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第3話 雑用魔法使い、角砂糖

「なんで、なんでアンタが……! 灰被りのくせに!」

「ええ、ええ、本当に。私のような卑しい身分の生まれの者が、王子さまと結ばれるなんて……本当に夢のようです」



 真暗い世界で、怒鳴るパトリシアの声と、小鳥が歌うような声が聞こえてきた。


 灰被り、シンデレラだ。

 先の舞踏会でその美貌を買われ、王太子に求婚された。卑しい生まれ、男爵家の庶子。マナーもなければ上流階級の常識も知らない。


 そんな、ただ美しいだけの小娘。


 その美しさなど、もはや私たちは見ることもできないのだけれど。



「大体アンタのあのドレスはどうしたのよ! あんなもの家にはなかった! どこからあんなもの盗んできたの!?」



 ああパトリシアも、私と同じように目を潰され、痛みに苛まれているだろうにどうしてあんなにも元気なのだろう。苛烈な性格だが衰えが見えないのは羨ましい。



「パトリシアお義姉さまもご覧になっていたんですね! 私には過ぎた美しいドレスやアクセサリーでした。あれは魔法使いさまが用意してくださったんです」

「魔法使い……!?」

「ええ、あの方は亡くなったお母さまのお知り合いだとおっしゃっていて。……あの日、屋敷の掃除をしていたのですが、突然魔法使いさまがいらっしゃって、それで、私どうしてもお城へ行ってみたかったんです。……お掃除をさぼって申し訳ありませんでした」



 すでに王太子妃になることが決まっているというのに、いまだにそんなことを謝るのか、と呆れる。何もかもいけない。この娘は私たちとは感性が違う。違いすぎる。私たちの意地悪など、なんとも思っていない。改めて私たちの滑稽さを思い知った。

 どこまでも私たちの一方的な独り相撲だったのだ。

 父が不貞を犯していた事実への怒りも、裏切られたという恨みも、美しい義妹は受け取ってすらいなかったのだ。


 王太子妃となったシンデレラは、約数か月のみといえど、世話になった男爵家の面々の見舞いに足を運ぶ。家族想いな王太子妃、そんな風に民草には感じられるのだろう。実際、彼女はきっとシンプルな善意だろう。だがそれがどれだけ私たちの神経を逆なでするのか、私たちの目を潰した小鳥たちが、常日頃自身が侍らせていた鳩たちだと彼女は気づいているのだろうか。



「私が今こうして王子さまと結婚することができたのは、男爵家に迎え入れてくれたお義母さま、お義姉さま方、そして機会をくださった魔法使いさまのおかげです」



 ああきっと、彼女は今も天使のような顔で微笑んでいるのだろう。









 シモンから呪われている宣告をされた日の夜、彼は私に一つのアミュレットをくれた。



「なんですか、これ」

「鳥よけの魔法を掛けておいた。鳥、というと鳥獣の類だが、狩猟の妖精の力が込められているから、小動物除けにはなる。鳥専用になるやつは改めて作るが、それまではそれを持っておけ」

「わあ! ありがとうございます! 嬉しいです!」


 鳥嫌いの私にとっては垂涎もののアイテムだ。その日のうちにこんなものを作ることのできるシモンはレベルが違いすぎる。ここまで才能に差があるともはや嫉妬や羨望など抱きようもない。


 喜んで受け取ったアミュレット。屋敷に帰って感じるが、効果は覿面だった。屋敷の庭でも台所や倉庫でも鳥も鼠の姿も全く見かけない。

 今まで屋敷の中の鼠除けは私の魔法を使っていたのだが、シンデレラが来てからと言うもの鼠の出入りが激しいのだ。シンデレラはどうにも小動物を引き寄せるらしい。鼠や小鳥、栗鼠や兎、もはや動物使いかというレベル。

 しかもどうしてかシンデレラが小動物を引き寄せる謎の力の方が、私のクソ雑魚家事魔法より強いのだ。もしかしたら彼女自身魔法使いの適性があるのかもしれない。だが害獣を呼び込むのは本当に勘弁してほしい。汚いものを嫌悪する姉パトリシアは週に数度は卒倒しそうになっている。


