表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/41

第2話 宮廷魔法使い、予言

 大丈夫、大丈夫そう言い聞かせながら王宮へ出勤する日々。シンデレラが襲来してからのルーティンだ。一口サイズの氷砂糖を口に放り込みながら屋敷を出る。



「行ってらっしゃいませ、お姉さま! お気をつけて」



 すっかり懐いたシンデレラのお見送り付き。私の姿が見えなくなるまで玄関を離れない健気な義妹に涙がちょちょぎれそうだ。なんの涙かって? 胃痛だよ。




 シンデレラが我が家に襲来してからはや1か月が経とうとしていた。今のところ、うまくやれていると、思う。思う、と言うのはあくまでも私の感覚だ。あのキラキラ笑顔の裏でフラストレーションを溜めていたとしたら、もう私にはなす術がない。


 以前のように冷ややかに睨むことも雑用を申し付けることもない。男爵家の一員として扱っている。当然のことなのだが、彼女はそれにすら感動している。どうやら彼女の母親は卑賎な身分だったらしく、衣食住、すべて大げさに驚いてみせる。ここでああなんて可愛らしい、と思うところかもしれないが、いまだに死神の影がちらついている以上義妹を可愛いと思えないでいる。間接的な死因を可愛らしいと思えるほど私の心は広くなかった。残念。


 私は当初の「良き姉」ムーブを続けている。私の考えるいい感じの優しい令嬢のふり。上っ面だけであればそこまでしんどくない。正直私としては彼女への恨み自体は薄い。どちらかと言えば彼女自身を爆弾だと思っている。当たらず触らず、王太子と結婚するその日まで、と思えば良き姉ムーブなど屁でもない。

 ロベリアも私と同じタイプだ。感情的にはならず、金の卵を産む鶏だと思っているからこそ、厳しくも優しい母親ムーブを維持できている。傍から見たら庶子の子だというのに実の娘たちと何ら変わらず接してやっている良き貴婦人だ。その腹の底でいろいろと抱えているとはいえ、見えなければ美しいものだ。

 一番まずいのが正直者の姉パトリシアだ。嫌悪感がまるで隠し切れない。それでも社交界を渡る貴族の娘か、と言いたい。睨む、怒る、苛立つ、そしてそれをまるで隠そうともしない。気持ちは痛いほどわかるのだが、どれもこれも、生き残るため。パトリシアはそこまで割り切れていないようだった。


 姉妹でこんなにも差があるものか、と思いながら、自分が心に余裕を持てる理由はよくわかっていた。

 幼少期から生存戦略に余念のなかった私は、前の人生とはまるで違う人生を歩いている。



「そろそろ王宮に戻るぞ、カトレア」

「はあいただいま」



 だるそうに声をかける師匠と私の胸には宮廷魔法使いのブローチが輝く。


 人生二周目のカトレア・デルフィニウムはただの男爵令嬢からエリート集団、宮廷魔法使いに転身しました。


 これぞ大勝利。約束された未来である。


 前の人生では魔法など全く使えなかったのだが、二周目では偶然出会った宮廷魔法使い筆頭のおかげで魔法を使えるようになったのだ。魔法を使える国民はほんの一握り。魔法を使えるだけでバラ色の人生が約束されているのだ。


 たとえその魔法が果てしなく弱くても。クソ雑魚家事魔法のようなものしか使えなくても。先輩宮廷魔法使いたちから苦笑されても、世間から見たらエリートさまなのだ。



「デルフィニウム、こちらに」

「おいカトレアはやく行け!」

「デルフィニウムさまー! ちょっと手伝っていただけますかー?」

「ああ、そっちが済んだらこっちに」



 たとえ引っ張りだこの雑用係だとしても、天下の宮廷魔法使いさまなのだ。

 




「おい、角砂糖の直食いはやめろ」

「らってストレフが……」



 砂糖壺から角砂糖を摘まんでいると上司であり、師である宮廷魔法使い筆頭、シモン・バーベナから叱責を受ける。

 だが許してほしい。朝から義妹に良き姉ムーブをかまして、街の見回りに行った後怒涛の雑用をこなしてきたのだ。疲れで身体が糖分を欲している。私の魔法はクソ雑魚だが糖分だけは立派に消費するのだ。

 シモンが目を離した隙に、また砂糖壺へ指を突っ込もうとしたところを見つかり後頭部をどつかれる。



「いった……仮にも宮廷魔法使いの男爵令嬢ですよ。良い大人が手を上げるなんて」

「仮にも栄えある宮廷魔法使いの末席に座する貴族令嬢が、砂糖壺に手を突っ込もうとするな。砂糖を直に食おうとするな。つまみ食いをしようとするな卑しい」

「怒涛の罵倒―」



 一通り叱り飛ばすと自分のローブのポケットから飴をいくつも渡してくれるシモンはなんだかんだ私に甘い。


 昼を過ぎて一時的に仕事が落ち着くと、よくシモンとお茶をしている。実際のところは重鎮の会議が終わるまでの待機時間なのだが。会議が終わり次第王太子に用がある私たちは待機室でのんべんだらりと昼下がりを楽しんでいた。

