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第7話 舞踏会招待状、三通

 すっかり日が落ちて夜の帳が空を覆い、街から明かりが消えたころ、私たちは母ロベリアの私室で3人顔を突き合わせていた。

 無論議題は今回届いた舞踏会の招待状だ。



「さて、私の言いたいことは分かりますね、二人とも」

「ええ……ついにこの時が来たんですね」



 むしろ早すぎるくらいだ。

 染み一つない上質な封筒には王家の紋章の印が押されている。正真正銘、王宮からの招待状だ。


 まもなく舞踏会、ということは間もなく失明、死亡まで秒読みということだ。

 かつての私たちはこの招待状が自分たちに届いたことに狂喜乱舞し、自分こそが王太子妃として見初められるに違いないと浮足立っていた。


 だが今の私たちの心は葬式だ。

 誰の? 私たちのだよ。

 この招待状は私たちにとって死刑宣告に等しい。



「舞踏会が開催されるのは今から2か月後。国内の貴族の娘全員に、この招待状が届いていると聞いてるわ」

「目的は、前回と同じく王太子の婚約者探し、よね?」

「ええ、パトリシア。でももう決してはき違えないように」



 3人分の招待状をテーブルの上に放る。もう触りたくもないとでもいうように。



「これはおまえたちが王太子妃になるためのチャンスじゃない。これはシンデレラを結婚させる、家から出ていかせるための手段よ。そして私たちが生き残ることの分岐点になる」



 分岐点。それはきっと父が死んだ時が最初だった。父が事故に遭って死ななければ何も始まらなかったのだ。たとえそれが問題の先延ばしだったとしても。

 次がシンデレラの襲来。私たちが彼女とどんなかかわりを持つか、その分岐点。

 そしてこれが大きな分岐点であり、シンデレラにとって成り上がりのストーリーの最初の一段となる。



「パトリシア、おまえはよく頑張ってるわ。怒りも恨みも押し殺して、シンデレラによくしてやってる。きっとあの子もあなたの想いには気づいていないはず」

「お母さま……! えぇ、えぇ、あと少しだと思って、そう思って耐え忍んでるわ」



 感極まって落涙するパトリシア。ほとんどの時間を屋敷で過ごす彼女にとって、四六時中シンデレラ及びシンデレラの連れた畜生共とのエンカウント率が高い。ストレスも半端なものではないだろう。何より、最初から彼女はシンデレラのことを蛇蝎の如く嫌っていた。にも拘わらず、最近の彼女は表面上面倒見のいい姉のふりができている。シンデレラのことを怒鳴りつけることもヒステリックに泣き喚くこともなくなった。



「カトレア、おまえもよ。シンデレラはおまえのことを実の姉のように慕ってる。本当にうまくやったわね」

「ありがとうございます。私は彼女と過ごす時間が短いので良い顔をし続けられるんです。それに起こりえる最期を思えば耐えられます」



 テーブルの上の招待状を見下ろした。

 王太子は結婚などと言い捨てていたが、その環境が、状況が彼の自由を許さない。

 だが私に彼を気遣ってやる余裕などない。確実にうちの義妹を見初めてもらわねばならないのだ。



「それではこれからの話を改めてします。パトリシア、前回この招待状が届いたとき、どうしたか覚えていて?」

「私たちあてに招待状が3通届いたので、貴族にふさわしい振る舞いの出来ないだろうシンデレラの招待状は暖炉に投げ入れ処分したわ」

「それから?」

「シンデレラが自分で手直ししたドレスを破いたり、舞踏会に行かないように家の雑用を押し付けたわ」

「申し開きは?」

「何もないわ!」



 胸を張って言うことではない。

 前回の私たちは、我が家の侵入者であるシンデレラのすべてが憎かった。だからあの子が喜びそうなものすべてを排除したし、もともと平民育ちの彼女を貴族の一員とは決して認めようとしなかった。


 そうして私たちは、散々彼女にひどいことをしてきた。

 それでもまるで反省の色を見せないパトリシアは強いと思う。自分が正しいと信じて疑わないその姿勢は敬服に値する。貴族らしい貴族だ。

 確かにシンデレラには貴族としての一般常識や教養がない。そんな彼女をデルフィニウム家の一員として表舞台に連れていけば恥をかくのは必至だろう。シンデレラの存在自体を、ないものとして扱うのは、完全な間違いではない。少なくとも、まともな教育を受けていない以上社交界に連れ出すのは無謀だ。