 アミュレットをじっと見つめていると、仄かに光り、妖精の姿が浮かび上がる。

 ツンと澄ましたような妖精は私を一瞥することもなくアミュレットの上に腰を掛けた。


 魔法使いは、周囲にいる妖精から力を借りて魔法を行使する。妖精たちは気に入った人間に力を貸してくれるのだ。

 宮廷魔法使い筆頭たるシモンは妖精たちから寵愛を受けており、あらゆる魔法を難なく行使することができる。それこそコーヒーを片付けるような家事魔法から、無から有を生み出す魔法まで。

 一方、宮廷魔法使い末席たる私は簡単な家事魔法程度しか使えない。それもしっかり集中して、時には妖精たちに懇願して力を貸してもらうレベルだ。手作りの呪具の操作も可能だがそれ以外は家事魔法のみ。掃除、洗濯、もの探し。その辺でたむろしてる妖精ブラウニーたちは手を貸してくれるが、このアミュレットにいるような気位高い妖精は私なぞには目もくれない。


 大抵の人間は彼らを見ることもできない。見られるか見られないか、は本人の素質としか言いようがない。かくいう私も一周目では妖精など見たこともなかったし、魔法使いは不思議なことができる不思議な人たち、なんていう程度の認識でしかなかった。二周目すら、ある出会いがあるまで彼らを見ることはできなかった。私が妖精を見ることができるようになったのは偶然であり、妖精の気まぐれだ。



「これからしばらくお願いしますね。頼りにしていますよ」



 アミュレットの妖精はつまらなそうにあくびを一つするとどこかへ隠れてしまった。私のようなクソ雑魚魔法使いの扱いなんてこんなものである。姿を消そうともアミュレットそのものに魔法が掛かっているため、あえて引き留める理由もない。そして私ごときではいうことを聞いてはくれない。

 なんにせよ、これでしばらくは鳥に怯えずに過ごすことができるだろう。






 呪われていることが確定しようとも、余命が1年だとしても、私には仕事がある。多少メンタルが沈もうとも、一社会人として通常通り出勤しなくてはならない。何より生き残れるかもしれないという希望を持ち続けるために、私は一周目の私とは全く違うことをしていたいのだ。



「おはようございまーす」



 王宮の一角に宮廷魔法使いが詰める棟がある。通称魔法棟、とそのまんまな名前が付けられたそこには、国内で魔法を使える者が集められ、日夜仕事に追われている。もっとも、あくまでも申告して魔法が使えることが判明した者だけであるが。

 おそらく、一周目においてシンデレラに魔法をかけ、ガラスの靴を与えたのは未申告の野良魔法使いだろう。もし宮に仕えている魔法使いが、ある一人に贔屓などしようものなら政治的意図が絡みかねない。本当に、亡くなった実母の知人だったのか、それとも何か利益を狙った野良魔法使いだったのか。それはもう今となってはわからない。



「やあカトレア。早速だけどカトレア宛てに出動要請出てるよ」

「ええ……いきなりですか。なんです?」



 待ってましたと言わんばかりに近寄ってくる先輩にすでに帰りたくなる。



「まずは厨房のパン窯の様子を見てきてほしい。なんか調子が悪くてことごとくパンが焦げるらしい。それから応接室の掃除。急にお客さんが来ることになったらしいんだけど、人手が足りなくて」

「えぇ……別に私じゃなくても良くないですか?」

「悪いが他の仕事はお前じゃダメなんでな」

「絶対的な力の差を感じる」

「誰でも良いけど選ばれる喜びを噛み締めとけ」



 末席クソ雑魚魔法使いは仕事を選べない。

 ほら、と飴と氷砂糖の入った袋を先輩から渡される。私たちの効率的なエネルギー源、もはや仕事道具と言ってもいい。

 仕方なく袋を受け取って魔法棟を出た。パン窯も応接室も、両方とも急を要する以上あまり駄々もこねてはいられない。誰でもできるが大事な仕事ではあるのだ。先輩の言う通り、非魔法使いでもできる仕事なのに魔法使いというだけで専門職採用されて手当ももらっている身としては、給料にふさわしい仕事をしなくてはならない。

 氷砂糖を三つほど口の中に含んでかみ砕いた。


 どちらの仕事もおそらく午前中に仕上げなければならない。特にパン窯は緊急事態だ。昼食に間に合わず、客人に出す食事が焦げているなんて言ったら大惨事。

 だが先に宮内の応接室へ向かう。

 急な客人と言うことで使用人たちは皆バタバタと走りまわっている。応接室のあるフロアについたところで顔なじみの使用人に声を掛けられた。



「あ、デルフィニウムさま! よかった来てくれたんですね!」

「ええ、掃除があると聞いたのですが」



 彼女に引っ張られ、いくつかある中で最も大きな応接室の前へ連れていかれる。玄関から応接室まで続く廊下では使用人たちが掃除を着々と進めており、すでに塵一つ落ちていない。おそらく、手の行き届かない分だけ担当することになりそうだった。