 魔法を使うと糖分が欠乏する魔法使いのための待機室は甘いものが常備されている。けれど残念ながら今ある甘いものは机の上の砂糖壺のみ。飴をくれたお返しに甘いカフェオレででも作ってやろう、と立ち上がる。

 イチゴ味の飴をころころ口の中で転がしつつコーヒーを淹れていると、背中に視線を感じた。



「……え、なんですか? お師匠の分もちゃんと作ってますよ」

「そんなことは心配してない」



 思わず振り向くと大きな紫色の双眸が私のことを凝視している。

 怪訝に思いながらも一瞥だけして砂糖たっぷりのコーヒーにミルクを注ぐ。夜に霧がかかるようにふわふわとコーヒーは色を変えていく。

 さして優秀でもないクソ雑魚魔法使いの私では、今彼が何をしたかったのかわからない。

 特に才に秀でた魔法使いは、視線だけで様々なことができるという。ものを動かしたり、透視をしたり、未来視をしたり。最年少で宮廷魔法使い筆頭になったシモンであればきっとそんな力も持っているのだろう。



「ほら、砂糖とミルクたっぷりのカフェオレですよー。コーヒー牛乳かもしれませんが」

「お前、呪われてるな」

「は?」



 上司に対する口の利き方ではないが、いくら部下でも言っていいこと悪いことがあるだろう。つい脊髄反射のような声が出る。



「……え、何か気に食いませんでした?」

「気に食わねえことの腹いせとかじゃねえよ。カトレア・デルフィニウム、お前は呪われてる」

「えぇ……」



 突然の呪われている宣告に情けない声しか出ない。そしてまとも説明もせず私の入れた甘いカフェオレを煽るこの人は少々自由すぎやしないだろうか。

 仕方なく私もソファに座ってカフェオレを飲む。うむ、甘い。



「ええ、と。なんか見えたんですか?」

「ああ、ちょっと未来視をしてみた」

「ノリだけで部下の未来見るの普通に良くないと思いますよ?」



 ちょっと未来視、という選ばれし者だけが使えるパワーワードにドン引きだ。エリート筆頭の才能をまざまざと見せつけられる。それはそれとしてプライバシーという概念がこの人にはないのか。



「お前の寿命、そんな長くないっぽい」

「はあ、ぽいって……あと何十年ですか?」

「あと1年」

「いや超短いんですけど!? 死因は!?」



 生きるか死ぬかなんて話をする言葉の重さじゃない。

 まるで明日のおやつはチョコレート、とでも言うような言葉の軽さだ、

 ざわざわと背中が落ち着かなくなる。


 1年後の死。それは大体私の人生1周目と同じくらいではないだろうか。

 父が死に、シンデレラが来て、舞踏会があって、シンデレラが結婚する。鳥に襲われ失明し、流行病にかかって死亡する。

 ここまで、約1年


 そんなはずはないと言い聞かせる。

 今の私はシンデレラとうまくやっているし、何なら今までと違い弱いといえど魔法まで使える。一周目のような無力な男爵令嬢ではないのだ。



「病死、か? 詳しいとこはわからん。とりあえずお前は目が見えなくなって死ぬらしい」



 持っていたマグカップが手から滑り落ちた








「その、悪かった」



 バツが悪そうに珍しく謝罪したシモンには、今の私の姿がどんな風に見えているのだろうか。ショックを受けているように見えるのか、憔悴しているように見えるのか。

 手からとり落としたマグが床に届く前に浮かせ、零れたカフェオレも一瞬で消し去った彼はやはり優秀なのだと、どうでもいいところで思い知る。

 新たにシモンが作った温かいココアがテーブルで湯気を立てるが、手に取る気力もない。



「……いえ、悪かった、っていうより、お師匠にはそう見えたんですよね」

「……ああ。カトレア、お前他人から呪われる覚えは?」



 呪われる覚え、自分の行動で言えば、ない。決して人に恨まれるタイプではないし、喧嘩を売るタイプでもない。

 だが一周目のことで言えば、呪いにかかっている覚えはあまりにもありすぎた。

 あの一周目の人生こそが、私にかかった呪いではないだろうか。

 私達へ約束された、世界からの死の運命。



「……恨まれる覚えはありませんが、昔から夢を、見ます」

「夢? 予知夢か?」



 ようやく口から絞り出した嘘にも似た言葉につばを飲み込んだ。

 予知夢、あながち間違っていない表現かもしれない。

 今となっては、一周目の人生が現実に起こったことと証明することもできないのだ。



「みんなが喜んでいる中、私は鳥に襲われ、失明します。そうして感染症で死ぬ。そんな夢です」



 私の様々な情報を隠した言葉にシモンがハッとする。 



「……だから幼い頃のお前は目につく鳥を魔法で丸焼きに」

「今は控えてますよ? その行為も鳥の恨みを買うようで怖いので」



 幼少期のいたいけな行動を今更引っ張ってこないでほしい。もうむやみやたらに丸焼きにしない。

 怖かったからついつい小火レベルの魔法で丸焼きにしてしまったのだ。そして気がつけば私の得意料理で好物になっていただけの話なのだ。



「お師匠の未来視では、私は本当に目を潰され、死ぬんですね」

「……未来視は絶対じゃない。これから未来は変わっていく。数多の分岐の先に未来はある。俺が今見たのはそのうちの一つだ。お前が見た夢もまた、そのうちの一つでしかない」

