16 水晶の滝でご機嫌取り(セイラ視点)
「え?今日から2週間留守にするの?随分急だね」
「はい。私に加護を与えてくださっている方が会いたいとおっしゃっておりまして、往復で数日かかる場所になりますので滞在日数を考慮しまして大体そのぐらいになるかと」
「そっかー。じゃあ今のうちにセイラを堪能する」
朝、朝食の席で昨夜に急遽決定したことをお伝えしたところ、12公爵家の方々はまたか、といった感じに聞き流したり、講義のキャンセル連絡をしてくださるなどとおっしゃってくれたのですが、カイン様はやはり私のこういった行動に慣れていないのか、急に席を立つとそう言って私の手を引いて立たせると、部屋の端にあるソファまで連れて行き。
「んんー」
押し倒してキスをしていらっしゃいました。
「ん、はあ。あの方々が相手なら僕も何も言えないけど2週間かあ、セイラがいないなんて寂しいなー」
「んっんんー!カイン様、こんなところでスカートをめくっちゃだめっ」
「この胸も肌もしばらく触れないなんてー」
スカートをめくりあげられて、というかソファの背に片足を乗せるように持ち上げて、ガーターとショーツの間の太もも部分をすりすりと手のひらで撫でていらっしゃいます。
もちろんその間キスも継続されておりますし、いつもよりディープな気もします。服の上から胸を揉む手も止まりませんし、カイン様は器用でいらっしゃいますよね。
「あーもう、このまま抱きつぶして行かせないようにしちゃおうかな」
「んっんんー」
そういってキスしたまま、カイン様がショーツの紐部分に手をかけたところで。
「はいそこまで。それ以上はいくらなんでもご遠慮願います。それと、セイラ様を抱きつぶすとか、カイン様が逆にセイラ様に精気吸い取られて瀕死になりますよ」
「はーい」
カール様が流石に、といった感じで着席したまま声をかけていらっしゃいました。
なるほど、やはり性的行為はアウトなのですね。
カイン様が渋々離れたのでさっと身だしなみを整えてソファから立ち上がって従者がすっと差し出した紅茶を優雅に飲みます。
それにしても、今まで人前でこんなことをなさる方ではなかったのに、やはり急に決まったことに驚いてしまったのでしょうね。
お会いして半年経ちましたが、最近スキンシップが多いような気がします。別に構いませんけれども。
「ところで、数日かかる場所ってどこにいくのー?」
「ああ、迷いの森を抜けた先にある精霊樹の泉を通り抜けた先にある水晶の滝ですわ」
「…え?2週間で行って帰ってこれる距離じゃないよね?っていうか、行けるの?その場所」
私が伝えた場所にカイン様は首をかしげる。
まあ、普通ではたどり着けすらしませんけれども。私は特に問題なくたどり着くことができます。加護の関係とかいろいろございますが、まあわかりやすく言えば道を知っているからとしか申せませんね。
「そう、セイラがそう言うならそうなんだろうけど、気を付けて行ってきてね」
「はい」
紅茶を飲み終わって従者に予定していた講義のキャンセルは皆様がお伝えくださるのでしたね、そのほかの予定のキャンセルを伝えておくように指示を出し、留守の間のことを頼んでからカップを渡してソファから立ち上がる。
食堂の大きな窓を開けてテラスに出ます。
「あら、もういくの?行ってらっしゃいセイラ」
「え!?手ぶらでいくの?」
エドワード様達がひらりと手を振って見送るとカイン様が驚いたように目を見開いていらっしゃいます。
「不要ですわ」
そう言って私は背中に翼を顕現させます。
「ひとっ飛びですもの」
ふわりと空中に浮かび上がり、皆様に手を振ってまずは迷いの森に向けて飛んでいきました。
あ、ごきげんよう皆様。セイラでございます。
先ほど申し上げたように私はただいま水晶の滝というところに来ている最中でございます。
え?早い?飛ばしすぎ?