「ええと、こちらの部屋をお使いになると言われているのですが、広すぎてとても手が回らず……。先に他の者たちが掃除は始めているのですが、とても間に合いそうになくて」

「わかりました。じゃあここは私がやっておくので、皆さんは他へどうぞ。掃除は誰もいない状態で行いたいので」



 中で先に掃除をしていた使用人二人に出てもらい、さっさと応接室へ入る。本来しがない男爵令嬢ごときでは一生立ち入る機会もないだろう豪奢な部屋。宮内を探索できるのも宮仕えの特権の一つだろう。王宮内で最も広い応接室ということもあり、見るからに高価そうな調度品も多く、掃除には余計に時間がかかりそうだった。

 他人払いし、一人きりになった部屋で息を吸う。



「ブラウニー」



 そっと名前を呼べばどこからともなく鈴が鳴るような声が聞こえてくる。気が付けばブラウニーは私の目の前で笑っていた。

 名前を呼べば姿を現す。

 どこからともなく、楽し気な、酷薄な、彼らの笑い声。



「ウフフフ、なに、なになに? どうしたの? アタシを呼んだ?」



 魔法使いが、魔法使いたる所以。



「呼んだよ。ここの掃除をお願いしたい」

「えーウフフ、お願い? お願い。ここの掃除? どうして?」

「今日の午後、大事なお客さんが来るらしい。でも今みんな他のおもてなしの準備に出てて、この部屋だけは間に合わなさそうなの」

「大事? 大事? どんなヒト?」

「知らない」

「ウフフフ、ウフフ! 知ってた知ってた! 知らないって知ってた! だってあなたはシリー、シリー、可愛いシリー。何にも知らない可愛い子!」



 ストレートに私を馬鹿にしながら楽しそうに飛び回るブラウニーに、今更怒ったりはしない。

 力を貸してくれる気まぐれな妖精には、友好的に、丁寧に、お遊びに付き合ってあげながら交渉するしか私にはできないのだ。



「ええ、何にも知らなくてとっても弱いの。弱い私を助けてくれる?」

「ウフ、ウフフフ! アナタのそういうところが好き、大好きよ! 他のヤツよりずっと可愛い! 可愛い可愛い可哀想! 甘いもの用意して! アナタのぽっけの氷砂糖、いっぱいいっぱいミルクに入れて!」

「いいよ、わかった用意する。私のお願いを聞いてくれる君が好きだよ」



 機嫌よく高い声で笑うと、ブラウニーは姿を消した。途端に部屋の中の物が一人でに動き出す。


 王宮に住むハウス・ブラウニー。

 王宮に住む彼女は特別で、仕事を始めれば妥協を許さない。気まぐれでありながら、王宮という自分の根城に誇りを持っている。使用人が片づけたところもすべてひっくり返して自分の整理整頓を始めるのだ。あとは彼女に任せておけばすべて恙なく片付けてくれるだろう。


 さっさと応接室から出て、扉に「立ち入り禁止」の札を下げておく。札にはローブの刺繍と同じ、宮廷魔法使いの印が押されている。

 妖精は自分のことを見ることができない非魔法使いが嫌いだ。嫌悪し、見下している。うっかり非魔法使いが妖精の機嫌を損ねることがあれば、手伝いどころか厄介ごとを増やす。

 だが宮廷魔法使いの印のついた札があれば、使用人たちは決して入らない。魔法使いと非魔法使いには大きな隔たりがある。隔たりがあるからこそ、非魔法使いは魔法使いの領分をあえて犯そうとはしない。

 1時間もすれば掃除も終わっているだろう。甘いホットミルクを用意して迎えに行けば、鼻高々なブラウニーが出迎えてくれるに違いない。

 彼女に掃除を任せている間に、私はなぜだか調子の悪いパン窯のある厨房へ向かった。






「こんにちはーお邪魔しまーす」

「ようやく来たか! よかった!」



 先ほどの掃除に追われる者たちよりもはるかに慌ただしく人が行き交う厨房。顔を出して挨拶をすればあれよあれよと奥へ連れていかれる。怒声にも似たような声が飛び交い。どこもかしこもいい匂いのする厨房はいつ来ても異世界のようだと感じる。



