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負社員  作者: 葵むらさき
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第45話 行き詰まること死体に発破をかけるが如し

 しかし、と地球は思うのだった。じゃあ神は“出現物”ではないと言えるのか? 神は何でできている? 神は、いつからそこにいたのか? そもそも何処にいたのか? 宇宙が始まり地球が形成された頃、もうすでに神は神の姿で存在していたのか? ジャイアントインパクトが起きていた頃、神は宇宙の中にふわりと佇みそれを眺めていたというのか?

「案外」地球は我知らず呟いていた。「ジャイアントインパクトって、神が私にあれこれぶつけてきてたやつだったりして」

「え?」鯰が甲高い声で訊き返す。

「なんでもない」地球はごまかした。

「教えてやるの?」鯰は訊いた。「神たちに……あいつの正体のこと」

「うーん」地球は比喩的に首を傾げた。「いいでしょ」

「そう?」

「うん」地球は比喩的に頷いた。「必要ないと思う」


「これを預かりさえすれば後はうちの業務に手出ししない、ということでいいんだな?」天津はタブレットを岩壁から離しながら確認した。

「改善策を俺に伝えろ」スサノオは文字通り、上から威圧の声を落としてきた。「三人にどういう指導をして具体的にどういう対策を講じたのか」

「はい?」答えたのは住吉だった。「何に対しての対策って?」

「決まってるだろ。あいつらのぐだぐだした業務姿勢と世の中に対する甘い認識を正す対策だ」スサノオは更に威圧的な声を飛ばす。

「うわ」大山が密かにこぼす。「普通の人間のクレーマーでもここまで突っ込んでくる事はないぞ」

「あの三人はぐだぐだもしてないし、世の中を甘く見てもいないぞ」天津が抗議する。「言いがかりはやめろ」

「あーあ、教育担当がそういう認識だから甘やかしちまうんだよなあ」スサノオは呆れたように溜息混じりで言った。「そもそもさあ」

「――」天津は唇を引き結び、端正だが厳しい表情のまま無言になった。

「あの三人には地球と闘ってもらわなきゃいけないわけでしょ」スサノオは言った。

「違う」

「そうじゃない」

「闘うんじゃない」神たちは一斉に否定した。

「嘘つけ」スサノオは否定を否定する。「あの黒体放射の空洞で地球に脅しをかけるのがあいつらの仕事だろ。『大人しく黙って見てろよ』って」

「はっきり言っておく」天津は穏やかな声ながら通告した。「スサノオ、お前にうちの新人さんたちへの研修指導のあり方について報告は一切しない」

「なんで」スサノオは訊き返した。

「よしんばお前がうちの会社に業務委託をする立場だとしても、我が社の人事は我が社の裁断で決めるものでお前に立ち入る権利などないからだ」

「権利がない、か」スサノオは声に笑いを含ませた。

「増してやお前はただ言いがかりをつける目的しか持っていないだろう。土台からして我が社に利益を供する者でもないし、我が社の成長や発展を望む者でもない」

「ああ、うるっせえ」スサノオは大声を挙げた。「ごたく並べやがって。面倒臭えからやっぱ最初のやり方でやってやるよ、新人教育をな」

「何をする気だ」

「野郎」

「天津、急いで上へ」

「はいっ」


 これも。

 今洞窟の中で丁々発止と取り交わされている、スサノオと神たちとの口論も、実のところは“出現物”同士の諍い、縄張り争いに過ぎないのかも知れない。神たちは、自分らの正体さえ知らずにいるのかも、知れないのだ。

 ――まあ、単なる推測だしな。

 地球は、スサノオのいる場所とは別に空洞を作り、その中にエネルギーが蓄積されていくのをのんびりと眺めた。あとは、新入社員らによる対話が再開されるのを待つだけだ。対話なのか、闘いなのか、どっちにせよ。