うーん、迷いの森というのは精霊の魔法がかかっておりまして、加護のない人間が侵入するとぐるぐると迷わされた挙句に入り口に戻ってしまうという森です。我が国の東の端にございまして、その先を見たものはいないと一応言われております。
まあ、実際は普通に森を抜けると海があるだけなんですけどね。
続いての精霊樹の泉ですが、迷いの森を所定のルートをたどって、大岩に魔力をある程度注ぎ込むとあら不思議、大岩が消えて目の前には光の入り口が出現します。そこを抜けた先が精霊樹の泉です。
精霊樹の泉はその名の通り、精霊が多く住まう泉になっており、薄い霧が太陽の光を反射してキラキラと美しく幻想的で、木々や泉を飛び交ったり休憩するかわいらしくも妖しく美しい精霊たちが迎え入れてくれます。
そしてその泉の中に勇気を出して潜って潜って潜って潜って、潜った先に唐突に放り出される場所が水晶の滝です。
お察しの通り、泉の落ちている水が滝と成っている空間でございます。滝の水以外のすべてが魔力…いえ、神力で作られた水晶で出来ている、まあ…異空間ですわ。
カイン様が「いけるの?」と言ったのはこのせいですね。
普通はこれません、まず迷いの森で道を知っていなければいけませんし、精霊の加護を得ていなければなりません。それに精霊の泉に行く時点で魔力が尽きる可能性がありますね。そして最大の問題は、泉に潜っている時間ですが、大体丸1日潜っております。
ええ、通常ですと死にますわね。
私は空間魔法で薄い膜を張りますので別に平気ですが、丸1日何らかの形で空気を維持する魔法を使えないとまあ、溺死しますわ。
とまあ、到達にはこんな難易度の高い異空間ですが、私は辿り着けますので問題ございませんわ。
『沙羅、参ったか』
『ちこうおいで、沙羅』
『お菓子はどうじゃ?甘い味の美味しい菓子ぞ』
簡易な薄い衣をまとった神々がすぐさまやってきて手招きをなさいます。
「皆様、何度目かは覚えておりませんけれど私の名前はセイラでございます」
『そのように怖い顔をするでない沙羅』
『そうそう、美しい顔が台無しじゃ』
『ほれ沙羅こっちにおいで』
『いやいやこちらには甘い果実があるぞ、沙羅おいで』
あちらこちらから声がかかってどうしたもの考えていると、翼を顕現させたまま浮かんでいた体を大きな手が掬い取る。
『まずはこちらじゃ。ほれおいで』
おいでと言われておりますが、私は手の中にちょこんと座っている状態ですのでおいでも何もないですよね。
連れていかれた場所は水晶で出来た大小の花々の咲く場所。私をここまで連れてきた神は一番大きな花の上に座ると私を空中に放してくださいます。
「ごきげんよう====様」
『うむ。息災で何よりじゃ沙羅』
ここにいらっしゃる神だけではなく、精霊・魔獣・神獣も私のことを『沙羅』と呼びます。セイラの響きに似ているからかもしれませんが、なんとも不思議なものですね。
『カインはよくしておるか?』
「はい、お優しくいらっしゃいます」
『そうか。して、人界のことを聞かせておくれ。先だって雷のが呼ばれたようじゃが、なんぞあったか?』
「少々魔獣討伐があっただけですわ。そうですわね………」
そう言って私は大きな水晶の花の花弁にちょこんと座って話し始めました。
「そろそろ戻りませんといけませんわね」
『そう?もう行ってしまうの?沙羅、もうここに住んでしまえばいいのに』
あれから幾柱の神に同じような話をそれぞれ話し、気が付けば10日ほど経過しておりました。そろそろ帰らなければ2週間という予定を過ぎてしまいますね。
私にしなだれかかり、艶めいた表情ではだけられた服をさらに乱し、現れた素肌を指で弾力を確かめ、舌で味を確かめながら女神の形をした神がはだけた服の間から現れた胸の谷間に顔をうずめていう。
金色の巻き毛、金色の目を持つ蠱惑的な肢体を持つお方。
「そうはまいりませんわ。イルメイダ様」
『ここのほうが沙羅に合っているでしょう?ほら、滾ってくるでしょう?』
「っ…。だめですわ、そのように神気を直接注がないでくださいませ」
上気した頬を隠すように両手を当て、けれどもイルメイダ様のなさることを直接止めるのも不敬に当たるのではないかとためらってしまう。
『ああ、沙羅。なんて美しいの…。白い肌が赤くなって、甘く香っトゥエっ!?』
『いい加減にせぬか痴れ者が』
思わず意図せずに甘い声を上げそうになった瞬間、男神の形を作っている神がイルメイダ様の首を鷲掴みにして無理やり引きはがしてくださいました。
金の髪に青い目の筋肉質なお姿をしていらっしゃるこの神は。
「ラウニーシュ様、ありがとうございます。助かりましたわ」
『ほら、そんなに気を滾らせて動くわけにもいかないだろう。滝の水だ、飲んで置け』
「重ねてありがとうございます」
水晶で出来た器の中の水を飲み干すと、すっと体と精神の滾りが収まり、頬の熱も引いていきます。
中の水を飲み終わると水晶の器はふわりと光を残して消えてしまう。
『ラウニーシュ!せっかくの沙羅との戯れを邪魔立てするなど、どういうつもりです!』
『お前が悪い、イルメイダ。沙羅は人間なのだから事情ってのがあるだろうが』
『ふんっ。ここにいればそのような些事を気にすることもないでしょう』
「申し訳ありませんイルメイダ様。私はこれでも貰い手のある体でございますし、そうでなくとも12公爵家の娘として魔物を討伐する義務がございますので、ここにこのままいるわけにはまいりませんわ」
お二神の掛け合いに申し訳なく思いながらもここが重要なのできっぱりと言わせていただきました。もっともこのやり取りも何度目になるか…。
私の言葉にイルメイダ様もわかっているのでしょう、すぐさま諦めたように肩をすくめてラウニーシュ様の手からあっという間に逃れてその隣に凛とした様子で立っていらっしゃいます。
私も素早く立ち上がってもはや一から着なおしたほうが速いと思われるほどはだけてしまったドレスを直していきます。
『そうだ沙羅』
「はい」
『=====様より土産物を預かってきた』
そう言ってラウニーシュ様は水晶で作られた美しい茜色の扇子を渡してくださいました。
『神装:天の糸。この神装は使用時に任意の太さ、長さの糸を出現させることができる。もちろんただの糸ではない。お前が望めばその糸は刃となって対象を切り裂くだろう。望めば糸はどのような対象のものも逃がさぬ強靭な拘束具となるだろう』
「まあ、便利ですね」
『天の糸自体で殴る、守るもできます。通常時でも身に着けていたほうがいいでしょうね、それは使用しても他のものの様に気をやることは少ないですし、糸を顕現させなければ消費魔力はありません。神力も使いませんよ』
「まあ!」
神装は顕現させる物であって、常時身に着けている物ではないのですが、イルメイダ様のおっしゃるように確かに扇子でしたら身に着けていてもおかしくはないですね。
お土産もいただきましたし、そろそろ本当に帰らないと予定を過ぎて心配されても困りますものね。