「今朝から異様にパン窯の調子が悪いんだ! 入念に調べてみたが故障してるわけでも何かがまぎれてるわけでもねえ!」



 声の大きいパン職人が欠けたり焦げたりしている無残なパンたちを前に嘆く。

 私からすれば十分美味しそうなのだが、さすがに宮廷料理の一員として出すにはケチが付くだろう。

 パン作りのプロが備品の点検を十分にしたうえで何も見つからなかったから、魔法使いが呼ばれる。要するに非魔法使いにはわからない何かが原因だと考えたのだろう。

 窯が冷めているのを確認してから蓋を開け覗き込む。


 すると窯の奥にいる小さな何かと目が合った。



「どうだ?! やっぱなんかいたか?!」

「あーいますね。います。なんか小さいの」



 虫でも鼠でもない。小さな人型の妖精はニヤニヤとしながら小ばかにするように声を上げる。



「困った困った! へへへ下手くそ! 俺たちなんか見えちゃいない! 馬鹿で無能なでくのぼう!」



 底意地の悪い顔、ボギーマンだ



「……なんでこんなのが紛れ込んでるんだろう」

「紛れてるのはお前の方! ちびで無能な役立たず!」



 間髪入れずに言い返してくる人をおちょくるような声にため息を吐いた。ボギーマンは低位の妖精だ。他人の嫌がることをするのが好きで、家の中で悪戯をしたり、物を壊したりする。今回はこの窯に憑いてパンに悪戯をしていたのだろう。人が困れば困るほど喜ぶ。この忙しいときに目に見えない悪戯をされて厨房のコックたちはこれ以上ないほどに困っただろう。



「嬢ちゃん! 何がいるかわからねえが早く捕まえてくれ! すぐに火あぶりにしてやる!」

「うーん見えないと火あぶりにもできませんし、余計調子乗るだけですよ」



 顔を赤くしながら怒るパン職人に、またボギーマンはケタケタと笑う。

 こういった手合いは真面目に対応しても無駄だ。圧倒的な力の差があればひっつかんでひねりつぶす、なんてことも可能だが、あいにくと私は妖精の言うように無能。精々追い出す程度のことしかできない。



「まあ、追い出すだけ追い出しますね。一歩下がっててください」



 ローブのポケットから小箱を取り出す。小さな木箱は力のない私の強い味方だ。



「……ふぅっ!」

「うっわぁなんだこれ!?」



 私の息とともに小箱から吹き出すのは白い紙片。意志を持つように勢いよく窯の中へと吸い込まれていく。



「ちょ、これよく見りゃ虫じゃねえか! ここ厨房だぞ! 虫はやめろ!」

「虫ですけど全部紙ですよ。虫の姿をしてるだけの紙片です。これが手っ取り早いんですよ。衛生的には何の問題もありません」



 白い紙片は遠目では吹雪のようだがよくよく近づいて見れば極小の羽虫の姿をしていることがわかる。自分でもどうかと思うのだが、一番使いやすいのは虫の姿なのだ。



「もとはただの紙なのに、魔法をかけると動くんですよ。不思議ですよねー」

「これちゃんと片づけてくれよ!?」

「みんな一応私の指示を聞いてくれるので居残りはいないはずです」



 小箱から飛び出していった紙の羽虫たちは間もなく窯の中を埋め尽くそうとしていた。



「うわぁ……やめ……」



 夥しい虫たちの立てる羽音に紛れ、さっきまで私たちを小馬鹿にしていたボギーマンの悲鳴が聞こえる。無事私の羽虫の群れはボギーマンを巻き込むことに成功したらしい。

 ローブから麻袋を取り出し口を開けて待機していると、ボギーマンを巻き込んだ虫たちは袋の中へ雨上がりの増水した川のように流れ込んでくる。窯から最後の虫が袋に飛び込んだ時口を紐で縛った。袋の中では大人しい紙片に戻った虫たちに塗れボギーマンがギイギイと汚い声で喚いていた。



