01 この世界に酷似した小説の知識(セイラ視点)
初めまして皆様、私はセイラ=ウィルゴと申します。
突然かとは思いますが、私が今生きている世界、ここは前世で読んだ小説の世界にひどく酷似している世界なのです。
前世、などと急に言い出して驚かれたでしょうか?それともテンプレとご納得いただけたでしょうか?
驚かれた方に説明をするのであれば、私には今生の前、つまり前世の記憶があるのです。
もっとも生まれついてあったのではなく、思い出したのは5年ほど前のことで、きっかけはこのレムレース国の第一王子との婚約が決まったと聞かされた瞬間でした。
とはいえ、思い出したのはこの世界に酷似した小説の内容のみで前世でどんな人物だったのかも性別すらも思い出してはおりません。
もしかしたら男性だったかもしれませんね。
さて、テンプレとご納得いただいた方は大体想像がついているかもしれませんが、我がウィルゴ家はレムレース国の12公爵家の一つを賜っております。
12公爵家にはそれぞれ王家より秘宝を授けられており、それを守るよう仰せつかっているのです。
そのため王家と公爵家との繋がりを強くするため、代々王族が降嫁(婿入り)する場合は必ず公爵家に、また王妃・王婿になるものも必ず公爵家の者がなると法によって決められているのです。
私どもの代の公爵家に王子に似合う年頃の令嬢は3人おりましたが、王子と同い年であるのは私のみ、そして他のお2人は先の代で王家に娘を嫁がせていたり、王子を迎え入れており順番というか、消去法で私との婚約が決まった次第でございます。
婚約が決まったと聞かされた時、前世の記憶……いえ、もうこの世界に酷似した小説の知識が頭の中に流れ込み動揺して泣き出してしまいましたが、婚約自体には驚きはありませんでした。
我が国の12公爵家は互いに婚姻を結んでいることもあり、適度なライバル関係にはありますが基本的に仲が良いのです。
なので子供同士幼いころから共に遊ぶことも多く、王子に釣り合う年齢の令嬢の内私だけが想い人がいなかったこともあってこうなることは予想できていました。
さて、もう一つテンプレの要素を挙げるのであれば、この世界に酷似した小説のヒロインは私ではございません。
学園に入学してくる伯爵令嬢です。
彼女は王子が幼いころ療養で過ごしていた土地を領地としている伯爵家のご令嬢で、幼い王子の話し相手をしており、その時お互いに幼くもほのかな恋心を抱き合った、という甘酸っぱい思い出があるのです。
学園で再会し、互いに再び惹かれ合うというのが大きな小説の流れでした。
そこで二人の障害になるのがこの私、セイラ=ウィルゴです。
婚約者なのですから、恋の障害になるのは当たり前なのでしょうけれど、なんといいますか、小説のセイラはきつい目つきに高圧的な態度、王子に気に入られている伯爵令嬢が気に入らずいじめをするというこれまた典型的な悪役令嬢です。
けれど、自分で言うのもなんなのですが、鏡の中に映る私はお世辞にも「きつい目つき」というにはほど遠い顔立ちなのです。
小説の中で王子がセイラに向かって「厚化粧」という部分があったので、おそらく化粧技術のたまものだったのでしょう。
高圧的な態度も王妃教育やこの国の王妃になるものとしてほかの貴族に侮られないためと思えば仕方がないものにも思えます。
ちなみにすっぴんもしくは薄化粧の私の顔立ちですが、「派手さはないが儚げな美しい精霊のような顔立ち」だそうです。
これは自称ではなく、幼馴染つまり他の公爵家の方々や家族・親族から言われていることです。
そしてここが重要なのですが、私ども12公爵家の間での交流は盛んなのですが、王家との交流は子供の内は皆無と言ってもいいほどにないのです。
実際、婚約してから王子に初めてお会いしましたし、その初めてお会いしたのも2年前、私が12歳の時でした。
それ以降も年に1度、新年の祝いのご挨拶の時にお会いする程度です。
しかもこれは婚約者だから会うのではなく、12歳になると12公爵家の者が必ずご挨拶に参内することが義務付けられているのでお会いするというだけのことです。
王妃教育も城から派遣された教師が公爵家にやってきて教えるという徹底ぶり。
