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12 悪意のない純粋な好意(悪意)(セイラ視点)

 学院の敷地内に建設されている聖堂。

 白い大理石をふんだんに使った建物で、古い建物にもかかわらず今も新築同様の美しさを保っている。

 採光用の窓は当時の技術ではまだ均一な厚さの硝子が作れなかったからか、たわんで取り込まれる光がより一層内部の神秘性を増している。入り口から入って正面には大きなステンドグラスがあり、描かれるのはこの世界を創ったと言われる3神。

 男とも女ともわからない神が輪を描くように両の手を互いに合わせて祈る姿。

 輪の中には生命の樹とも呼ばれる大樹があり、大地があり、初めの人間と言われる神人が祈りをささげている。


「静かに祈りをささげる姿はあまりにも美しく、声をかけるのをためらってしまうほどに消え入りそうなほど儚げでした。それでも声をかけたのは、そうしなければ消えてしまうのではないかと、一種の恐怖心を覚えたからです」

「ふふ、そんなに消え入りそうでしたか?」

「はい。なんだか本当にお声をおかけしていいのか悩んだのですが、かけてもかけなくても消え入りそうだったので勇気を出してお声をおかけしてしまいました」


 そんな風に照れながらいうケーテ様に笑みを返しながら一緒に聖堂を出る。

 ウアマティ王国の聖女に一番近いと言われている彼女は信心深く、聖堂にも定期的に通っているのだという。

 管理人の許可を得て聖堂を清掃し、祈りをささげるしか出来ていないと謙遜しているが、定期的にそれを続けているというだけで十分に敬虔な信徒といえるでしょう。


「せんだっての魔物討伐ではセイラ様がご活躍なさったとお聞きいたしましたわ。私も怯えずに参加すればよかったと後悔しておりますの」

「王族の方が進んで危険に身をさらすこともございませんでしょう。もし必要であれば、本人の意思など関係なくそのようになるのですから」


 先日の魔物討伐、お恥ずかしながら最後のほうは記憶がございませんの。いつものことではあるのですが、神の加護を得ての大魔法に心が滾ってしまって気をやってしまうのです。本当にお恥ずかしい。

 カール様たちのお話しでは魔物をすべて消滅させた後にいつものように神装を失って静かに地に降りてきて気絶したそうです。

 毎回の討伐戦で精霊や神の力をお借りするこれでは困ると、本日は神に手加減をお願いしに参ったのです。

 この学院の聖堂は神の気配が強くある聖堂ですので、以前からも定期的に通っておりましたが、あいにくケーテ様とはタイミングがずれてしまっていたようですね。


「そうですわ。ケーテ様、もしこの後ご予定がなければカフェでお茶でもいかがでしょう?」

「まあ!セイラ様からお誘いいただけるなんて光栄ですわ。ぜひお供させていただきます」


 途端に頬を紅潮させて目を輝かせるケーテ様は、私を神の使徒か何かかと思っているのではないかと最近思っております。そんなことは全くないのですけれどね。







 学院にカフェはいくつか存在します。学生は600人以上おりますのでその生徒の食事を賄うところが食堂棟一か所では収容しきれないというのが主な理由になります。

 そのほかにも講義の合間などに軽食を取る場所、また生徒同士の交流を図る場所として設営されております。

 カフェにもこう言っては何ですが、格安なところから高額なところまで様々ございます。私どもが頻繁に使用するのはもちろん一番高額なカフェになりますね。

 入学後の実力試験の後にエドワード様と行ったのは中レベルのカフェですよ。ミレーヌ様がそちらに入ったのを確認して入店いたしました。

 窓際の席に案内され、テーブルに置かれたメニュー表を手に取る。


「セイラ様は何を召し上がりますか?」

「そうですわね、ロールケーキとカモミールティーにしますわ。ケーテ様は何になさいます?」

「梨のタルトとアールグレイティーをいただきます」


 テーブルに備え付けられているベルを鳴らして注文をすると、給仕のものが素早く氷水の入ったグラスを置いて厨房のほうへ消えていった。

 まずはと氷水で喉と暑い中歩いて火照った体を冷やして置く。


「そういえばセイラ様、先日の討伐では神装を顕現なさったとお聞きしましたけれど、真実でしょうか?」

「ええ、事実ですわ」

「素晴らしいですわ!セイラ様はまさに神の寵児と呼ばれるにふさわしいお方ですね」

「ふふ、そうでしょうか」

「そうですとも!」


 ケーテ様の性格はこの数か月間で随分つかめたけれど、聡明で福祉活動に熱心というのに偽りはなく、敬虔な信者という一面がある。昨年入学なさった従姉のフロレーテ=ウアマティ王女様と仲が悪いというのも事実。

 というよりも一方的に嫌われているといったほうがいいのかもしれない。

 双子の様にそっくりな色を持っている上に容姿も似通っている、それなのに国民の評判は王女よりも王弟息女のほうが高い。

 ケーテ様よりフロレーテ様が劣っているわけでも福祉活動を怠っているわけでもない。純粋に国民に直接接する機会が多いというだけで人気を取られてしまえば、それは確かに腹立たしいことなのかもしれない。