「はい、終わりです。もう妖精は追い出したので問題なく窯は使えますよ」

「いや……嬢ちゃん……」



 絶句、という表情で私を見るパン職人に首を傾げる。よく見ればパン職人以外にも周囲にいるコックたちが私のことを凝視していた。そうしてやっとハッとする。



「ああ! この妖精を火あぶりにするのはちょっと……。袋ごと燃やすと私の虫たちが燃えちゃいますし、袋を開けたらまた妖精が逃げ出しちゃうので」

「違うそうじゃない」



 さっきの火炙りの件ではないのかと、今日一番静かな声で否定したパン職人に首を傾げた。





 引き攣った笑顔で礼を言うパン職人に見送られ、応接室へと戻る。妖精と虫の入った麻袋、それから氷砂糖のたくさん入ったホットミルクのマグを持って歩く私はなかなか悪目立ちするが、みんな一瞬私を見るだけですぐにそれぞれの仕事に戻る。魔法使いたちは自分たちにはわからないことをしている人種、という扱いは宮廷内に根付いている。この宮廷魔法使いのローブを着ていれば何をしていても「まあ魔法使いだからな」で済んでしまうのだ。

 非魔法使いから見る宮廷魔法使いは大体よくわからないものを抱えているか、一人でしゃべっているか、何か甘いものを運搬しているかの3択だ。

 応接室の廊下へ戻ると、一人の使用人が応接室のノブに手を掛けようとしているところだった。



「触らないでください」

「あっ」



 立ち入り禁止の札が掛かっているのになぜ開けようとするのか、と背の高い使用人を見上げた。よく見れば見覚えのない顔だ。雑用要員として宮廷内を走り回っている私に見覚えがないなら、彼は新しい使用人だろうか。宮廷魔法使いの仕事等についてまだよくわかっていないのかもしれない。



「彼らは人に見られるのを嫌います。たとえあなたたちには見えていなくても」

「かれら、」

「妖精たちですよ。ここの部屋の確認は私がします。あなたも仕事に戻ってください」



 好奇心に駆られ、開けてみたくなったのか、と思いながらノブに手をかけると、視線を感じて振り返る。使用人はいまだに応接室の扉を見ていた。



「早く行きなさい。機嫌を損ねれば、手伝うどころか台無しにされます」

「……残念です」



 使用人が踵を返し、廊下の端を曲がるのを見送った後、滑り込むように扉の隙間から応接室へと入り込んだ。


 応接室の中はすっかり掃除が済んだ後だった。調度品は磨き上げられ、部屋の隅にも埃の一つも落ちていない。シャンデリアにはくすみもなく、窓ガラスも抜かりない。



「ブラウニー」

「はあいアタシを呼んだ? 可愛いシリー」



 呼べば一瞬で現れるブラウニー。得意げに私の周りを飛び回る。



「さすがだねブラウニー。どこをとっても完璧。これでお客さんを迎えられるよ」

「ええ、ええ、そうよ、当然よ! だってアタシはこのお屋敷のブラウニー! 有象無象とは違うのよ! アタシは王サマのブラウニー! ウフフフ」



 楽し気に笑う彼女の声に呼応するように棚に飾られた置物がカタカタと動き、シャンデリアがぶつかり合って音を鳴らす。けれど決して傷がついたりはしない。



「ありがとう、宮廷を守るブラウニー」

「ウフフフ! 当然、当然よ!」



 ブラウニーはもともと家に着く妖精だ。ただこのブラウニーは数多ある家や屋敷の中でも、王宮に着く自分が最も偉いと思っている節がある。気位が高い分、癇癪も起こしやすいが、基本的には王宮のためなら何でもする働き者だ。



「さあさ可愛い可愛いシリー。早くミルクを頂戴な! あまぁいミルクにしたかしら?」

「ええ、甘いホットミルクを作って来たよ」

「砂糖は?」

「たっぷり」

「温度は?」

「ぬるめ」

「隠し味は?」

「はちみつ一匙」

「ウフフフ! 素敵、素敵ね甘ぁいミルク! 砂糖にはちみつ優しく溶かすの! アナタのそういうところは好きよ!」



 いつも同じ彼女の好みのホットミルクを作ってやれば、次も機嫌よく私たちの手伝いをしてくれる。

 鼻歌を歌いながら、マグカップの中へと飛び込むと、部屋の中は静寂に包まれた。

 調度品は行儀よく元の位置に戻り、シャンデリアは音を立てるのをやめた。

 ブラウニーが消えたマグカップをテーブルから取り上げるとたっぷり入っていたはずのホットミルクはなくなっていた。

申し訳ありません。

冒頭数千字がまるまる抜けていたので、修正いたしました。

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