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負社員  作者: 葵むらさき
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第66話 被雇用者負けるな弊社ここにあり

「いや、それ完全に嫌がらせですよね」低い声がぼそぼそと言う。

「まただわ」磯田社長が自分の腕を抱き込む仕草をして肩をすくめる。「何なの、これ」

 伊勢は黙したまま視線をエレベータの天井に向ける。

「そう取らないで下さいという前に、そう取れる行動をしないで下さいよ」抑揚のない声はなおも、暗く沈んだ様子で呟いた。

「誰なの?」磯田は不愉快そうに眉をしかめて訊ねた。「名前を言いなさい」

「一人の社員の前で別の社員を褒め称えるってね」別の方向から、多少は明るい声が続く。「それだけで、それを聞かされる社員を貶めてるのと一緒なんですよね」

「はははは」「そうだそうだ」「おいおい」

 続けて不特定多数の声が、どこか遠くから重なり合って聞えた。


     ◇◆◇


「辞めたい、とは思わないんだ」別の声が話す。

「また」結城が声を挙げかけた時、

「ああ、わかるわかる」さらに別の声が言った。

 三人の新人は上方をそれぞれに見回した。

「辞めたいとは思わない」「そう」「けどたまに、死にたい、と思う」「はははは」「やばいでしょそれ」「けどわかる」次々に、様々違う声が話し始めた。

「なんだこれ」結城がきょろきょろと見回しながら問う。

「出現物同士が話し合っているのか」時中が眉をひそめる。

「会議のような感じでしょうか」本原が質問する。

「だって、辞めたら負け、なような気がすんだよな」

 ほんの僅かの間、沈黙があった。

「死ぬのは負けじゃねえのかよ」「辞める方が駄目なわけか」「ははは」「まあでも、実際そんなもんかもな」「何に負けるのかって話だよ」「上司?」「社長か」「社会制度とか」「政府か?」「大きく出たな」「ははは」目には見えない者たちの声が、狂騒的に言葉を飛ばし合う。

「会議っていうか」結城が上方を見たまま目をぱちぱちと瞬きさせる。「同期同士の飲み会みたいだな」


     ◇◆◇


「あなたのように人の心のわからない方が、指導とか教育とかする位置に居るという事に、非常に疑問を覚えます」声は叫んだ。「そういう会社では私たち、胸を張って仕事することはできないと、正直に申し上げます」

「あいた」天津がそっと呟く。「耳が痛い」

「まあ、落ち着いて」酒林が慰める。「これはあまつんが教育した人の声じゃあ、ないよ」

「それに人の心なら天津君、必要以上にわかってるじゃない」木之花が呟く。

「え」天津が驚いて訊き返すが、経理担当はそれきり口をつぐんだ。


     ◇◆◇


「対話、したいな」地球がぽつりと言った。

「え?」なまずがぽかんとしたような声で訊く。「誰と――新人と?」

「ううん」地球は否定する。「神たちと」

「神――」鯰は言葉を失う。「なんでまた、突然」

「なんかね」地球は比喩的に、周りを見回した――つまり自分の内部全体を。「少し、見えてきたような気がするんだ」

「何が?」

「神たちがなぜ、この星に来たか」地球は答えた。「この星で、何がしたかったのかが」

「え」鯰はまた言葉を失い、地球もそれ以上は語らず、静かな時が訪れた。

「何か勘違いしているのではないですか」まったく新たな声が、突然割って入る。

「わっ」鯰が甲高い声で吃驚する。

「あなたのお立場は、社員をフォローするというものですよね」

「もう際限なく出てくるようだね」地球は比喩的に苦笑する。

「社員を、支配したり采配を振るったりするのではなく」

「岩っち」鯰がそっと訊く。「さっき言ってたやつ……」

「ん?」地球が訊き返す。

「そうだそうだ」「社員を、自分の思い通りに動かせる駒だと勘違いしてるだろう」「人の気持ちもわからない」「社会的想像力もない」「あんたなんかに使われてたまるか」「そうだそうだ」

「神たちが地球でしたかったことって」鯰が続ける。「この声の主たちと、関係があるの?」

「うーん」地球は比喩的に考え込んだ。「関係、なくはないけど……どっちかというと神の当初の目的からは逸脱してる、ないしそれを邪魔立てする、そんな存在かな」

「んん?」鯰は髭をくるくると激しく巻いたり伸ばしたりした。

「鯰くん」地球は真剣な声で呼びかけた。「あの新人たちに、イベントを執り行うよう伝えてもらえるかな。私が空洞を用意して、待っておくから」

「――」鯰は目をぱちくりさせて言葉もなく凍りついていたが、それでも「わかった」と髭を揺らし頷いた。

「ありがとう」地球は礼を言った。「じゃあ、ここから」


 ぼこっ


 水底の堆積層の一部が割れ、温度も含有成分も異なる水が細かい泡を立てながら湧き出してきた。

「これは――」鯰が恐る恐るその亀裂の中を覗き込む。

「新人たちのいる洞窟に、つながってるはずだから」地球が促す。「頑張って」

「――わかった」

「って、新人にも伝えといて」

「え」

「待ってるから、って」地球の声は飽くまでも、真剣だった。


     ◇◆◇


「対話」結城がふとその言葉を口にした。

「対話?」時中が訊き返す。

「対話がどうかしたのですか」本原が質問する。

「いや、飲み会みたいだなってとこからふっと思ったんだけど」結城は二人を交互に見返し、上方を指差した。「対話してるわけじゃん? これ」

「――出現物同士が、ということか」時中が訊き返す。

「対話しているとしたら、どうなのですか」本原が確認する。

「俺らもさ」結城が自分と他二人を指差してゆき提言する。「対話、してみたらどうかって」

「――我々三人で、ということか」時中が訊き返す。

「もう今までにも散々対話してきたのではないでしょうか」本原が確認する。

「いや、俺ら三人でじゃなくて」結城はハンマーを腰から取り出す。「これで」

「――地球と、ということか」時中が訊き返す。

「岩の目を探るということでしょうか」本原が確認する。

「うん、そう」結城は早速岩壁に歩み寄る。「もしかしたらこの出現物同士の対話に俺らも参加できるかも」

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