表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/41

03 私がヒロインなのよ!(ミレーヌ視点)

 まだ寒さの残る、でも春の訪れも感じることのできる季節。この国の学院に初めて足を踏み入れドキドキと騒ぐ胸を押さえながら中央門から寮へ続く道を歩いていく。

 複雑に分かれる道の案内板は門に入ってすぐのところにだけあったきりで、確かに寮に向かっているはずなのに建物が見えてこないことに少しずつ先ほどとは違う意味で胸がドキドキと鳴る。


「どうしよう」


 焦れば焦るほど、分かれ道がわからなくなりどんどん木々が増えて行き、ここが学院の敷地内だとわかっているけれども、どこか恐ろしいところに入り込んでしまったかのような気がしてきて、ついに足が止まってしまう。


「どうしよう」


 来た道を戻ったほうがいいのかもしれない。

 そう思って、先ほどまではさほど気にならなかった大きな荷物を重たく引きずって振り返った。

 そして、振り返った先には、懐かしい面影を残したずっと心の中で想い続けていた人がちょうど分かれ道の反対側からやってきたのが見える。


「あ…あのっ」


 思わず声をかけて、しまった、と顔を伏せる。

 あのころと違うのはわかってるはずなのに、あの人は私なんかが声をかけていい人ではないとわかっているのに、つい懐かしくて声をかけてしまった。

 もういっそ立ち去ってほしい、そう思ってうつむいたままでいると土を踏む足音が近づいてくる。


「もしかして、ミレーヌ?」


 あの頃より低くなった声、それでも呼ばれた名前に顔を上げる。

 金色の髪は少し伸ばされていて、首の後ろで結んでいるせいかちょこんと尻尾のように跳ねている。金色の神秘的な目が、じっと私を確かめるように見てふわりと笑みの形に細められた。


「ミレーヌだよね。覚えてる?僕、カインだよ。昔、君の家にお世話になってた」

「覚えて、ます」


 忘れるわけがない。だって貴方は私の初恋の人だもの。


「お久しぶりです。カイン王子様」

「なんだか他人行儀だね。昔はもっと砕けた口調で話してくれてたのに」

「あの頃は、身分を弁えず申し訳ありませんでした」


 子供のころはよかった。身分なんてほとんど気にしないで居られた。


「気にしないでいいのに。またよろしくね」

「はい」


 あの頃のように、過ごせたら嬉しいなんて一瞬でも思ってしまって泣きそうになる。

 貴方は今こうして話していることすら、神の奇跡なのだから、これ以上を望めばきっと罰が当たってしまう。

 約2m。今の、貴方と私の距離が身の程を弁えろと言っているようで、思い知らされる。


「あのっ」

「カイン様」


 それでも貴方の言葉に甘えて、昔のようにもう一度名前を呼ぼうとした時、ひどく甘くそれでいて軽やかな美しい声が彼の後ろから聞こえてくる。


「お探ししましたのよ」

「セイラ、ごめんね。慣れない道に迷ってしまったんだ」

「心配しましたのよ」


 振り返った貴方越しに見えたのは光の加減で銀色にも見える薄水色の髪の美しい少女。

 王都に来る前に教えられた12公爵家の一つウィルゴ家のご令嬢に違いない。そして、彼の婚約者。

 儚げな雰囲気のセイラ様とカイン王子様は誰が見てもお似合いで、心のどこかでもしかしたらなんて思ってた自分が恥ずかしくなる。

 顔をうつ向かせて2人を見ないようにしていたら、私に気が付いたセイラ様がカイン王子様に誰なのかと尋ねているのが聞こえてくる。


「彼女はミレーヌ。僕の幼馴染なんだよ」

「そうでしたか」


 名前を呼ばれて顔をそろりと上げれば、こちらに向かって穏やかな笑みを向けてくるセイラ様と目が合ってまた顔を伏せる。


「一般貴族子女のお使いになる寮はそちらの道ではありませんわ。この道をまっすぐ、二つ目の分かれ道を左に行って、さらに進んで三つ目の分かれ道を右に。そうすれば建物か道案内の看板が見えてくると思いますわ」

