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負社員  作者: 葵むらさき
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第81話 我々に教育担当を選ぶ権利はありますか

「地球との対話」大山は苦いものを噛み締めるような声で説明した。「それと、我々の依代はじめ業務に必要な機器類の調達――こちらに関しては今後、これも社員のフルスキルを使って、代替策を講じて行く所存です」

「依代」結城が呟く。「またあの天津さんの姿の天津さんにお会いできるんすか」

「何とも言えません」大山はますます苦いものを噛み締めるような声で回答した。「もしかしたら、また別の形態の依代で対応することになる、かもです」

「まじすか」結城が叫ぶ。「天津さんが天津さんじゃない形になるんすか」

「別の形態というのは、もしかしたら人間以外のものに入ることになるかも知れないということですか」時中が質問する。

「何の依代にお入りになるのでしょうか」本原が口を抑えて確認する。

「まさか天津さんがイヌになるとかっすか」結城が叫ぶ。

「神が犬に入ることはないだろう」時中が眉をひそめる。「馬や鹿などの有蹄類ならまだしも」

「樹木や岩などではないでしょうか」本原が推測を述べる。「昔から神として奉られてきたもので」

「でも樹木や岩が俺らのOJTにごとごと付き添ってきたら、クライアントさんに変に思われるんじゃない?」結城が疑問を投げかける。「まだイヌがついて来た方がいいんじゃないかな」

「犬では追い払われるに決まっている」時中が否定する。「それならばいっそシアノバクテリアに入ってもらった方がスムーズに現場入りできるはずだ」

「ええと」大山が若干うろたえたような声で割り込む。「まあその辺は、考慮した上で対応、します」

「ときに結城さん」伊勢が訊く。「あの青白い煙の蛇の中に、いたんすか」

「あ、ええ、はい」結城は神舟の天井を見上げて返事する。「多分」

「どんな感じがしたんすか、あの中」伊勢がまた訊く。

「うーん」結城は顔を下げ腕組みをして思い出そうとした。

 神たちも他の新人二人も、関心を持って結城の言葉を待った。

「敢えて言葉にするならば」結城は考えた末に話した。「俺の人生が、夕日のように沈んで行く、と」

「わあ、文学的。結城さん、かっこいいです」本原が無表情だが誉めた。

「えっ本当? 俺、文学的?」結城が目を見開いて本原に確認した。

「はい、文学的です」本原が肯定した。

「俺、かっこいい?」結城はさらに確認した。

「はい、かっこいいです」本原が再度肯定した。

「文学的?」

「はい、文学的です」

「トキ君、俺本原ちゃんに文学的って言われた」結城は時中に報告し、

「本原が文学的って言いました」本原が肯定した。

「--」時中は返事しなかった。

「トキ君、俺本原ちゃんに文学的って言われた」結城は再度時中に報告し、

「本原が文学的って言いました」本原が再度肯定した。

「本原さん、この男を誉めちゃだめだ。つけ上がるから」時中は本原に忠告した。

「わかりました」本原は無表情だが受諾した。

「それで」伊勢はさりげなく先に進めた。「スサノオと、話したんすか」

「えーと」結城は再度上方を見上げて考えた。しかし彼の脳内でその記憶はすでに曖昧模糊たる存在と化しており、具体的に何についてどのように語り合ったかを鮮明に再現することは不可能だった。「話したような、気がします」結果、彼の回答は不鮮明なものとなった。

「そうすか」しかしながら伊勢は特にその点を指摘したり批判したりすることはなかった。それはいつものことながら、神の社会的想像力による海容の態度といえるものだった。「あいつは……スサノオは、どこかへ行くとか、何かやるとかいうような、今後の予定を話してましたか」伊勢は穿った質問をした。

