37話 大団円
男爵家からシンデレラが去って1か月。我が家には新しい風が吹いていた。
死の呪いが霧散した私は、宮廷魔法使いとして魔法棟に詰める一方、王太子妃となったシンデレラの公務に度々付き添うこととなった。基本役立たずのポンコツ魔法使いだが、人ひとり急襲から短時間守りきる程度の力はあり、なおかつ王宮内に知人も何もおらず、貴族としての常識もないシンデレラのフォロー役として駆り出されている。以前シンデレラの言った通り、彼女を間近で見守る存在となってしまった。
もっとも死と失明の未来がなくなった時点でシンデレラへの悪感情はない。今の彼女はただただか弱く天真爛漫な妹だ。
そして野良魔法使いを相手に猟銃で大立ち回りをした姉、パトリシア。今までの勝手かつ危険な行動を母ロベリアにこってり絞られたのち、今では自分探しをしている。元々多才で器用なパトリシアは、自分にしかできないことを見つけたい、と話し、他の貴族屋敷に出入りしながら裁縫や刺繍、お茶、生け花から狩猟まで教えて回っている。婚活の鬼であったその姿はすっかり鳴りを潜め、もはや結婚には拘泥しないつもりらしい。以前と比べて怒ることも取り乱すこともなくなった姉は、勇ましく美しかった。
三人の娘にすっかり振り回され疲弊した母ロベリアは、王太子妃となったシンデレラのフォローをしつつ、群がってくる貴族たちの相手を男爵家代表として一手に引き受けてくれている。未婚の私たちの結婚話から、本人の再婚の話まで舞い込んでいるというのだから、その仕事量は果てしない。長女は多才な猟師崩れ、次女は宮廷魔法使い、三女は王太子妃、三人も娘がいるのにおしとやかで普通な令嬢が一人もいない。ロベリアの心労を思うと心が痛むが、私にできることは何もない。
ある日私たちは母ロベリアに執務室へ呼び出された。真剣なその顔つきはシンデレラが男爵家に来た夜によく似ていた。
「お母さま、よく聞こえませんでした。今なんと?」
言語中枢を破壊されこの世の混沌を脳に注ぎ込まれたようなパトリシアを横目に這う這うの体で聞き直す。
「宮廷魔法使いになった元野良魔法使いのユーグ・ナスタチウムを養子にします」
シンデレラと仲良くなさい、という言葉以上に眩暈がした。
半ば腰を抜かすように椅子に腰かけて数分、部屋の中は静寂に満たされた。
たっぷり数分後、私が呼吸の仕方を思い出し、パトリシアの言語中枢が空の彼方から帰ってきた。ロベリアに掴みかからん勢いでパトリシアが叫ぶ。
「正気ですかお母さま! あれは、あれは私たちの死因ですよ!? いえ、私たちを殺した犯人ですよ!? そんな奴を養子にだなんて……!」
こんなに怒っているパトリシアを見るのは久しぶりだと現実逃避気味に眺める。最後に見たのは、と思い返すと、猟銃片手に野良魔法使いを追い回し仕留め損ねた時だった。ようするに怒りの矛先は一緒。
「でも彼は今回、私たちに対して大きな被害を与えていないわ」
「え、私舞踏会の直後昏倒させられたんですけど?」
「怪我はないでしょ。それに今じゃ一緒に働いてるんだからある程度許してもいるんじゃないの」
「そう、ですが……そうなんですけど決して許しているわけでは……! 一社会人として守るべきルールや常識で何とかやっているだけであって……!」
顔色も変えずにしれっと言うロベリアに言葉にならない不満が放出される。仕方ないから我慢しているだけであって、本人の情状酌量によって罪に問うていないだけで私個人としてきれいさっぱり水に流せているわけでは全くない。
「私はっ、私は全く許してないわお母さま! 今だって奴を殺したくて殺したくて……! 前回仕留め損なってから私のこの肚のそこから湧き上がる怒りのやり場がないの……!」
「シンデレラの結婚式のとき、なんだかんだ大人しくしてたじゃない」
「そりゃあの子の結婚式の邪魔はしたくないからよ! 辛酸をなめる思いで我慢してるの! それをこれから兄弟ですって? 私が許しても私の銃が許すかは別の話よ」
「無機物に人格を持たせないで頂戴」
ここで「王太子妃の結婚式」ではなく「あの子の結婚式」と言い切ったあたり、あれほど強烈だったパトリシアの蟠りは完全に溶けているようだった。ユーグに対しては強化されている気がするが。