 ケーテ様にその自覚はなく、従姉と仲良くしたいけれども嫌われていて寂しさを覚えているらしい。この留学を受けたのもフロレーネ様と距離を縮めたいという思いもあるのかもしれない。


「何度も申し上げますが、遠い祖国にあってもセイラ様の武勇は有名です。それなのにご本人はこんなにも儚げで可憐な方だなんて、神の御寵愛も納得してしまいます」

「ほめても何も出ませんわよ?」

「まあ!私は本当にセイラ様を尊敬しておりますの。私はご存知の通り戦闘能力はほとんどございませんでしょう?かといって回復魔法もすり傷を治したり痛みを緩和する程度のものです。武勇に優れるセイラ様のお話を聞くたびにぜひお会いしてお話ししたいと思っておりましたのよ」

「ありがとうございます」


 にこりと笑みを浮かべてグラスの中の氷水をもう一口飲む。


「フロレーテ様もセイラ様の噂には敏感で、吟遊詩人をわざわざ呼び寄せて話を聞いたりしておりましたの。幼少のころは吟遊詩人の話を二人で聞くこともあったのですが、成長するにつれ次第にそれもなくなってしまって…。けれどもやはり従姉ですわね、セイラ様のお話に夢中なところは同じですわ」

「そうですか」


 この人は、おそらく無意識なのでしょうね。

 無邪気に純粋に、無意識に好意的に、この方は人に取り入る才能がある。

 今も、フロレーテ様と仲良くしたいというのならこの場に誘うなりすればいい。

 それをせずにケーテ様はおそらく次にフロレーネ様に会ったときに言うだろう、私と聖堂で偶然会ったこと、そのあとに二人でお茶をしたことを、嬉しそうに悪びれなく、共通の好意を向ける人物のことだからと話すに違いない。

 それがフロレーテ様の心に影を作っていると思いもしない。

 ほとんど同じ立場、それでも片方は王女として外に出ることを禁じられ、片方は王弟息女として王女の代わりに市井の民と触れ合う。

 民に人気のケーテ様、騎士や大臣や高位貴族に人気のあるフロレーテ様。

 少しずつできた溝は深く大きくなっていく。

 質が悪いのはケーテ様は王族として、普段は謀略も策略も腹芸も出来るという点。なのにフロレーテ様のことに関してはまるで幼子の様に純粋な好意で傷つけていく。


「今度フロレーテ様ともお茶をしたいものですわ」

「まあ!ではぜひお誘いしますわね。セイラ様のお誘いですものきっと快諾してくれますわ。3人でお茶なんてどうしましょう、今から嬉しくて胸がドキドキしてしまいます」

「そうですわね」


 なぜ、3人でお茶会と決めてしまうのか。

 なぜ、私とフロレーテ様の2人でお茶をするという発想がないのか。


「本当に、ケーテ様は純粋でいらっしゃいますね」

「そうでしょうか?これでも王族の端くれですのでそれなりに謀略や腹芸は覚えがありますし、綺麗な世界で生きているわけではありませんのよ」

「そうですわね。でも、ケーテ様は純粋でいらっしゃいますわ。きっとそれはフロレーテ様もわかっていらっしゃるのでしょうね」


 だからこそ、どれほど大きな溝が出来ようともそれが深くなろうとも、フロレーテ様は決定的な決別を告げられずにいる。


 私の言葉に余程感銘を受けたのか、ケーテ様は紅潮した頬に両手を当ててはにかんでいる。

 その様はかわいらしく清らかで、確かに聖女に相応しいと言われるのも納得できるほどの姿で、だからこそ、質が悪い。


「そ、そういえば。本日の講義でまたミレーヌ様がカイン様のお隣の席にいたのですが、なんだか今までと違って多少距離感があるように見えましたわ」

「そうですか」

「お二人の間に何かあったのでしょうか?もっとももしかしたらやっとご自分の立場というものを分かったのかもしれませんわね。カイン様にはセイラ様という婚約者がおりますし、いくら幼馴染とはいえミレーヌ様は伯爵家のご令嬢。身分が違いますわ」

「そうですわね。何があったのかはわかりませんが、ミレーヌ様が伯爵令嬢として自覚を持って学院生活を送っていただくのはよいことですわ」


 そう言ったところで注文していたものが届く。

 そこで話は切り替わり、お互いのケーキの話や飲み物の話最近食べたものの話などになっていく。

 たわいのない話をしながら、ふと窓の外に目をやれば、幾分離れた場所からフロレーテ様がこちらを見てすぐに別の店に向かっていく姿と、カイン様とミレーヌ様がまた別の店に向かっていく姿が見えた。


 この世界に酷似した小説では語られない部分が多すぎて、もう私の許容範囲を超えてしまいそうですわね。

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