代々こうなのですから今更疑問に思う者もおりませんが、あまりにも王家が秘密主義というか引きこもり体質というか、そのおかげで実は12公爵家同士での妃争いはめったなことではおきません。
運が悪ければ結婚するまでその状態が続くこともありますし、我が国では王家は象徴・神事的な意味合いが強く、実際の権力はほとんどないというのも妃争いが起きない原因でしょう。
さて、我が国の貴族の子供は諸事情により既に家督を継いでいる、病弱で家から出られないなど、よほどの理由がない限り14歳で王都にある学院に通うことになっております。
我が国はそれなりに領土の大きい国ですので、親元を離れ王都にやってくる子女も多くいるため学院は完全寮制となっております。
これは王家であっても12公爵家であっても変わりません。
寮の棟やそれぞれの個室には待遇の差がありますが、これは確固と階級主義が我が国にはあるため当たり前の措置と言えます。
ここまで長々と話してしまいましたが、まとめると…。
学院生活が小説の舞台で、王子の婚約者の私はヒロインの伯爵令嬢をいじめて最終的に王子に愛想をつかされて婚約を破棄される。
といったところでしょうか。
さてこのように長々話しているのも理由がございます。
学院への入学が近いとあって、周囲が寮への荷物の選定や運び込みなどでごたごたしておりまして、暇でしたの。
だって入寮する部屋の準備で私がすることなんて、学院の校則を隅から隅まで暗記するぐらいしかないんですよ、でも流石に時折従者が指示を求めてくるので部屋を空けるというわけにもいかず、手持無沙汰でございましたの。
でもご安心ください、今しがた無事に入寮を済ませましたので私の一人語りも終わるのではないでしょうか?
私の住まう寮ですがステルラという寮棟で男女兼用です。
入寮資格が王家もしくは12公爵家の子女ですから絶対的人数も少なく、また万が一があったところでどうにかするので兼用となっております。
そのかわり、この寮は入寮者とその従者(3名まで)と専属の職員と寮監を務める者以外、教師であっても立ち入ることが出来ません。
他の寮生とお部屋でお茶をしたいと思ったらその方の寮にお邪魔するのが規則となっております。
現在この寮には3年生2人、2年生3人、1年生2人が在籍しております。1年生の2人というのは王子と私の事ですわね。
12公爵家についてご説明はもうしましたわよね?
それぞれの家が前世で言うところの12星座を意味する家名をもっているのですが、特に意味はございません。多分小説の筆者様がなんとなく付けただけだと思います。
そういえば言い忘れていた気がしますので簡単にざっくり付け加えておきますと、この世界魔物が存在しておりますし、魔法があって精霊や神もしっかりといるファンタジーな世界でございます。
「そんなわけですので、自己紹介を改めてしましょうか」
学年が新しくなる前の長期休暇中であり、新入生の入寮可能初日ですが、上級生の5人はすでに寮にいらっしゃいます。
王子はまだいらしてませんが、正直この場にいる6人の誰も気にしておりませんわ。
「どんなわけですかね。僕たちの間で自己紹介とか今更過ぎて」
そうおっしゃるのは3年生のカール=ピスケス様。濃紺の髪色に紫紺の瞳をお持ちの方で優し気な面差しながらも策略が得意という油断できない方です。
細身でいらっしゃいますが、武術に長けており扱う得物はその容姿から想像できないほどの大剣です。
「自己紹介すべき王子様がいらしてないものね」
「そうそう。真っ先に来ててもいいのにね」
そうおっしゃったのは2年生のマリオン=ゲミニー様とマリウス=ゲミニー様。
お2人は双子でいらっしゃいますが、姉のマリオン様が銀髪に赤目、弟のマリウス様が黒髪に黒目の正反対のお色をお持ちです。
マリオン様は昨年卒業なさったヴェルナー=スコルピウス様と婚約していらっしゃいます。
マリウス様は結界系と強化系防御魔法を得意となさっておりますが、接近戦では自身に結界を張っての格闘技を得意となさっています。
「入寮日初日に来たセイラも早い気がするけど、そんなに私たちに会いたかったのかしら?」
そう言ってにっこりと笑みを向けてきたのは2年生のエドワード=リブラ様。男性です。