 ただ私たちは知っている。彼女は今自身が持っているものだけで王太子を夢中にさせるのだ。

 で、あれば私たちがすべきことなどない。このまま稀有な貴族令嬢としてぜひ王太子の気を引いてもらいたい。

 ゆくゆくは妃になるのに困るんじゃないかって? 知りません。それは王宮の人たちで再教育を頑張ってください。



「お母さま。では今回の私たちの目標は無事に舞踏会に彼女を送り出し、殿下に見初めていただく、ということでよろしいですか」

「ええ、その通り。ただ無事に、というのは少し違う。前回と同じように、あの子には遅れて会場に到着させたいわ。誰よりも目立つように、決して有象無象に埋もれたりしないように」



 私たちのせいで舞踏会の会場に行くことすらできなくなったシンデレラ。けれど彼女は舞踏会が始まって1時間後ほど遅れて会場に姿を現す。付き添いも誰もつけず、大きな扉は彼女のためだけに開かれる。

 煌めくドレス、澄んだ音を立てるガラスの靴、輝くプラチナブロンドの髪、まだ幼さの残る口元、シャンデリアを映すベビーブルーの瞳。



「あれは、完璧な演出でしたね。遅れてくるからこそ、人の目を引くアドバンテージがあります」



 遅れてきたこと、誰も連れ立っていないことの不自然さがあっても余りあるほど、あの演出は素晴らしかった。

 シンデレラが現れてから、王太子は誰ともダンスを踊らなかった。シンデレラはあの一瞬で王太子を虜にしたのだ。



「本当にあざとい子。大体あんな素敵なドレスを隠し持ってたなんて」

「……いえ、違いますよお姉さま。あの子はあんなドレス持っていませんでした」



 王宮へ行く足もなければ、華やかな場所へ来ていくドレスも、華奢なティアラも、ガラスの靴も、彼女は何一つ持ってはいなかった。



「カトレア、あれは魔法使いが魔法をかけてくれたもの、とシンデレラが言っていたそうね」

「ええ、私たちの目が潰され、苦しんでいる中、慈悲深くも見舞いに来てくれた彼女が、私とお姉さまに話したものです」



 シンデレラは「母親の知人を名乗る魔法使いにすべてを用意してもらった」と私たちにそう話した。



「そうよ、そう言えば魔法使いなら宮廷魔法使いしかいないじゃない! カトレア、あんたの周りでシンデレラに協力しそうな同僚はいないの? そいつさえいなければ、こんなことには……! っていうより宮廷の人間が特定の娘を婚約者に選ばれるように協力するのはありなの!?」



 パトリシアの言う通り、この国の魔法使いは全員管理されている。誰がどれほどのレベルの魔法を使うのか、妖精を目にする力があるのか、そのすべてが登記されているのだ。魔法使いという神秘は、非魔法使いにとって解明しきれないブラックボックス。虎の子であると同時に理解しがたい脅威なのだ。

 そのため魔法使いは全員宮廷魔法使いとして召し抱えられることになる。つまり魔法使いとは宮廷魔法使いとほぼ同義なのだ。魔法は使えないが妖精を見ることができる者は登記のみされていて職業選択の自由は侵されない。



「私もそう思って周囲を調べました。けれどシンデレラの母親と関係がある人も、同じ地区に住んでいた形跡のある人もいませんでした。間違いなく、全員無関係で、シンデレラの言う魔法使いではありませんでした」

「じゃあ誰が、」

「野良魔法使い、ではないでしょうか」



 野良魔法使い。広義的に登記をされていない魔法使いのことを指す。

 通常なら、妖精を目視できる時点で日常生活に何らかの障害をきたし、周囲に事実が明らかになり、登記登録の運びとなる。だが稀に、それをかいくぐり魔法使いでありながら宮廷魔法使いにならず、登記登録もせず魔法を行使する輩がいる。それが野良魔法使いだ。



「どこのだれかわかりませんが、何らかの目的のため、シンデレラに近づきあの子に魔法をかけた。その結果、王太子妃となったシンデレラより何らかの恩恵を受けたのでしょう。もしくは彼女が王太子妃となるだけで何か得があったのか……そこまでは分かりません」