「でも今それが見えたってことは、一番可能性の高い未来ってことではありませんか?」



 あてずっぽうで言ったのだが、シモンは黙り込んで目を逸らした。もうため息すら出ない。

 努力と虚勢で積み上げてきた支えが崩れ、絶望が胸に流れ込んでくるようだった。


 結局、私は死ぬのか。


 どれだけシンデレラを懐柔しても、どれだけ宮廷魔法使いとして働いても、私は死ぬのか。

 この国1番の魔法使いのお墨付きまでもらってしまったら、自分の脆弱な虚勢などあっさりと崩れ落ちてしまった。

 私の様子に落ち着きなく視線を彷徨わせる宮廷魔法使いは、きっと何も考えずに発言したのだろう。呪われている、だなんて言われていい気分のする人間などいないだろうに。自分より一回りも年上だというのに、一般常識というものが徹底的に欠如している。いや、一周目も数えれば私の方が年上なのだが。



「そ、その、悪かった無神経で」

「本当ですよ……、他ではやらかさないようにしてくださいね」



 呪われているだなんて宣告も、人の未来を勝手に見るのも、マナー違反にもほどがある。

 一応この国で一番偉い魔法使いであるはずの彼は、高貴な方々と関わる機会が私たちの中では一番多いというのに、常識や礼儀が大きく欠如している。どれだけ周囲が肝を冷やしているのかこの人自身は知らない。

 幼少期から選ばれし者だったこの人は、常に周囲から持ち上げられてきたのだろう。それこそ、多少の無礼など目を瞑れるほどに。



「俺が何とかする」

「……何とか? できるんですか?」



 その顔は珍しく自信に満ちたものではなかった。さっき言った通り、現状の一番可能性の高い未来が私の呪殺エンドであるのは間違いないのだろう。

 けれどシモンは決して安請け合いするタイプでも、できないことをできるなどと宣うタイプでもなかった。



「現状のお前の最悪な未来は見えてる。失明すること、そのあとに死ぬこと。しかもこれが1年以内だ。だがそれまでは確実に生きている。……お前の予知夢がどれだけ確実なものかはわからんが、鳥に目を潰されるなら、鳥を徹底的に避ければいい。失明が免れれば当然感染症に罹患するリスクも下がる。そうなれば死亡率も下がる。そして1年を過ぎれば呪いは不履行。完全に防いだことになる」

「それができれば、死なずに済むんですか……?」

「良いかカトレア。呪いは決して絶対じゃない。運命を固定するものじゃない。定められた未来をその地点で回避さえしてしまえば後に尾を引くこともない。平和に暮らすことができる」



 平和に暮らすことができる。その言葉のなんと希望に満ちていることか。

 力強く確信を持った声色に、幽かな期待と希望を得た。



 その昔、ある妖精に言われたことがあった。

「可愛い可愛い、呪いの子。可愛く可愛く可哀想!」

 きゃらきゃらと笑う妖精だった。彼らの言葉はいつだって自由で、何にも縛られない。だからこそ、私は今回も前回と同じ未来を辿るのではないだろうかと怯えていたのだ。



「お前を死なせるつもりはない。クソ弱くてもお前は俺の弟子だ。みすみすよくわからん呪いに奪われてやる気はない」

「お師匠……」

「一年お前を必ず生かしきる。呪いのことも調べておく。不安なことがあればいつでも言え」



 呪いでも、恐ろしいものでも、この人ならなんとかできるかもしれない。決して短くはない時間を共にし、シモンは私の中で一番頼りになる存在になっていた。

 私に魔法使いになるきっかけを与えてくれて、私に魔法を教えてくれた人。

 この自由で、強くて、才能溢れる魔法使いなら、本当に私のことを守ってくれるかもしれない



 会議の終わる鐘が響く。隣の部屋から扉の開く音、人の話し声が聞こえてきた。弾かれたようにパッと立ち上がり揃って部屋へ向かうのにもすっかり慣れている。

 話は中断されたが、不安は限りなく目減りしていた。いきなり不安の塊をぶつけてきたシモンだったが、助けてくれることを約束してくれた。この国1番の魔法使いがある程度事情を把握して、力になってくれるなどこんなに頼もしいことはない。

 ほこほこと暖かくなる心を抱えながら、シモンの後を追いかけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