「大体あの人が死んだ以上、どこかから婿養子を取るつもりだったのよ。それなのにパトリシアはまるで結婚する気もなく、ふらふらして……それだけなら良いとして猟銃を軽々と扱う肉刺だらけの令嬢なんて嫁の貰い手が付かないわ! ここは狩猟民族国家じゃないのよ」
今になって、家の仕事に関わらずロベリアに丸投げしてきたつけを支払わされている気分になる。
現実的な話、いつまでも男爵不在のままではいられない。今は男爵代理としてロベリアが執り行っているが、それはあくまで仮のもの。現在この国に女性が家長として君臨している家はどこにもない。特別な功績があり爵位を賜る女性がいても、今のロベリアにそれも当てはまらない。
であれば直系の娘である私たちが婿養子をとり、その婿養子に男爵位を継がせるのが現実的だ。
「カトレアはもう結婚相手が決まってるけど、相手が宮廷魔法使い筆頭じゃ基本的な当主としての追加業務をできるとは思えないわ」
「……ん、え、お師匠のこと言ってます? いえ、そもそも結婚云々って話しましたっけ?」
さも当然のように自分の結婚相手が確定されているのだが、ユーグを宮廷魔法使いとして召し上げるにあたってのゴタゴタのせいですっかり件について忘れていた。だがあれはたしか家族には話していない。知っているのは殿下くらいだろう。何より私は何のかんのと理由を付けてシモンに明確な返事を提示していない。
「シモンさんが言ってたわ」
「え、い、言ってたっていつ……!?」
「たまにフラッと来られるのよ。少しおしゃべりとお茶して帰られるけど、可愛らしい方ね。国一番の魔法使いで、王家とも関わりの深い重臣なのにおしゃべりで甘いものが好きだなんて」
すでに外堀が埋め終わっていた。
いやむしろユーグの件で便宜を図るよう奏上したりアドニスと調整したり、国を挙げての結婚式の警備の指揮まで取ってたのに、いったいどこに実家まで来て懐柔する時間があったのか。
「……あれ」
はたと我に返る。
結婚する、という提案を受けたのは数か月前だ。私が失明して死亡する未来を見たから、私を守るために、常に傍にいるために結婚すると言い出したのだ。
しかしシモンはすでに、私が失明する未来や死亡する未来は失われたと、再度未来視で確認している。
ならばもう私とシモンが結婚する理由はない。
だがシモンがロベリアを懐柔していたのは未来視での確認が終わってからだ。
「………………うあ、」
顔に血が集まる。
逃げの言葉であった「私が死なないため」と理由はもうすっかり取り払われた。お互いにとって。シモンはもう私を守る必要はないし、私はもう守らなくていいと断ることができる。
そんな中、シモンが外堀を埋めることを止めないということは、つまりそういうことだ。
「やっと自覚したのね。今まで生きるか死ぬかって話でお前に余裕がなかったのは知ってるわ。だからこれからは、楽しく、自分の幸せのために生きなさい」
「お母さま……」
「まあそれはそれとして」
「それとして」
いい感じの話だったのに結構雑に流された。
「ユーグ・ナスタチウムは、我らがデルフィニウム男爵家の罪です」
浮足立っていた気持ちが一気に地に落ちる。
もう重々知っている。一番前に立って調査したのだ。
父が何をしてきたのか、ユーグ・ナスタチウムがどんな風に生きてきたのか。
父は罪人だ。貴族としては裁けずとも、人の道理には反した罪人だ。
裁かれることも、罰せられることもなくあっさりと逝ってしまった。あとには不幸の種、被害者だけを残して。
「彼は私たちの目を潰した。結論だけ言えば私たちを殺した張本人と言ってもいいでしょう。……だがそんな風に彼を作ったのは主人……ひいてはデルフィニウム男爵家です」
長年、当主に寄り添ってきたロベリア。その人が不倫していることも、ほかに子供をもうけていることも知っていてなお、糾弾することも離婚することもなく支え続けた。妻、というよりも領地経営、社交界対応を行うときのパートナーとして。そんなロベリアは私たちよりもずっと“家”というものに責任を感じている。
「私がもっと厳しくしていれば、不幸な子は産まれなかったはず。どれも私の甘さが招いたこと。その罪を償う方法を、私たちは考えなければならないわ」
パトリシアは唇が切れるのではないかというほど唇を噛み締めていた。