「えーと」結城は再度上方を見上げ「よく、覚えてません」と再度不鮮明な回答をした。

「そうすか」伊勢は再度海容した。

「あっ」結城は突如目を見開き「でも一個思い出した」叫んだ。

 万人が、否八百万の神が一斉に息を呑んだ。

「本原ちゃん」結城が本原を呼ぶ。

「何ですか」本原が結城に問う。

「クーたんのクーって」結城が言う。「クシナダヒメのクーたんだったんだね」

 誰も何も言わなかった。

「あれ、違」結城が確認しかけ、

「じゃあそれでいいです」本原が海容した。

「ほんと?」結城が再度叫ぶ。「クシナダでOK? やったあ、ビンゴ!」

「『ビンゴ』と言える程の到達感も達成感もまるで感じない」時中が結城の左後ろで呟いた。

 それは、八百万の神たちにおいても同様の感覚かも知れなかった。

「皆さん」大山が咳払いをして言った。「明日、ですが……今日の事が今日の事だったんで、急遽明日は特別休暇にしましょう」

 おお、と、人間ばかりでなく神たちからも歓声が上がった。

「今日は本当に、お疲れ様でした」大山が深く頭を下げているような声で締め括った。「ありがとうございました」


 神舟が三人を下ろしたのは、会社の外庭、朝ワゴン車に乗り込んだのと同じ場所だった。

「駅まで乗せて行けずすみません」天津が申し訳なさそうな声で謝る。「人目につく所に停めることもできなくて」

「あー」結城が頷く。「絶対UFOと間違えられますもんね、これ」神々しく輝く神舟のボディを撫でる。

「少し前の時代なら、今ほど情報の伝達速度が速くないのでなんとかごまかすこともできなくはなかったんですが」天津はそう言い「はは」と苦笑する。

「まあこいつは動画に録っても映らないけどね」酒林が楽しそうに続ける。「精々金色の光の筋とかにしか」

「まじすか」結城が叫び、自分のスマホを取り出す。「試しに録ってみていいすか」

「企業機密だぞ」時中が眉をひそめて制止する。

「違法行為です」本原が厳しく糾弾する。

「あそうか……ああ、どっちみち電池切れだわ」結城は眉を下げて笑う。

「ではまた明後日、ここでお会いしましょう」天津が笑声で挨拶した。「お疲れ様でした」

「はいっ」結城が声を高めて返事した。「明後日も、磯田建機に行くんすか?」続けて質問する。

「今のところは、未定です」天津は穏やかな声で説明した。「まあ恐らく、うちも先方も状況が落ち着くまで保留ってことになるでしょう、数日内は」

「では他の現場でのイベント実施ということになるのですか」時中が質問する。

「そう、ですね」天津は他の神たちに確認を取りながら、ゆっくりと答えた。「様子を見ながら慎重に、OJTを進めて行きましょう」

「実施できるのでしょうか、イベントは」本原が質問する。

「正直、わかりません」天津は静かな声で答えた。「が……イベントは――地球との対話は今後も、地道に試みて行きたいと思います」

 新人たちは言葉なくゆっくりと頷いた。

「いつか、地球との対話がきちんと成り立って、それが蓄積されていき……地球の“意志”がわかるようになれば或いは、地球の活動によって引き起こされる“地殻変動”や“気象現象”がいつ起きても人間が被る被害を最小限に……もしかすると皆無にできる日が来るのかも知れません」天津は静かにそう語った。

「まじすかあ」結城が感慨深げな声を出す。

「未来の技術力に期待という事だな」時中が呟く。

「私たちはもう生きていない時代ですね」本原が溜息混じりに囁く。

「未来を作っていくのは今の人間たちですよ」天津はにっこりと笑うような声で言った。「今を作ったのが過去の人間たちだったように」

「おお、すげえ」結城が感慨深げな声を出す。

「我々が何をどれだけ残せるかということだな」時中が呟く。

「私たちは何かを残すために生きているのですね」本原が溜息混じりに囁く。

「我々は充分知っています」天津は微笑んでいるような声で告げた。「人間たちの探究、こつこつ積み重ねてゆく叡智、それらの集大成である技術、すべてが常に、我々の予想を遥かに上回る勢いで進化していくものだという事を」

「はいっ」結城が声を高めた。

「では、お疲れ様でした」天津が再度挨拶する。

「お疲れでした」「お疲れす」「充分に休まれよ」「皆ご苦労じゃったの」「お疲れ」「お気をつけてお帰り下さいね」神たちもそれぞれに挨拶した。

「はいっ、皆さんも」結城が姿勢を正して頭を下げる。「お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした」時中が頭を下げ、

「お疲れ様でした」本原が丁寧にお辞儀する。


     ◇◆◇


「天津君」事務室にて木之花が呼びかける。「まだいる?」

「いるよ」すぐに天津の声が答える。「咲ちゃんこそまだ帰らないの?」

「ん、若干確認事項ありでね」木之花はPC画面を見ながら言う。「天津君、次の拠代さ」

「あ、うん」天津は身を乗り出すような声で答える。

「牛にする、鹿にする?」

「――」天津の声は返らなかった。

「それか、あと」木之花は続ける。「リャマ、アルパカって路線もあるわよ」

「えー」天津は小さな声で呟いた。「できたら、皆さんと……同じ類のが、いいかなあ」

「あそう」木之花が確認する。「やっぱホモ・サピエンスがいい」

「う、ん」天津はおずおずと頷くような声で答える。

「それが最終的な答え、なのかしらね」

「え」

「ホモ・サピエンスが」

「……」天津はしばらく考え込むように黙り込んだ。

「私たちにも地球にも予測がつかなかった、この生物種」木之花は静かに続けた。「いちばん手のかかる、複雑で厄介で始末に負えない、馬鹿みたいに頭のいい生き物」くす、と少しだけ笑う。「唯一旨い酒を持って来てくれる、愛しい者たち」

「うん」天津もふふ、と少しだけ笑い「きっとどれほど時間が過ぎても、正しい答えなんていうのは誰にもわからないんだろうと思うよ」と答えた。

「……」

「たとえ十億年後でもね」

「十億年後」木之花はゆっくりと訊いた。「また、あたしを口説く?」

「うん」天津の答えは速かった。「口説く」

「それであたしがあなたの子を身篭ったとしても、もう『俺の子かどうかわからない』なんて、言わない?」

「言わない」天津の答えはまた速かった。「……やっぱ怒ってんだよね……」

「どうでもいい相手なら、何とも思わないもんだけどね」木之花は短いため息混じりに言った。

「はは、そうか」天津は苦笑混じりに答えてから「え」目を丸くしたような声で「じゃあ、え、てことは、え」確認した。

「お疲れ」木之花はトートバッグを肩に引っ掛けながら立ち上がった。「明日はゆっくり休んでね」そそくさとドアから室を出る。

「え、ちょっと待っ――咲ちゃ」天津は慌てたような声で呼びかけながら後を追って行った。

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