもよかったですわ」
紅茶を飲んでそう言って笑みを浮かべたマリオン様に視線が集まる。
「加護もないただの令嬢なら、私の力でどうにでもできますもの」
にっこりと笑っていうマリオン様に思わず全員がひきつる。何かしらの加護があるならともかく、加護のないただの人ではマリオン様に近づくこと自体が自殺行為だものね。
「私、親友に手を出されて黙ってるような薄情ものではありませんもの。もし動きがあるようなら、本人すら気が付かずにゆっくりともしくはあっさりと、死なせて差し上げますわ」
流石マリオン様、私たちの代で最高の回復魔法の使い手である前に、最恐の吸精能力を持ってるだけあるわ。私の攻撃魔法やマリウス様の結界能力が目立ったせいで初戦闘であたり一面を草の根一本も残さなかったのは、あまり知られていないけど。
セイラに続いて怒らせたくない子だわ。