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負社員  作者: 葵むらさき
35/83

第35話 教会で賽銭投げて経唱え

「ふふん」スサノオは結界を見て、鼻で笑った。「まあ今時の若い奴らは弱っちいからな」

 天津は何も言わず、視線を右に、左にゆっくりと動かした。

「それでも例えば、石礫を無限に一つ所に投げつけ続けたとしたら、そりゃあ幾ら神の張った結界でもいずれは崩れるだろうけどさ」

「なぜそんなことを」天津は眉をしかめた。「新人さんたちに危害を加える気か」

「例え話だよ、ただの」スサノオは呆れたような声で言い、それからケラケラと楽しそうに笑った。「新人を潰したところで、俺には何の得にもなりゃしねえしな」

「おお」結城が頭上を見上げる。「新人クラッシャーか。俺たちを蹴落として自分が出世しようっていう」

「だからそんなこと関係ねえって俺には」スサノオは苛立ったような声を挙げる。「俺が出世して、何になれるっていうんだよ」

「スサノオ様も会社の方なのですか」本原が質問する。

「いえ」天津はどこか疲れたような顔で答えた。「運営には携わってません。ただのクレーマーです」

「馬鹿にすんなよ」スサノオの声に凄味が滲んだかと思うと、天津の体の上に稲光が落ちた。

「天津さん」新人たちは同時に叫んだ。

 地に倒れ伏した天津の体は黒く焦げ、煙を上げていた。無論もはや何も言葉を発しない。

「うわあ」結城が叫び、

「何てことだ」時中が呟き、

「怖い」本原が声を震わせる。

「大丈夫です」天津の声が答える。「皆さん、動かないでください。皆さんには危害は及びませんから」

「天津さん」新人たちは再度、同時に叫んだ。

「え、なんで」結城が叫び、

「なるほど」時中が呟き、

「神さま」本原が溜息混じりに囁き、

「ああそうか、神様だから別に死んだりしないわけか」結城が納得し、

「依代だからな、あの体は」時中が解説し、

「けれどもう二度とあのお姿ではお会いできないのでしょうか」本原が悲哀を訴えた。

「大丈夫です」天津は、人間の姿をしていた時と同じ口調で言った。あたかもあの端正だが気弱げな、多少無精髭を生やした顔のビジカジ男がすぐそこにいて、微笑みながら頷きかけているのが目に浮かぶようだった。「総務の方から“マヨイガ”に、発注してもらっときますんで」

「マヨイガ?」結城が叫び、

「迷子の家ですか」時中が質問し、

「土偶を買って下さるという、生きた家ですね」本原が確認し、

「ていうか、発注? 体を?」結城が再度叫び、

「なるほど、依代の追加発注というわけか」時中が納得し、

「前のものと同じになるのですか、それともバージョンアップするのですか」本原が質問し、

「バージョンアップ?」結城が再々度叫び、

「何か基盤になるモデルのようなものがあるのか」時中が推測し、

「オーダーメイドなども可能なのでしょうか」本原が推測を発展させる。

「ええと基本的には、前と大体同じのがいいかな、とは思うんですけど、正直これは在庫状況次第です」天津は、人間の姿をしていた時と同じ口調で言い、そして「はは」と、人間の姿をしていた時と同じ笑い方で苦笑した。


