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負社員  作者: 葵むらさき
36/83

第36話 何回再起動しても認識エラーが消えません

 ――もうあんな惨状はまっぴら御免だ。

 恵比寿は心の底から強くそう思っていた。

 ――何もできなかった……ただ惨状を見守ることしかしてやれなかった。

 逃げ惑う人びと、阿鼻叫喚、無情にもすべてを呑み尽くす、火砕流。

 ――俺たち神は、実際のところ無力だ。

 焼ける棟々、木々、田畑、真っ白な灰、そして真っ黒な灰。

 ――あの後も地球はずっと変わらず、相変わらずそのシステムを稼動させ続けてる……当たり前だけど、当たり前のように。

 茫然自失の人びとの顔、餓死者、自殺者――絶望。

 ――あのとき人間たちは、神を憎んだのか……けど今でも人間たちは、神を捨てていない。


 ピーッピーッピーッピーッ


 突然耳に届いたアラーム音に、はっと身を竦める。

「ん」鹿島常務が眉をひそめる。「エラーか?」

「エラー……」恵比寿も茫然と呟く。

 E06。新人たちがそう言い合っている。機器の動作エラー。新人たちを守るために持たせたもの。それを妨害するなんて……でもこれは、地球がやっていることじゃあ、ない。

 地球は、そんなことしない。

「スサノオめ」鹿島が呟く。

 恵比寿は、立ち上がっていた。

 ――行かなきゃ。

 ノーコミュニケーション、接触なし。今回は、そうしようと思っていた。だが無理だ。

 自分に、どれほどの力があるものかはわからない。もしかしたら、行っても何の役にも立たないかも知れない。またあの時のように――三百年前のあの時のように、辛い気持ちになってしまうのかも、知れない。

 けれど行かなければ、駄目なのだ。

「鹿島さん」呼ぶ。

 返事はない。今は認識されていないのだ。

「行くか」鹿島はそう言って、自分が立った。

「――」私も行きます。恵比寿は心の内だけでそう言った。

 何も言わずについて行ったとしても、特に鹿島から責められることはないのだろう。何しろ今は、存在を認識されていないのだから。

 けれど恵比寿は、再び腰を下ろした。鹿島がここから移動するとなると、鯰を抑えている要石かなめいしの力が若干弱まることは否めない。その分自分が、持てる瓢箪ひょうたんで加勢しなければならないのだ。

 今度こそ。今度は間違いなく、確実に。あの時の痛み、苦しみを、今この時に繋げずして、生かさずして、どうするのだ。恵比寿は瓢箪につないである紐を手に取った。


「あ、恵比寿君」


 はっと目を上げる。鹿島が見ていた。

 ――認識モード、オン。

「どうも新人たちの機器類にエラーが出てるようなんだ。多分これ、スサノオの仕業だと思うのよ。今回なんでか突然、スサノオが出現したみたいでね、ついさっき緊急会議があったんだけど……俺ちょっと、ひとっ走り下りて来るわ。下に」鹿島は足下を指差しながら口早に説明する。

「はい、はいっ、わかりました! お気をつけて」恵比寿は何度も頷き、上司の安全を気遣った。エラーが出たことも、スサノオが突如現れたことも、緊急会議が開かれたことも、すべて鹿島の隣にいて同時に知っていたのだが、敢えてそこには触れずにいた。「鯰抑えは及ばずながら私が瓢箪でやっておきますので」