緩やかな波を描く金色の髪を首元で一つに結び、エメラルドをはめたように美しい緑色の瞳、シンプルながらも肌を見せない禁欲的な恰好が良く似合う、男性です。
攻撃魔法全般を得意としますが、よく魔物相手に長い鞭を振るう、男装の麗人に見える、男性です。
「しかし久しぶりに会うけど、セイラ様は相変わらず外見だけは儚げだな」
何気に失礼なことを言ってきたのは3年生のアレックス=レオ様。
赤い髪に赤い瞳というレオ家の特徴を強く受け継いでいらっしゃる方で、三男でいらっしゃいますが次期当主最有力候補と言われております。
補助魔法の使い手で、武器は短剣と投げナイフ。
投げたナイフが当たった岩が大きくえぐれたのを見たときは思わず口が開いてしまいました。
「外見だけなんて失礼ですわね、私この中では一番か弱いですのに」
そう答えた私、セイラ=ヴィルゴ。
銀色にも見える薄水色の流れるような髪に薄紫の瞳。肌はいっそ病的に見えるほどに白く、全体的に体つきは細いが胸だけは存在をしっかり主張しております。削れればいいと日々思っておりますが、全体的にスレンダーなマリオン様に言うと呪ってきそうな目で睨まれます。
得意魔法は強化補助魔法と空間型防御魔法です。近接武器は一応短剣を使いますが、弱いのであまり接近戦はしません。
「セイラ様が、か弱い?」
「なにか?」
マリウス様が顔をなぜか引きつらせておっしゃったので首をかしげて問い返せば、さらに顔を引きつらせてぶんぶんと首を横に振って何でもないと必死におっしゃいます。
「俺、セイラ様がナイフで大岩をバターみたいに切ったの見たことあるんだけど」
「しっ。セイラにもイメージがあるのよ」
エドワード様とアレックス様のヒソヒソ声はばっちり聞こえてきているけど聞こえないふりをしておく。
まったく、淑女に対して皆さん随分失礼なことを言いますね。
「さて、自己紹介はともかくとして、セイラ様」
「なんでしょうかカール様」
「王子との婚約をしているのですし、ある程度なら僕たちも目をつぶりますが、出来るだけ節度のある行動をしていただきたいのですが、いいですね」
カール様の言葉に思わず頬に手を添えて首をかしげてしまう。
ある程度とか、節度のある行動という部分の意味が一瞬わからなかったのだ。
以前も言ったように私と王子の接触なんて年に1度ぐらいで、顔こそわかっているけれど性格なんて正直わからないし、接し方すらいまだにどうすべきか考えているぐらいだ。
「カール様」
「なんでしょうか」
「私、王子とは12歳以降年に1回しか会っていないんです。つまり、まだ3回しか会ったことがないんですの」
「そうね。私もそんなものだわ」
私の言葉にマリオン様が同意してくれるし、他の方々も同じ状態なので頷いてくれる。
「正直、節度も何も会話が成り立つのかすら不明なのですが…」
流石に会話ぐらいは出来るだろうとカール達は考えたのだろうが、王家の引きこもり主義というか秘密主義を思い出して何も言えなくなる。
当主である自分たちの親ぐらいになれば王家との関わりがあるというか、当主はひと月ごとに王宮に住まうことになっているためいやでも関わるのだが、子供である自分達は関わりがない。
「王妃教育で王子の人となりは教えてもらえないのかしら?」
「素直で聡明、でも幼いころは少し体が弱かったため多少人見知り。と、だけ」
エドワードにそう答えると全員の顔が引きつる。
秘密主義、引きこもり主義とも言われている王家の人間で、人見知りとなれば私だけでなく他の5人も王子に対してどう対応していいのかわからなくなる。
小説の中ではヒロイン視点だったため、王子は優しく素直で、よくヒロインを気にかけている人だったが、婚約者のいる身でそれはどうなのでしょう。
「人見知りの王子だなんて、セイラも苦労するわね」
「エドワード様、そう思うのでしたら王子との仲が少しでも良いものとなるようご協力をしていただきたいですわ」
「まあ、それは。私達も力を惜しむつもりはないわよ、ねえ」
エドワード様の言葉に他の皆様も力強く頷いてくれてほっとします。
すでにこの世界に酷似した小説の中のセイラと私は違いますので、この先どうなるかわかりませんものね。味方は多いほうがいいに決まっておりますもの。