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第5話 宮廷魔法使い、乱心

「俺と結婚するか」

「脳みそ茹ってらっしゃるのですか?」



 王宮の待機所で突然乱心しだした宮廷魔法使い筆頭。思わず無礼な質問を投げつけてしまうが、悪いのは突然妙なことを言い出したシモンの方だ。だが動揺しているのは私だけではない。近くのソファでココアを飲んでいた先輩は口から茶色の滝を流し、その後ろで書類を片付けていた先輩は転んで書類をぶちまけている。

 待機所のすべての聴覚がこちらに集中していた。



「お前口が悪すぎないか?」

「そんな口の悪い弟子と結婚とか、何がどうあってそんなことを思っちゃったんですか?」

「前に言っただろ、お前の寿命があと1年だと。何かに呪われてるらしい」



 平然と魔法棟に常備されているクッキーを口に運びながら手元の書類を私に見せる。婚姻届だ。思わず顔が引きつってしまう。そして空気を読んだように席を立つ先輩たち。やめてくれ、真実味が増してしまう。二人にしてやろうとか、そういう気遣い今求めてない。



「……それは、そうですが、それがどうして結婚という話に、」

「お前と出会ってすぐ、妖精はお前のことを『呪いの子』と呼称した。ならば子供のころにはすでに呪われていたんだろう」

「あらやだ物騒―話聞いてください」



 まるで私の話を聞いてくれない。とんちきな出だしだったというのに真顔で話し始めるあたりついていけない。だが早々に呪いをどうするだとか、考えることを半ば放棄していた私と対照的に、シモンはいろいろ考えてくれていたらしかった。

 シモンの言う通り、妖精に呪いの子宣言されたことが複数回あったこと覚えている。でもそれはある妖精に掛けられた「祝福」を「呪い」と称したものだと思っていたのだ。



「お前の髪から呪いの発信源を探したが、有耶無耶になっていた。誰かに恨まれて掛けられた呪い、というよりも運命に近いものだ。だから呪いをかけた魔法使いを殺して解呪する方法はとれない」

「……え、髪」



 彼に髪を提供した覚えはない。

 いやもしシモンが呪いの調査のために髪や爪がいると言われれば何の猜疑心もなく提供するのだが、あいにくとそういった相談を受けた覚えはない。真剣な顔つきと手元の婚姻届けに総毛立つ。呪いをなんとかしてやろうという純粋な厚意なのだろうか、いかんせん言葉が足りないのはいただけない。許可を、許可を取ってくれ。



「その呪いに悪意はない。ただ確定された事実としてお前にまとわりついてる」

「……それって結局、呪いの解きようがないってことですか」



 先ほどシモンの言った通り、呪いや魔法は原則かけた本人に解かせるか、殺害するかの2択でしか解呪の方法がない。肝心の呪いを掛けた対象がいないなら解呪ができないのと同じことではないだろうか。

 才能のない私には、呪いなど目に見えない。けれどもしその呪いに発信点があるならば、きっとそれは一周目の死亡した私のもとへと繋がっていることだろう。



 「解きようがない、がやり過ごせばその呪いはなかったことになる。前にも言っただろ、お前にかけられた呪いの期限は約1年後の死亡。」

 「やり過ごす……」

 「ああ、呪いを掛けた奴がいるなら、そいつは何度だって呪いをかけるし、何重にも罠を張る。だがお前のそれはそう言った類じゃない。固定された未来ではあるが、やり過ごすことさえできれば再び呪われることはないだろう」



 やり過ごす、考えたことがないわけじゃない。それこそ鳥に襲われる未来なら屋敷から出なければいい。窓を開けなければいい。だが結局それが有効なのかわからないうえ、詳細が不明な以上、完全な対策を取り続けることは困難だ。それこそ、屋敷に引きこもり続けていれば、屋敷のどこかから出火し、外に出ざるを得ない状況に追い詰められる、と言ったような。運命論は常に絶望的だ。


 母、ロベリアが提案した通り、シンデレラを虐めないことが命を繋ぐ一つの方法だと信じて、今もこうして良い姉ムーブを継続している。だがよく考えてみればシンデレラが恨むことと、鳥に目を潰されることは何の因果関係もない。小動物に好かれるシンデレラの恨みを代わりに晴らすため鳥が襲ってきたと今まで思っていたが、何をしても鳥に目を潰される可能性はある。