     ◇◆◇


「天津さん、遅いねえ」結城が車内で斜めに伸びをしながら言った。

 他の二人は特に同意も否定もしなかった。

「様子見に行ってみるか」結城は続けて言い、座っていた助手席のドアを開けた。

「様子は見に行くなと言われました」本原が言い、

「様子は見に行くなと言われただろう」時中が言った。

「うん、けどさあ遅いよ」結城は二人に振り向きながら助手席から地に滑り降り「何かあったっ」着地のバランスを崩して大地にしゃがみ「のかもがっ」急いで立ち上がろうとして車のドアに頭をぶち当て「――」最終的に声を失い頭頂を両手で押さえ込んだ。

「そらみろ」時中が顔をしかめる。「神の思し召しだ」

「神さまが結城さんを引き止めていらっしゃるのですか」本原が確認した。

「皆さん、大丈夫ですか」天津が息を切らして駆け寄り、運転席のドアを開け飛び乗る。「異常なことは起きませんでしたか」

「はいっ、大丈夫っす!」結城も叫びながら助手席に飛び乗った。「天津さんこそ大丈夫でしたか」

「はい」天津は頷きながらシートベルトをかちりと締める。「皆さん、急なんですが今回の仕事、別のルートから下に降りて行います。今から移動します」

「えっ、そうなんすか」結城がシートベルトを締めながら驚く。「ここの会社の人たちには」

「ええもちろん、緊急ということで説明してご了承いただきました」天津はエンジンを始動しながら頷き、後部座席の二人を振り向いて「出発して大丈夫ですか」と訊いた。

「はい」時中が頷き、

「はい」本原が頷く。

 そしてワゴン車は発進し、人通りのほとんど見られない川沿いの道を更に川上に向かって走り出した。


 天津が息を切らして走って来るのと同時に、事務所のドアが開き相葉専務が外付けの階段を足早に下りて来た。「天津さん」声をかけてくる。「お宅の車、何処か行きましたが、また戻っては来るんですよね?」どこか気まずそうに訊ねるところを見ると、また磯田社長に何か命じられて下りて来たのかも知れない。

「――」天津はすぐに返事もできず、ワゴン車が停めてあった場所と、その遥か向こうまで続く田舎道と、エレベータと、天と地を眺め渡した。

「天津さん?」相葉専務は目をきょときょとさせて再度呼びかける。

「あ、ええ、はい、すみませんすぐに戻って来ます」天津は慌てて何度も頷いた。「相葉専務、あの車誰が運転して行ったか、おわかりになりますか」

「え」相葉専務は目を丸くした。「あいえ、私はたった今出て来たばかりなんで、もう車出て行っちゃってたんで……えっ、まさかあなたの許可なしに新人さんたちだけで行っちゃったとかじゃ、ないですよね」

「あ、いえいえいえいえ」天津は必要以上に手を振り愛想笑いを撒き散らした。「時中という者だったらこの辺りの道もよく知っているので、彼なら帰りが早いかなと、思ったわけでして、はははは、あでもすぐに戻るようには言ってありますので、ご安心下さい。戻り次第また下りますので、大丈夫です、はい、ええ」

 傍から見れば口からのでまかせのようだが、無論それは社の会議で神たちが次から次へ提出してくる対策案を瞬時にまとめあげたシナリオだった。

「ああ」相葉専務は納得の表情で頷き、笑顔になった。「もちろん、新日本さんにすべてお任せしますんで、よろしくお願いしますね」

 相葉専務が階段を昇りドアの向こうに姿を消した次の瞬間、天津は自分の入っている依代よりしろを天高く持ち上げ、ゆるりと空に円形を描いたかと思うと西北の方向へ向かって流れ星のように音もなく滑り始めた。

 依代はまたたく間に凍りつき、固く動かなくなりすべての生体活動を止めた。

 ――また、マヨイガに発注しないといけないな。

 大気の中彷徨えるワゴン車を追いつつ、天津はそう思った。

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