「はい。ありがとうございます」

「いいのですよ。同じ新入生ですもの、カイン様だけではなくぜひ私とも仲良くしてくださいね」

「は、はいっ」

「では参りましょうカイン様、他のみんなも心配しておりますわ」

「そうだね。またね、ミレーヌ」


 親切に道を教えてくれたセイラ様は、カイン王子様を促して離れていく。

 道を曲がってすぐ二人の姿は見えなくなって、それでも私はその場に立ち尽くしていた。


























 って!なにあれ!シナリオと違うじゃないの!

 あそこはケバイ化粧したセイラがカイン様と一緒にいた私を睨みつけて嫌味を言うところでしょ!なによあの儚げ系!

 親切ぶってくれやがって!なんなの?点数稼ぎ?

 もしかしてあの女も転生者なのかしら?

 そうよね、そうじゃなきゃおかしいわよね。

 ふざけんじゃないわよ!せっかく前世で好きだったゲームのヒロインになったっていうのにっ!

 てめーはこの私にくっだらないいじめをしてカイン様に嫌われる役なんだからちゃんとしろっての!

 こちとらくっそ重い荷物もってわざわざ迷ってやってるってのになんなわけ?

 ああもう!いらつくっ!あ~~~っむかつく!


 地団太を踏みながら乱暴に荷物を引きずって寮に向かって歩き出す。


 ったく無駄に広すぎだっつの!なんなの?どこぞの森林公園かっての!

 ゲームの時は気にならなかったけどこの広さは致命的だわ。カイン様のいる寮とか遠すぎ。しかもゲームで寮の玄関先でしか会話がなかったけど、一般生徒は立ち入り禁止とかふざけんなっての!

 まあ、いいわ。カイン様は学舎でも割と会えるキャラだし、まあいいわ。この私ならなんとかカバーできるわ。

 問題は他の攻略キャラよ!

 敷地の南エリアでのイベントが多い上に学舎ではほとんど遭遇できないのよね。


「ったく、めんどくさい」


 いっそカイン様一本に絞ったほうがいいかも?

 こういう転生物のお約束で下手に逆ハー狙うと自滅するし、もったいないけど他のキャラは諦めるしかないかしら。

 それになんだかんだ言ってもとになった小説?だっけ?それでもメインカップルはカイン様だったらしいし、イベントさえこなせばあっさり落ちるキャラだしね。

 そうよ!他の攻略キャラだと魔物退治だとか魔法訓練だとかイベントあんのよね。恋愛シミュレーションだっての!RPG要素なんかいらねーっての!

 そうよね、あんな怪我する危険のあるイベントのあるキャラなんか無視しちゃったほうがいいよね。

 なーにが12公爵家だっての。頭脳系とかオネェ気取ってるキャラもいるけどイベントは魔物退治だの魔法訓練だの脳筋系だし、やっぱここは王子様一筋っしょ!

 精霊の加護だとか女神の加護だとか、わけわかんない隠しパラのイベントはあるけど、まあ、あのセイラって悪役令嬢が引き立て役になってくれて楽勝だし。

 って!そうよあの女よ!

 転生者ならぜったい邪魔してくるに決まってるわよね。はんっこれは悪役令嬢転生物じゃねーんだっての。

 この私がヒロインなのよ。

 ケバイ女から儚げ系にキャラ変えたって意味ないっての。


 ドスドスと歩いていると建物が見えてくる。

 一度深呼吸をして何度も目をこすってわざと赤くなるようにして、しょんぼりとした雰囲気を作って建物に近づいていく。


「あら、新入生?」

「あ……はい」


 予想通り建物の近くに行くと多分同級生か先輩、とにかく女の子がいて声をかけてくる。


「あっちから来たってことは、道に迷っちゃった?ここ広いものね。……あら、目が赤いわ。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。その、道を教えてもらったんですけど。わっ私がきっと勘違いしちゃってて、迷ってしまって」