「ちっきしょう、えれえ頑丈な結界張りゃあがって」突然、スサノオが唸り声を挙げた。


「え」新人たちが思わず上を見上げると、彼らの頭上遥か高みで、ぴかぴか、ぴか、と白い光が点滅を繰り返していた。「あれは?」

「スサノオの稲光です」天津が答える。「でも大丈夫です。結界が破れるようなことはありません」

「ふん」スサノオは鼻を鳴らした。「そんじゃこれはどうだ」その声に続き、岩壁から次々に石礫が三人を目掛け飛んで来た。

「うわ」結城が叫び、

「何だ」時中が警戒し、

「石です」本原が悲鳴で回答する。

 だが石礫はどれも新人たちに届くことなく、蒸発するかのように彼らの体から二メートル以上も離れたところでしゅうしゅうと煙を上げ消えていくのだった。

「おお」結城が感動し、

「結界か」時中が安堵し、

「神さま」本原が溜息混じりに囁く。


     ◇◆◇


「皆さん連日お呼び立てしてすいません」会議室で大山が頭を下げた。

 列席するメンバーは、昨夜『酒林』にて酒を酌み交わしていた面子である。

「えー、もうすでにご存知とは思いますが、“スサノオ”が現れました」大山は早速本題に入る。「まあ……本物なのかどうかはわかりかねますが」

「どうだろうね」鹿島が腕組みして慎重論を唱える。「あの攻撃性からすると、あながち偽者だって捨て置くわけにもいかない気がするねえ」

「まさにの」宗像が同意する。「いずれにしろ、今回ばかりはおいそれと新人君たちを独り立ちさせる事はできかねるのう」

「そうですね」住吉も頷き意見を述べる。「取り敢えず様子見という形で、守護態勢維持ですかね」

「しかしあの者、本当の所どうなんだ?」石上が眉をしかめ、首を捻る。

「伊勢君」大山が指名し、問う。「どう思う?」

 問われた伊勢はそれまで目を閉じ皆の声に耳を傾けていたが、その瞼を持ち上げて一同を見回し、それから、ニッと笑った。

 それを見て全員、ニッと笑った。

 会議の終了は電光石火の如くに早かった。


     ◇◆◇


「ちっきしょう」スサノオは、石礫も効かないとわかるとさらに口惜しげに唸り、「じゃあこいつだ」と叫んだ。

 しばらく、何事も起きなかった。

「何だ?」結城がきょろきょろと辺りを見回し始めたとき、


 ごろごろごろごろ


 重く震えるような音が、新人たちの耳に入った。三人がそれぞれ見回すと、その音の正体は唐突に岩壁の隙間から姿を現した。人間の背丈の三倍はあろうかという、大岩だった。

「うわ」結城が叫び、

「何だ」時中が警戒し、

「岩です」本原が悲鳴で回答した。

 大岩はしかし、石礫と同様三人から数メートルも離れた所であえなく蒸発するように消えたのだった。

「おお」結城が感動し、

「凄まじい神力だな」時中が首を振り、

「神さま」本原が両手を組み胸で十字を切り、

「本原さんそれ宗教違くない?」結城が問いかけ、

「――」時中が首を振り、

「間違えました」本原が無表情に回答した。

「くっそお」スサノオはいよいよ憎々しげな声で叫んだ。「見てろよっ」

 その後、何かが飛んでくることも、ぴかぴか光り輝くことも、ごろごろ転がる音がすることもなくなった。

「なんだろ、諦めたのかな」結城が辺りを見回し、

「油断はできない」時中が警戒し、

「私たちはいつまでここにいるのでしょうか」本原が帰宅願望を述べ、

「あっわかった」結城が叫び、

「何だ」時中が眉をしかめ、

「まだ動いてはいけないのでしょうか」本原が更なる帰宅願望を述べた。

「クーたんって、ジーザス・クライストのクーたん?」結城が本原を振り向いて高らかに訊いた。

 誰も何も言わなかった。

「あれ、違う?」結城が問い、

「何故そんな何の関係もないくだらない発言をすることができるんだ」時中が全身で苦虫を噛み潰したように苛々と問い返し、

「今までの中では一番ましな部類ですが、違います」本原が冷静に回答し、


 ピーッピーッピーッピーッ


 出し抜けにアラーム音が鳴り始めた。三人は同時にそれぞれのウエストベルトを見下ろし、そこに差してある各々の機器類を抜き取り検分した。

「E06」結城が叫び、

「E06」時中が呟き、

「E06」本原が溜息混じりに囁いた。

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