 返事はなかった。

 ――認識モード、オフ。

 鹿島は何も言わず、足早に部屋を出て行った。


     ◇◆◇


「エラーですね」天津が静かに言う。「電源の入れなおしをしてみて頂けますか」

「はいっ」結城が元気よく返事をし、

「変わらないですね」時中が早々に再起動した後報告し、

「壊れたのでしょうか」本原が首を傾げる。

「わかりました」天津は、姿形は見えないが頷いている雰囲気の声で言った。「今、鹿島常務が向かって来てくれてます」

「鹿島常務が?」結城が訊き返し、

「天津さんの代わりにですか」時中が確認し、

「私たちを助けに来て下さるのですか」本原が溜息混じりに感動する。

「機器類とか備品の修理受付担当なんですよ」天津は声だけで説明する。「簡単なものならもう、鹿島さんがその場で直しちゃいます」

「へえー」結城が目を丸くして感心し、

「マヨイガは修理はしないんですか」時中が質問し、

「鹿島さまは、剣と雷と修理の神さまなのですね」本原が上司についての情報を更新する。

「あと、鯰とですね」天津は姿形があったときと同様気弱げに付け足す。「マヨイガはそうですね、新品提供のみしてくれる所です」

「お疲れさーん」そんな話をしているところに、鹿島常務が姿を現した。あたかも普通の部屋のドアを普通に開けて入ってきたかのように、岩壁の影から普通に出てきたのだ。

「あっ、お疲れ様っすーっ」結城が元気よく答え、

「お疲れ様です」時中が僅かに頭を下げ、

「お疲れ様です」本原が溜息混じりに感動した。

「あーあー」鹿島は、黒焦げになって転がっている天津の依代よりしろを見下ろして声を挙げた。「天津君こんなになってー」

「そうなんす、天津さん、スサノオにやられちゃってですね」結城が、まるで自分の業務上の過誤を弁解するかのような声で説明した。「すいませんでした」

「ん?」鹿島は一瞬上を見上げた。「すいませんって、これ、結城君がやったの? スサノオってやっぱり君なの?」

「あいえ、俺じゃないんすけど、なんか別にスサノオがいたみたいで」結城はさらに弁解する。

「天津君?」鹿島は周囲を見回す。「あれ、どっか行った?」

「あーすいません鹿島常務」答えるように岩の陰から、元の姿形と寸分変わらない天津、人間の姿をした天津が、元通りの苦笑を浮かべて現れた。「お疲れです」

「おお」結城が叫び、

「早いな」時中が呟き、

「お帰りなさいませ、神さま」本原が溜息混じりに再会を喜んだ。

「ああ、マヨイガ来てたのか」鹿島は納得したように頷き、また破顔した。「ますます男前になったな」

「変わらないっすよ」天津はさらに苦笑しながら顎をさする。「てか、髭剃ってから納品して欲しかったなあ」

「おおー、髭まで再現されてんすか」結城が新生天津をまじまじと検分し、

「マヨイガが来ていたというのは、外に来ていたということですか」時中が天津の入って来た方向を見遣りながら質問し、

「私たちもマヨイガさまにお会いできるのですか」本原が期待に満ちた声を挙げる。

「すいません、マヨイガは納品が済んだらもう、すぐ消えちゃいまして」天津が謝る。「まあでもそのうちまたひょっこり現れると思います」

「スサノオとやらは、消えたみたいだな」鹿島が上空を見上げて言う。「じゃあエラーの方、見てみようか」

「はいっ」結城が元気よく返事をし、三人はそれぞれ手に持っていた機器類を鹿島に差し出した。


 E06


 新人たちそれぞれの所持する機器の表面に、そのアルファベットと数字が光り続けている。

「ははー」鹿島は受け取った機器を両掌に載せ、それぞれに視線を巡らせて頷いた。「何から何までエラー表示だな」

「はいっ」結城が力強く頷く。「全部同時にエラーが出ました」

「うん」鹿島は上を見上げる。「あそこにもな」

「えっ」新人たちは揃って上司の見ている方向に顔を上げた。

「うわっ」結城が叫び、

「E06」時中が読み上げ、

「空中にエラーが出ています」本原が実況した。

 確かに、全員の頭上数メートルの空中に、手元の機器と同類の文字列が、何百倍にも拡大されたサイズで浮かんでいた。

「結界だね」鹿島は面白くもなさそうに吹き出す。「結界にエラーが出てる」

「はい?」結城が驚嘆し、

「結界にエラー」時中が超常現象を見る眼で復唱し、

「結界が壊れたのですか」本原が不安に表情を曇らせる。

「まあ、攻撃してくる奴は逃走したみたいだからエラー出てても問題ないとは思うけど」鹿島は肩をすくめた。「ああ、あんな所にもあるな」岩壁の一方向を指差す。

 三人が振り向き見ると、岩壁にぽつんと同類の文字列が、ごつごつした岩の表面に合わせて多少いびつになりながら表示されていた。

「はい?」結城が驚愕し、

「岩にエラー」時中が呆れたように首を振り、

「岩が壊れたのですか」本原が懐疑的な表情ながらひとまず質問する。

「多分あそこに、また何かの出現物があったんだろうな」鹿島が腕組みする。「それがエラー起こして出られなくなったってことだろう」

「えっ、じゃあ例えば土偶とか、剣とか、魔物出て来る岩とかがエラーになったって事すか」結城が確認する。

「多分ね」鹿島が頷く。「残念だったね。せっかくマヨイガ近くに来てたのに、売れなくて」

「あー、そうっすねえ」結城が合わせて苦笑する。「何か価値のあるものだったのかも」

「天津君、今日はここまでで上がるか」鹿島が撤収を提案する。

「はい」天津は素直に頷く。「さすがにここまで想定外の事になるとは……ですね」

「うん、まあ当分は我々の守護態勢続行ってことになったからね、ゆっくりやって行きましょう」鹿島はにっこりと笑って新人たちに振り向き、「あと何か、こんな道具あったらいいなとか備品で足りないものがあったら持って来るけど、何か要るものはないかな?」と言った。

「壊れない物をお願いします」時中が答えた。

「こわ……あ、はい」鹿島は眼をしばたたかせた。

「黒くなくて、もっと可愛い物がいいです」本原が答えた。

「かわ……あ、はい……」鹿島は眼をきょろきょろさせた。「君は?」結城に問う。

「はいっ」結城は待ってましたとばかりに回答を開始した。「私はもう、いただける物でしたら何でも結構です、一切注文はつけません。もう、いただけるというのであれば黒であろうが白であろうが、壊れかけの糞がらくたであろうが、もう何でも」

「くそ……ああ」鹿島は眼を宙に泳がせた。

「ええとじゃあ、上がりましょう」天津は新しく手に入れた両手をぶんぶんと振り場を取り繕った。「鯰」声を高めて呼ぶ。

「あいよ」甲高い声はすぐに返ってきた。「また明日ね」

「お前もお疲れだな」鹿島が労う。「鯰」

「やっぱ瓢箪の方が楽でいいわ」鯰は溜息混じりに強がりを言う。「要石よりよっぽど楽」

「瓢箪?」鹿島が首を傾げる。「何のことだ」

「あー、じゃあ上がりましょう」天津が慌てて繰り返す。「皆さん、お疲れ様です」

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