「あらら、ついてないわね。でもその人も一緒に来てくれればよかったのにね」


 寮があるのはこっちよ、と横に並んで歩き出したので慌ててついていく。

 幾つも建物が見えてくる場所まで来ると人が増えて来たのが見えて、横にいる女生徒に見えないように笑ってから、しょんぼりと肩を落として声を震わせて、さっきの言葉に答える。


「でも、…セ、セイラ様だから、私……」

「え?セイラ様って、セイラ=ウィルゴ様?」

「はい。だから、私…」


 間違った道を教えられても何も文句が言えないと続けようと顔を上げると、こちらをまじまじと見てくる女生徒にガシッと肩を掴まれる。


「セイラ様とお話ししたの!?」

「は、はい」


 興奮したように声を上げる女生徒が掴んでくる肩が痛くて、自然と眉間にしわが寄ってしまう。


「いいなぁ。貴方運がいいのね!ああ、私もセイラ様にお声をかけていただきたいわ」


 何、この女?


「わざわざ道を教えてくれるなんて、なんてお優しいのかしらっ」

「で、でも私迷って…」

「え?ああ。きっと聞き間違えちゃったんじゃないのかしら?セイラ様に話しかけられたなんて緊張しちゃって聞き間違えてもしかたがないわよね」


 はあ?ちょっとふざけんなよ?ここはセイラに意地悪された私を慰めるところでしょ?ったく使えないわね。


 周囲に視線を向ければ私への同情ではなく、セイラに話しかけられて羨ましいみたいな目で見てくるのが見えて思わず舌打ちしそうになる。


「そ、そうですよね。セイラ様が嘘を教えるわけ、ないですよね」


 悲しそうに目を伏せて言えば使えない女が訝し気にこっちを見ながらやっと肩を掴んでた手を離す。

 私の玉の肌が痣になったらどうしてくれんのよ!


「貴方に嘘をついてセイラ様に何の得があるのよ。そんなことよりも早く寮に行ったほうがいいわね。寮の名前はなんていうの?」

「えっと、ルース女子寮です」


 寮名を教えると使えない女は「ああ」と言って一つの建物を指さす。


「あれがルース女子寮よ。遠いところからきて大変かもしれないけど、学院生活がんばってね」


 そう言った使えない女の言葉が引っかかって首をかしげる。


「あの、私出身地のこと言いましたっけ?」

「え?聞いてないわよ。でもルース寮は男女とも遠くから来てる子女が暮らす寮なのよ。辺境伯クラスになるとまた別の寮なんだけどね。それじゃあ、私の寮はあっちだから。じゃあね」


 そう言って離れていく使えない女の背中を見ながら、段々とムカついてくる。

 つまり田舎者って笑いたいわけ?わざわざ田舎者専用の寮を作ってるってわけ?


「っざけんな」


 小さな声で思わず呟いてしまう。

 ゲームにはそんな設定なかったのに、なんだってのよ。

 こんなあからさまな差別とかふざけんなっ!


 苛立ちを隠せないまま荒い足取りで寮の中に入る。

 寮監だとかいう女に案内された部屋には先に運ばせた荷物が積まれていた。


「え、なんで片付いてないの?」

「従者の方もいらっしゃっておりませんでしたので、ご自分で荷物の整理はしていただきます」

「は!?」


 驚いて寮監の女を見ると、他の新入生は荷物の整頓の為だけに一時的に従者を連れてくるものがほとんどだと言われた。

 そんなの聞いてないしっ!お父様が侍女をつけるとか言ってきたけど、んなのがいたらイベントに支障が出るから断ったっての!

 くっそ、荷物の片づけさせてとっとと返せばよかった。あ、でもそうするとさっきのイベント発生しないし。

 あ~~~もうっ!イライラするっ。


「お食事は食堂棟に行って取っていただくか、そこから部屋などに運び込んで召し上がってください」

「はーい」


 適当に返事を返したら寮監の女はそのまま部屋から出ていった。

 荷物の片づけぐらい手伝ってけよ。どいつもこいつも使えないんだからっ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