 すべての可能性を潰し切り、やり切るのはあまり現実的ではない。



「それで、なんで結婚なんて話になるんですか?」

「俺はお前を一人前の魔法使いにすると約束した」



 脈絡がない。

 その言葉は私が彼に弟子入りした時に彼が勝手に宣言したものだった。後天性魔法使いである私は、彼の使役していた妖精によって魔法を行使する資格を与えられた。

 シモンがいたから私は魔法使いになれた。

 けれどシモンは自分がいたから普通の貴族令嬢ではいられなくなってしまった、と考えているのかもしれない。



「だがこのあと1年以内にお前を立派な魔法使いにしてやる自信がない」

「すいませんねえポンコツ魔法使いで! どうせまだまだ半人前ですよ!」 



 まだまだ半人前、というよりも一人前になれる気がしない。先天性魔法使いとは前提が違ううえ、私に力を貸してくれる妖精はどれも最下級だ。いつまでたっても雑用レベルのことしかできないし、私程度では中級以上の妖精は見向きもしない。



「お前の予知夢が正しければ、失明の原因は鳥。俺が常に傍にいれば外傷性のものはよっぽど防ぐことができる。俺が一緒にいてお前に怪我をさせるはずがない」

「お師匠……」

「だから結婚するぞ」

「お師匠、そこ。そこがおかしいんです。ちょっと発想が飛びすぎではありませんか?」



 深く思慮深い思いやりで泣きそうになったというのに涙が引っ込んだじゃないか。

 この人は魔法の天才だ。私と違い生まれながらの大魔法使い。選ばれたエリート中のエリート。私が宮廷魔法使いになる前は、最年少の魔法使いで、幼くしてその筆頭になった。だからなのか、この人はまあまあ常識がない。知識の偏りがえげつないのだ。特に人の心というものがわからない。



「なんでだ。一緒にいるために結婚する必要があるだろう」

「いやいやいや……さすがにそんな大事なこと軽々しく決めちゃだめですよ」

「お前の生死が掛かってるのに軽々であるはずがないだろう」



 何言ってんだお前、という顔をされるがそのままお返ししたい。

 何言ってんだあんたは。



「それともなんだ、婚約者がいるのか」

「いや、いませんけど……。結婚したって四六時中一緒にいられるわけではないんですから」



 結婚したとしても、宮廷魔法使い筆頭の師匠と末席の私では仕事内容から違う。私は基本的に王宮内や街をちょろちょろしているだけだが、彼は王族の公務に同行して国外へ行くこともあるし、国防に駆り出されることすらある。であればそもそも一緒に居続けるのは現実的に不可能なのだ。



「お師匠だって魔法使い筆頭ですよ。もっといい結婚相手なんて掃いて捨てるほどいるでしょう」

「掃いて捨てるほどいるが俺の興味の湧く奴はいない」

「お師匠の興味を引いてなきゃ無理とはさすがにハードルが高すぎでは」

「お前は興味深いぞ? 後天性魔法使いだし、呪われてるし」

「まあ割と奇想天外な人生は送ってますが」



 貴族令嬢にあるまじき面白おかしい人生だ。父親が浮気していたことを父の死後知って、しかも浮気相手との子を家に入れることになって、その異母妹が王太子と結婚することになって、鳥に目を潰されて死んだと思ったら逆行して、挙句今度は魔法使いになってって、情報量が多すぎる。これほど破天荒な人生を送っている人間が国中探して他にいるだろうか。



「まあ結局のところ、お前に死なれたくない、というだけだ」

「お師匠の魔法で見えなくなった目を治す、とかはできないんですか?」

「やったことないからわからん。だがお前だって潰れてから治すより潰されない方がましだろう」

「いやまあそれがましなんですけど」

「じゃあ結婚」

「どうしちゃったんですかお師匠!? 誰かに結婚するよう命令でもされて、」



 突然窓から折り紙でできた鳥が飛び込んでくる。反射的に燃やし殺そうとしてしまったため一瞬紙から黒い煙があがる。すぐに間違いに気が付いて手に取ると同僚からの連絡だった。鳥の身体に書かれたメッセージにため息を吐く。どうやらこの国の宝である王太子殿下が王宮から抜け出し街へ降りて行ってしまったらしい。

 もう少しこの思考回路暴走師匠とコミュニケーションを取り、思考の帰結先を修正したいが、仕事は仕事だ。仕方あるまい。



 「また殿下が王宮から逃げ出したみたいなので捕まえに行ってきます。お師匠も馬鹿なこと言ってないで働いてくださいね! 婚約届はぽっけにしまう!」

 「…………目には気を付けろよ?」

 「大丈夫ですって、行ってきます!」


 居心地が悪いような、むしゃくしゃするような、わずかばかりに浮足立つ思いに、表現しがたい戸惑いを抱えながら、王太子を探すため街へと向かった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] まだ途中までしか読んでないけど、王太子、皇太子、王太子妃、皇太子妃、王家と表現が混在してて混乱してます。 もしかして王太子=皇太子と勘違いしてますか?それとも王太子と皇太子、それぞれ物…
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