「要するに、シンデレラに恩を売って甘い汁を吸おうとした違法魔法使いがいたってことね」

「まあ大体そうですね」



 前半部分は今の私たちにそのまま当てはまる、という言葉は飲み込んでおく。口にしたところで誰も幸せにならない。



「じゃああのインパクトのあるシンデレラの登場は、邪魔をした私たちとその野良魔法使いのおかげ、ということね」

「ええ、彼女にとっては不幸中の幸いだったのでしょうね」



 皮肉なことに、あの衝撃的な登場を叶えたのは私たちの妨害が一因だった。けれどその結果、私たちは目を潰され、間もなく死ぬこととなる。



「ですが、今回は野良魔法使いの介入を許す気はありません。すべて私たちで行えば事足りることなのですから」



 クソ雑魚魔法使いでも、宮廷魔法使いとしての矜持はある。自分の実家内で不届きな野良魔法使いが勝手に魔法を行使する、そんなことを看過してやる気はさらさらなかった。



「全くです。それではパトリシア、カトレア。おまえたちはシンデレラのためにドレスやアクセサリーを見繕ってきなさい。覚えている限り、当時の彼女の格好を再現するように選ぶのよ」



 毅然とした態度で私たちにそう告げる母に、パトリシアは無言で眉をひそめた。以前の彼女なら大騒ぎするが、ここまで丁寧に説明されたのだ、さすがにここで「なんで私が」とは言いださないだろう。



「パトリシア、その顔をやめなさい。もうすぐなのよ。舞踏会が終わればすぐに殿下があの子を迎えに来る。それに舞踏会でのあの子は王子と踊り出したらもう誰とも話さない。定刻で会場に着くおまえがすることは何もないわ」

「……ええ、お母さま、わかってるわ」

「それといいこと、パトリシア。今回の舞踏会は殿下の婚約者探し。でもね、あの場には他にもいろんな貴族の令息がいるわ。しかも一定の年齢の娘を構わず招待された女性たちと違って、そこに呼ばれているのは有力な貴族、主催である王家から認められた者たちだけ。そこで捕まえるのは難しいでしょう。でも次へつなぐための一つの機会になるわ。出来るだけ、顔を売りなさい」



 静かだが鬼気迫る表情に思わず怯む。



「お、お母さま」

「確かにこの舞踏会の主役はシンデレラと言っても過言ではないわ。もはや出来レースとさえ呼べる。でもそこには殿下以外にも優良物件はいるの。確実に狩りなさい。高望みはせず、確実に落とせる相手を選ぶのよ」



 言われてみれば確かにそうだ。ただ選ぶだけならあの場所には護衛以外の男性は不要なはず。けれど舞踏会の端には少なくはない男性がいた。みんな王太子に夢中で眼中になかったのだろうに。



「……ええ、決して機会は逃さないわ。見た目だけでシンデレラに惚れ込んだ殿下より良い男なんて絶対いるわ。捕まえてみせる……!」

「お姉さま、応援しています。当日のシンデレラのフォローは私がしますので、お姉さまはどうぞ、ご自分のことに集中していてください」



 ここ数か月はシンデレラへの恨み辛みで燃えていた榛色の瞳が輝く。今彼女はチャンスを手にした狩人なのだ。私としても、いつまでもイライラされているよりも新しい目標に目を向けている方がありがたい。粘度と温度の高い恨み辛みはそれなりに胃が痛いのだ。



「では、シンデレラの衣装等々は私とお姉さまで見繕いましょう。当日については前回同様、遅れて舞踏会に来るように準備をしておきます。野良魔法使いが魔法をかける隙のないよう、完璧に仕上げましょう」

「カトレアは当日舞踏会への参加は」

「私は当日一応舞踏会の警備の仕事が入ってます。会場にはいますが踊ったりもしませんし、ドレスも不要です」



 私宛の招待状も届いているが、私は警備員としての参加だ。宮廷魔法使いとして、舞踏会の壁の花になる。不審者の排除だとかが魔法でできるかって? できない。本当に数合わせであり飾りだ。本当に壁の花だ。魔法使いはいるだけで権威の象徴になりえるという大人の事情だ。



「では、私たちの生存ドクトリンは第2フェーズに移ります。今回はシンデレラの舞踏会への参加。インパクトのある到着と殿下の心をつかむ演出。そして退場。そのすべてをプロデュースすること。私は彼女にダンスを教えつつ、最低限のマナーと言葉遣いを詰め込むわ。いいこと、これが私たちの分岐点になります」



 ロベリアは私たちに近づくよう言うと抱きしめた。いつも通り、強く凛とした声なのに、どこか震えているようだった。



「今度こそ、おまえたちはどうか生きて……。鳥にも、病にも、どうか襲われないように……」


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