私やパトリシアからすると、父の罪は父の罪だ。かの男が節操なしで悍ましく欲深い屑だったというだけ。私たちにはどうしようもないと。
だがデルフィニウム男爵家の罪であると言われてしまえば、私たちはその罪を肩代わりし、償わなければならない。
「……それが、彼を養子にすることが、償いになるのですか」
失われた時間は返らない。孤独な幼少期は、長年にわたり大人の支配下に置かれたという傷はなかったことにならない。
「するわ。失われたと思うものがあるならできるだけ取り返せるようにサポートをする。彼には新しいデルフィニウム男爵の長男としての戸籍を与える。今までのお金の動きからして、男爵が秘密裏に平民の女性に産ませ、育ててきた隠し子だと理由は立つわ。シンデレラのこともあるの、隠し子が1人いるなら2人いても何の不思議もないでしょう。何より不義の子だとしても、王太子妃の生まれとほぼ同じ設定を付けておいて、いったい誰が文句や非難を言えるかしら」
思った以上に合理的に考えこまれていることに舌を巻いた。確かに本来なら不貞による庶子に家督を継がせることは考えられない。だが庶子であるシンデレラが王太子妃となった昨今、同じ父親を持つとみられる義兄が男爵家に迎え入れられることを批判できる者がいったいどこに居ようか。
おそらくだが、これはロベリアだけで考えたわけではないだろう。
シモンがお茶をしに来たと言っていたが、その時に相談したのではないだろうか。王家の傍に仕える宮廷魔法遣いの経歴がグレーなのは極力避けたい、というのが魔法棟の本音なのだ。戸籍も経歴も何もなければ不審に思われたり、無駄に疑いをかけられる可能性が付きまとう。
だがそこに王太子妃の家族という箔が加われば話は別だ。ユーグへの批判は王太子妃の批判に直結する。
政府側の都合と男爵家の都合をすり合わせた結果が、おそらくユーグの男爵家入りなのだ。
「……お父様は屑だった。野良魔法使いが被害を受けていたのもわかった。でもそれは私たちの目を潰す理由にはならない。2周目の今、私たちは努力した! 大嫌いで怖い、シンデレラに親切にした。家族として扱った。何も悪いことはしてなかったのに野良魔法使いは私に近づいて呪具の懐中時計を渡した、カトレアを襲った、私たちに対して悪意があった。私たちは関係ないのに! 私たちだって、お父様に裏切られた被害者じゃない!」
「パトリシア……お前の言うことももっともだわ。私たちもまた、あの人に裏切られた被害者。でも同時に加害者の家族でもあるの」
ああ、と声にならない感嘆が口から零れた。
パトリシアは、パトリシアだけは父のことを信じていたのだ。
1周目は裏切られたけれど、2周目では自分たち家族だけを愛してくれると、他所に子供など作ってこないと。信じていたから、シンデレラが来るまでパトリシアは1周目と同じ生活をした。私のようにあえて変わる努力をしなかった。変わろうとすることは、自分の父の愛を疑うことと知っていたからだ。
早々に父に見切りをつけ、シモンについていき宮廷に入り浸っていた私と、父を信じ続け、愛ある生活を送ろうとしていたパトリシアとでは見えている世界が違う。
シンデレラとの対面によって裏切られていたことをまざまざと見せつけられたところで、今度は生きるために裏切りと死の証と仲良くしろとの指示まで出されたのだ。そのうえ努力したところで、常に鳥に襲われるかもしれないという恐怖に取りつかれ、挙句自分たちを害する野良魔法使いの手玉にすら取られたのだ。パトリシアの傷と苦しみ、怒りは計り知れない。
たとえ野良魔法使いの理不尽な攻撃が、父の与えた影響によるものだとしても、納得できるものではないのだ。
「……とにかく、私は絶対に認めない。お父様の罪はお父様のもの。そもそも都合よく男爵家に迎え入れることが償いになるとは思わない。……私たちを殺した人と家族になんてなれないわ」
パトリシアは眦を吊り上げ言うや否や、足早に部屋を出て行った。これ以上話すことはないという意思表示だろう。追うこともできず、ロベリアは深くため息をついた。
だがため息をつきたいのはこちらの方だ。
「……で、あなたはこの流れであいさつができると思ったんですか」
「いや、彼女に関しては難しいとは思っていたよ」
執務室の奥の部屋から現れたのはここまで息をひそめていたユーグ、その人だった。




